ちょっとトラウマになりかけている例の花畑へ。わざとなのか、俺を黄色い炎で燃やそうとしたその場所で止まる。
「あのー」
大変嫌な予感がするのは決して気のせいではないだろう。
レリエットが俺の方に振りかえると、非常に機嫌が悪そうな顔で俺を見る。
「馬鹿じゃないの! 私が居なかったら死んでたのよ! まだクソ雑魚のくせに」
そこから先も俺を糾弾するというよりは俺を罵倒する数々の言葉を向けられる。要約するとお前は馬鹿だという話なのはさすがに分かった。
「ちょっとストップ」
「なによ!」
「俺が馬鹿で無知なのは承知だから、あの建物が何なのかと俺のいけないところをもっとしっかり教えて……ください」
最後をしっかり丁寧表現にして、なんと怒りを鎮めるようにお願いした。
その願いが聞き届けられたのか、何とか俺へアレコレ言われる時間は終わりレリエットは冷静になってくれた。
「で、私に教えてほしいの?」
「うん」
和奈と話をする時に学んだことだが、女性が怒ったら基本的に少し落ち着いてくれるまでは我慢だ。相手が怒り狂っているところに冷静にツッコミを入れるのは、それ即ち火に油を注ぐことである。
今は何とか火は収まっているので問題ないだろう。
レリエットは今まで起こっていたくせに、急に笑顔を俺に見せて、
「じゃあ、貴方の命を分けてちょうだい? それで情報を分けてあげる」
ええ……。結局命を差し出さなければならないというのか。
やはりレリエットから何かを訊くのは諦めた方がいいのか、それとも、命以外のことならなんでもすると、命乞いしてまだ縋《すが》ってみるか。
「ちょっと、誰もあなたを殺すなんて言ってないでしょ。勝手に、もうだめだ、みたいな顔しないでもらえる?」
「だって、命を頂戴って」
「貴方のなかで生成されている炎を少し分けてもらうのよ。ほら、ライフクリスタル。少し時間が経って戻ってるでしょ」
確かにさっきまで枯渇寸前だった輝きが、クリスタル2つ分戻っている。
「私たち花の精霊は、自分以外の人から炎を分けてもらって、この花たちに与えるの。私とこの子たちは一心同体。この子たちが水と空気から養分を摂取して私に分けてくれる代わりに、この子たちが身を守るために放つ炎を私が与えなければならない」
恐らくここにある花だけじゃないのだろう。以前森に来たとき、レリエットが使うのと同じ綺麗な黄色の炎が植物を覆っていた。それもまたレリエットが管理するものだろう。
「まあ、人間たちが私を嫌うのも分かるけどね。最初の頃、少し養分を得るためにやりすぎちゃって殺しちゃったし」
「そうなの?」
「私の故郷では、人間は生贄だった。捕まえて、食べちゃうのは当たり前。だけど、ここの人達の様子を見て、そんなことをしたら嫌われちゃうのは分かってる。だから殺す気なんてなかったのよ」
「俺の時もそれで」
「そう。でも人間たちも人間たちよ。私に養分を渡すのを嫌うくせに木の実や果物は勝手に取っていくんだもの」
この森を守っていたのは実質彼女であり、彼女が森の作物を勝手に持っていかれてかなり不快になっているのもうなずける。彼女にとっては、自分と同じくらいに大事な守るべきものだったのだから。
「どれくらい分ければいい?」
「ここにいる間ずっと、貴方は2時間でライフクリスタルが1つ自然回復する。そのたびに体も炎によって修復されていくわ。あなたは〈煌炎〉だから、6時間につき1つ分吸わせて」
「吸われる?」
「首のあたりをもぐもぐ」
吸血鬼かお前!
妖精らしからぬえげつない吸収方法を提案され、つい心の中でツッコみを入れる。
「別の方法はありませんかね?」
「じゃあ、貴方から私に炎を渡して。やり方は武器に炎を移すときと同じでいいわ」
「でも危険じゃないか? だって炎が映るんだぞ?」
「あなたが私に触れている限りは、私もあなたの体の一部とみなされる。自分の炎が熱いとは思わないでしょ。それと同じ。エネルギーをこっちに流してさえくれれば、私が少しずつ吸収するから」
確かに、最近は当たり前のように炎を体に纏わせて攻撃を防ぐという芸当をしていた。最初は熱さを感じたはずだが、あれは俺が炎を人を傷つけるものとしてしか見ていなかったからだろうか。
そう思うと、使用者の願いを汲み、それを叶えているという点では、本当に魔法と呼べる奇跡だと思う。
「貴方は炎を出し続けて私に流すことだけ考えてね」
元々こちらを教えを乞う身なのだ。少し不安ではあるがそこは信じるしかないだろう。
俺は彼女に向けて炎を流す。
「うわ……あ……しゅごい……」
「おいおい。変な声出すなって」
「やだー、変なこと考えてなーい。私はあなたの使っている炎が凄いって言ってるの。えっち」
ふざけやがってぇ……。
いや、我慢我慢。多少の言いがかりならさっきもされていたじゃないか。
今はとにかく機嫌を損ねないようにしよう。
体感5分くらいで終わり、多少心地よい疲れをするのはいよいよ俺の願いが聞き届けられる時が来た。
「対価はもらったわ。まずはあなたの質問に答えてあげる」
花畑の真ん中で少女と2人きり。
和奈という女の子を助ける手前、他の女の子とこのような状況になってしまうのはいかがなものか。
しかし、俺は現状無知で愚かな足手まといの現状を変えるため、多少の汚名は覚悟で今は行動あるのみだ。
「そうだな……まあ、いろいろ訊きたいことはあるんだけど」
例えば他に花の妖精はいるのか、どうしてこの森にはレリエット1人なのか、とか気になることは多い。
しかし、今は時間がない。大切なのは、俺が強くなるのに必要なことは何かだ。
「強くなりたい。俺には何が足りない?」
「……そうね。こうしてようやく快く栄養を分けてくれるパートナーも見つかったし少し丁寧に教えてあげる。まずはさっきの建物からね」
レリエットは、少し待ってて、という話を俺にして、少しその場から離れる。
しばらく待つと、レリエットは戻ってきて、俺に細身の剣を見せる。
「これは?」
「私が持っている〈オーパーツ〉。剣に見えるけど、本当は私が魔法を使うときの杖という役割よ。名を〈フロメリレット〉。森のみんなに協力して貰って、強力な魔法を使う為にはこれがないといけないわ」
「〈オーパーツ〉……」
「〈オーパーツ〉は本来、神殿の中に封じられているの。そしてそれを守るための守り手も一緒に居て、覚悟と技量を測る試練を与えるのよ」
なるほど。話が見えてきた。
先ほどの建物とそこからレリエットがくれた今の情報。
それらをふまえれば、俺が偶然見つけたあの建物はやはり〈オーパーツ〉を封じている建物で間違いない。そしてあのガイコツが使っていたのが〈オーパーツ〉。少なくとも俺が知る中で一番の強い武器だ。
「俺も、あのガイコツを倒せば、その武器を手に入れられるのか?」
「たぶんね。まあ、今のままじゃ1000回やっても奇跡は起きないけど」
「ええ、俺そんな弱いの?」
「あの魔法使いも言ってあげればいいのにね。あんあ低レベルの魔法と戦術で人間が勝てるわけないのよ。聖獣は神代の人間が使った兵器よ。猿が銃に挑んで勝てると思う?」
この世界に銃ってあるんだ。今そう思ったがそれはさておきとしよう。俺は首を横に振る。
「それと同じよ。今の状態であの集落の奴らに勝ち目はない」
「ていうか見てたのか。俺達が戦ってたの」
「まあ、聖獣は闇の種族の天敵だから。動向だけはチェックしないとね。私も死にたくないからさ」
「そのお前から見れば、俺達の戦い方は本当に非効率的だったわけだ」
「そういうこと」
「ならどうすればあいつに勝てる」
「少なくともあなたはもっと魔法をうまく使えるようにならないとね。大剣ブンブン振り回すだけだと二の舞になる」
「新しい魔法?」
「そう。向こうのガイコツめっちゃ速すぎって思ったときなかった?」
思い当たる節はかなりある。
大丈夫かな、と思ったらいつの間に接近されてました、ということが何度もありそれで反撃が間に合わないということばかりで戦いになってなかったと思う。
「今あなたに足りない魔法はいくらでもある。でも、とりあえず、まずは速く移動するための手段、そして相手を吹き飛ばす魔法。その2つね」
「そんな魔法があるのか?」
「ええ。それを習得するまでは離さないわ。養分を私に貢ぎ続けてね」
貢ぐのは俺の命というのがなかなかに穏やかではないが。
非常に幸運が重なってできた状況ながらとりあえずは見えた、強くなるための道。
あのガイコツを倒すために、レリエットと共に魔法を習得して、そしてあのガイコツを倒し〈オーパーツ〉を手に入れる。
まずはそこからだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!