ワケあり少年少女。ゲーム世界でカネ稼ぎ!

「カネが欲しいか? いい仕事があるぜ? 攻略不可能な冒険で稼げるんだァ!」
戸﨑享
戸﨑享

23 未知の場所、そこは始まり冒険の跡地

公開日時: 2020年11月19日(木) 21:01
文字数:4,582

 高地には木は少なく、炭の色をした岩の塊が地面を作り山となってる。堅い地面には雪が積もっていとても歩きにくい。肌寒いのは標高が高くなってきているからだろう。


 本来ならはるか遠くまで絶景が広がっていそうだが、雲のようなものに覆われたこの大地からでは、俺の知る世界の端までしか見ることは叶わなかった。


 まあ、その前に見ている場合ではなかったのだが。


「俺は守らないぞ!」


「やれやれ自衛はしなければならないか」

 集落からさらに高地に行けば行くほど、獣の襲撃が多くなってきている。しかも下層にはいない小柄ながらも獰猛な獣ばかりだ。


 黒い四足歩行の狼、と言えばいいだろうか。


 これが強いのなんの。下手な攻撃は器用に躱される。大剣を使ってしっかり狙いを定めて振っているというのに。


 バテそうだ。なんにせよ高地は気温が低く雪が解けていないどころかところどころ凍り付いている。体のバランスをとりながら飛び掛かってくる獣を大剣で弾き飛ばしつづける。今〈オーパーツ〉は使っていない。別にもったいぶっているわけではないが、普段から重い大剣を扱うことで、体を鍛えるつもりだ。


 滑ったら最後、そこに飛び掛かられておれの体はあいつの口のなかでもぐもぐされることになるので、それを想像するだけでも冷や汗が出まくる。


 手を貸さないという約束だった魔法使いも、自衛のためにたまには手を出すしかない。


「柄じゃないんだけどね」


 そう言いながら手には炎を纏った杖をもつ。俺を無視して飛び掛かってくる黒狼を弾き飛ばしながら、魔法の詠唱を始めた。俺に比べて魔法使いに獣が寄っているのは本能的にあの魔法使いが恐るべき敵だと認識しているからだろう。


 それもそのはずで、あの魔法使い、今見ればすごい魔法の使い手だ。


「炎は我照らす灯となり、灯は我守る衛となる。〈レーヴェ・フレイ・サティラウト〉」


 俺と同じ色の炎を三つの球に圧縮して一気に撃ち放つ。しかしそれは獣にではなく自分を守るように周りを走らせているだけだ。


 タイミングがうまい。多くの獣が一斉に飛び掛かった瞬間を見計らって魔法を発動させた。周りを浮遊する炎が獣に直撃し全身を炎上させて獣を失墜させる。その炎の球は消えることなく魔法使いを守り続ける。


 獣は魔法使いの討伐を諦めて、俺の方に寄ってきた。


 どや顔で『後は頑張れ』と宣言するアイツは本当に意地が悪い。


「頑張れ俺、頑張れ俺」


 その自分に言い聞かせながら、大剣を振り回し、全身に炎を発生させて防御と攻撃を繰り返す。


 およそ10分後。


 最後の一匹に至り、そいつを斬り上げで倒し何とか遭遇戦は終了した。


「強くね……」


「下に比べて食糧が少ないから戦って奪い合っている。この上層に迷い込む肉を確実に得るために牙と研ぐ。その結果強くなってきた獣だ」


「自然の厳しさってやつか」


「そういうことさ。でも君はこの上層の獣とも戦えるだけ強くなった。私が知る限り、それほどの実力を持った人は君が3人目だ」


「3人。少ないな」


「この大地に理由があって迷い込む者は数あれど、皆どこかで心が折れてしまうものだよ。そうだ。少し寄り道をしようか」


「ええ……」


 実はけっこう疲れている。寄り道はノーサンキューと言うのが本音なのだが。


「休憩ができる場所があるのさ。そこで少し君の知らない話をしようか」


「なんだよ。情報すら対価がないと売らないんじゃないのか」


「それはこの世界の攻略じゃなくて、この世界にきた人々の記録だからね。仮に僕が話さなくてもまつひろくんとかが知っていることさ。私が誘うのは珍しいよ? 道楽に付き合うくらいいいじゃないか」


 確かに魔法使いと不必要な話をする機会は意外と今までなかった気がする。ここまでドタバタだったから。


 長い旅だったが、俺は今この男が、いろいろとこの世界や俺をここへ送った怪しさ満点の巨漢としりあいなんだろうなぁ、くらいの認識でしかない。


 この男について知ることができるなら、意外と悪くないかも?


 魔が差すというのはこういうものらしく、魔法使いの提案に俺は乗ることにした。






 代わり映えしない景色が続く道中で唯一と言っていい変化は急に訪れる。


「テントか……?」


 いくつかある。そして人が住んでいる気配もある。数多くの道具が置かれているうえに、永い間放っておかれた形跡はない。つい最近まで人が使っていたのは間違いない。


 住処になるだろう雨、いやこの辺りでは雪なのだろうが、それを凌ぐための屋根付きの住居がいくつかある。俺がそれをテントと呼んだのは、その呼び方が一番しっくりくるからだ。


「ここはアルトくんと、以前は、彼の友が一緒に暮らしていた場所だ。今は彼と、昏睡状態の友人が一人、何とか生命維持をしながら眠りについている。まあでも、それを抜きにしてもここで暖をとるには十分は広さがある。そこで話をしよう」


「ええ……」


 アルトの住居に不法侵入とか俺、また恨みを買うこと間違いないのではないか。


「まあ、元々はこの住処もドウコクが用意したものだ。この世界に来た最初の20人が命がけで用意したんだよ。アルトはその中の一人でね。最古参と言ってもいい」


 俺は周りを一応見る。アイツがいたらまた怒り狂って殺しに来そうな気がしたからだ。


「今はいないさ。彼も生活する必要があるし、聖獣を倒す準備だってある。あれでも生き残っている最後の最古参メンバーだからね。誰よりも準備はしっかりやって聖獣と戦って、勝てなかった原因を分析して次に生かす」


 魔法使いはテントの1つに勝手に入った。テントの中は集落の住居とほぼ同じなつくりだったので意外と目新しさはなかった。魔法使いが暖炉に火をつけ、適当なところに座ったのを見て、俺もそれに続き座る。


「君は3人目だよ」


 いきなり理解不可能な一言からその魔法使いの語り口は始まった。


「3人目?」


「個人的な観点から見て、この世界に来て本当に努力をしているのは君が3人目だ」


「そんなことないだろう」


 俺よりももっと前から聖獣を倒そうといろいろな人が努力を重ねてこの地で生きてきた。俺が3人目などとはありえない。


「そんなことはないよ。確かに皆、大変な世界で生きているだろう。だけど足りない、足りなすぎる。彼らのほとんどはドウコクが用意したあの集落で、何とか生き延びるのに精いっぱいだ。それは冒険者ではなくでただの居住者。彼らは確かに聖獣を倒そうとはしているけど、自分の命までかけて、と言う覚悟を持って本気で倒すための行動をしているのは果たしているのかな?」


「それは、だって、自分の命が大切なのは当然のことだろう?」


「それがいけない。あの聖獣はとても人が倒せるような相手じゃない。彼らだって言われたはずだ。攻略不可能な冒険だと。どうして攻略不可能な相手を倒そうとしているのに、自分から命を顧みずに強くなろうとしない? この世界にあるものをなんでも使おうと思わない? 新しい手段を手に入れるために危険を冒そうとしない。彼らは冒険をしていないんだよ」


「そういうもんかね」


 今でも覚えている、聖獣がいかに恐ろしい存在かを。きっともう一度アイツの前に立ったら震えが止まらないだろう。


 確かに、魔法使いが言う通り攻略不可能に見えるあの強さ。それに対抗するための手段が集落にあったかと問われれば、攻略可能と言えるレベルの力があったとは言い難いように今では思える。


 だからといって、ドウコクさんやまつひろさん、パンチー、シルグイ、ミハルやタケ、カナそして多くの人が生活をして戦うことを目ざしたあの集落がやる気がなかったのかと言われればそんなことはない。


「みんな頑張ってた」


「頑張るか頑張らないかの話じゃない。攻略するということの意味を分かっていない。冒険は命がけで未知に挑むもの。そしてあらゆる代償を払って新しいものを手に入れるものだ」


 珍しく魔法使いは険しい顔をしていた。恐らくは挑発などではなく真に魔法使いから見た俺達の評価ということが伝わってくる。


「ドウコクは後に人手が要ることを察知して、目的もやりかたもバラバラな人間をまとめ上げようとして集落をつくって攻略の礎を築いた。その拠点の繁栄と道への探求をしては集落にその発見を伝えて十分に装備と見識を得た時点で確実に幻獣を仕留めようとした。対し」

魔法使いは、先ほど外で言った続きの話を始めた。


「それでは遅すぎると感じたアルトと数人は集落に参加せず、この拠点に残り最前線を戦う決意をした。この上層は下にはない鉱石が手に入る。聖獣の討伐に必要なのは強い武器であると主張し、この辺りの危険な獣に勇敢に挑んで金属やこの辺りにしかない資源を手に入れて聖獣戦に挑もうとした。その結果は、アルトくんだけが残ったところから察してほしい」


 金属の武器と言うアルトしかもっていない頑丈で強力な武器、そしてこの辺りの獣と命がけで戦うことで独自に編み出した戦い方のスタイル。今の彼の戦いを支えるすべては他の仲間の犠牲を経て手に入れたものだということ。


「彼がこの地を未だ拠点にしているのは、最後の目を覚まさない仲間がここにいるからであり、そしてまだ負けていないというプライドもあってのことなのだろう。だからこそ、ぽっと出の君に戦闘能力で後れをとっている現状は面白くないと思うよ」


 それはそうだろう。俺がアルトの立場だったら、そんな後輩が居たらとても面白くない。


 だんだんとアルトが俺のこと嫌いな理由が具体的に分かってきた。


「でもアルト君が頑張っているのは事実だ。だからこそ、少しひいきしてしまうね。私は冒険を頑張っている人が大好きだから」


「あんたはなんで、異世界から来た俺達を助けてくれるんだ?」


 話を転換するきっかけを俺の方から提示する。魔法使いと話す貴重な機会なので、話が終わらないうちにこちらから話題を出した。


「それは、この世界に急に投げ出されて右も左も分からない異世界人の君たちを導き見守るためさ」


「知ってる。だけどそう言うことじゃない。あんたはその役目をして何が良いんだ? 俺達の監視にしろ手助けにしろ見守りにしろ、時間をかけてまで異世界人の面倒を見る理由が知りたい」


「それも言っただろう。僕は君をこの世界に送った男と知り合いでね。彼に頼まれているのさ。必要な手助けと監視を」


 違う。確かにあのうさん臭い漢との関係も詳しく訊きたいが、今は、それよりも魔法使いのことだ。


「だから、それであんたに何の得があるのかが知りたい」


「おや……たしかに、それは言っていなかった。でも、それを知りたいという人もいなかったから当然か」


 魔法使いはしばらく目を閉じて、それを言うべきか迷っていた。1分ほど経った後、魔法使いを口を開く。


「……君たちが聖獣を倒せば、きっとこの世界の破滅を救う第一歩になる」


「え?」


「こう言っておこう。君たちにはあの聖獣を倒せるくらい強くなってほしい。この世界で異世界からの来訪者である君たちが生きられると証明してほしい。それがゆくゆくはこの世界のためになる」


 結構スケールの大きな話になりそうだ。俺としてはこの魔法使いの何かしらの実験かと思っていたが、意外に世の役に立ちたいと思っているのか。


「だけど約束するよ。私も、あの漢も、聖獣を倒したら君たちにすべてを話そう」


「本当だな?」


「もちろんだとも。そうしないと目的を果たせないからね。こればっかりは信じてもらっていい」


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