前に現れたその男は、弓を片手に帽子のつばを後ろにしてかぶっている変わり者だった。
身長は高い。
俺だって背は低くはないはずなのだが、それでも見上げないと視線を合わせられないとは、恐らく身長は190センチ以上あるのではないだろうか。
見たところ妖精ではない。正真正銘人間だ。始まりの台地の外界における初遭遇であっているだろう。
「いやあ、こんなところで暗黒人に会うとは驚いたぜ」
レリエットとリエルが後ろでその男を睨みながらすぐにでも魔法を放てるよう準備している。こうして魔力を感じることができるのは、しばらくの間魔法を使ってきた恩恵だろう。
向こうもそれに気が付いたのか、慌てて首を振る。
「おいおいおいおいおい。勘弁してくれよ。確かに俺は人間だが、王都の貴族様じゃねえ。暗黒人だからって変に突っかかったりしねえよ。ほんとだって」
それでも警戒を解かない後ろの2人に困惑を隠せない。
「落ち着けって。俺はトレジャーハンターのマクリオ。人間の俗世に飽きて世界を流浪して宝を得る夢追い人さ。だから、ぶっちゃけ今の俺には種族間の軋轢とかどうでもいい。旅先でいろんな奴にあって、暗黒人にもいろいろってことは心得てる」
背負ったカバンの入り口を開けて、何かを差し出した。
「お近づきのしるしを、まず一つ。まずは先頭の君にね」
「なんか怪しいな……」
「分かった分かった。全く疑り深いな。これは俺のトレジャーの1つ。紫水晶の天然ものの小さいやつだな。紫水晶と言うだけでもなかなかお目にかかれない。その中でも特大のやつを手に入れたんだ。それはその時の周りに落ちてた欠片をお守りにしたものだ」
触ってみると不思議と魔法を使うときと同じ感覚が微妙に襲い掛かってくる。
「効能は魔法力の微妙な強化だ。まあ、ライフクリスタルで言えば0.5個分くらいのもんだが、それでもないよりはマシだぜ」
「どうしてこんなのを俺に……?」
「お前だけじゃない。信用してくれるなら、君たちみんなにあげるよ。もちろんギブアンドテイクだ。君たちとちゃんと話をさせてくれ。君たちが何者なのか、どういう理由でここにいるのか。話せる範囲でいい。だが情報なんもナシは勘弁願いたいけどな」
レリエットの方を見る。なんでこっち見んのよ、という顔をされた。
リエルの方を見るとこれまた同じ反応。姉妹ということでそのメッセージを含んだ顔は非常によく似ていた。
さすがにこの世界に来たばかりの2人に判断を任せるわけにはいかない。
目の前の男は初めての外界人。俺達の事情に関与しないこの世界の人間だ。話をするぐらいならいいかもしれない。
しかし念には念を押しておくべきだろう。
「あなたのライフクリスタルを」
「いいよ」
そう言ってその男はつけていた手袋を外す。そこには7個のクリスタルが。俺が今4個なので完全に格上だが、レリエットとリエルもいる状態なら制圧は不可能じゃない。
基本的にライフクリスタルはこの世界における経験値に類するものだと思っている。だからこそ、あの圧倒的な聖獣は30個以上もクリスタルを持っていた。
それに比べればどうということはないだろう。最悪絡め手を警戒しておけば、相手の武力行使には反抗できるはずだ。
今は少しでも情報が欲しい。相手の条件をのむことにした。
「OK! いやあ、うれしいなあ。じゃあ、残りの水晶は君から手渡ししてくれ。何なら、呪いの鑑定とかしちゃっていいからな。せっかくだし、ここらでちょっと椅子でも出して語ろうか」
嬉しそうに語るトレジャーハンターは、背負ったリュックから木の椅子を1枚出した。
そして炎を灯す。その色は俺と同じ色だった。炎はやがて椅子と同じ形になり、色や性質も同じになった。
魔法にはこんな力もあるのか……。勉強になった。
男が用意した椅子に皆で座り、俺は言える範囲での話をした。
旅人であり、始まりの台地から今はどこかの街を目指しているということ。さすがにぺらぺらと異世界人であることは口にしない。
そして男から返ってきた反応はこれだ。
「あの台地はしばらく分厚い雲に覆われてたらしいな。強力なバリアだって噂もあったなぁ。もしかしてその中で何かやってたの君たち」
「強い魔物の討伐」
「強い魔物……暗黒人を狙うとなると聖獣か?」
「う……」
「だから気にするなって。俺は人間だが、そういうのは気にしないんだよ。聖獣は人間を守る守護獣であり、暗黒人や他の種族を滅ぼす殺戮兵器でもある。そこは濁す必要はない。これでも博識なんだぜ?」
自慢げに語る男にリエルは問いを投げた。
「なぜあなたは人間のくせに、暗黒人である我々に嫌悪をしていないのでしょう。人間でならば、暗黒人滅びるべしと教育を受けているはずですが」
あの、それ初耳なんですが。
魔法使いの話を聞く限り、俺や他の異世界出身のみんなもそれに類する体を与えられているのだろう。それは何となく予想出来てる。
そして人間に会ったらヤバそうだということも。しかし、そんな事情までは知らない。
それならなおさら、この世界における本物の『人間』に会ったらまずいじゃないか。即殺しにくるレベルだろう。
「ははは。さっきも言ったが、俺は変わり者なのさ。トレジャーハンターっていう流浪人になって各地を巡った。俺が追うのは平和でも財宝でもない。まあ、財宝は見つけたいがあくまでそれは餌さ。俺は見たことないものを見たい人間なんだよ。そう言う意味で、本当にいろいろ見てきた。それだけ」
「信用できませんね……」
「もとより、俺と言う存在が信用とは縁がないからなー。その点は仕方がないな」
余裕の態度を崩さないマクリオは次に俺に質問を投げかけた。
「聖獣との戦いはどうだった? 俺、戦ったことも見たこともなくてさ」
「旅先で会わないのか?」
「聖獣は本来、聖騎士と勇者一同が出陣する聖戦に使われる兵器だからなぁ。野生のもいないわけじゃないが、そうめったに出会えないもんさ。俺も生涯において見たことはない。で、どうだ?」
最初の戦いの記憶を呼び起こしてなんども死にかけたことを要約して伝えることに。
見たことないものを見たいという気質は本物のようで、俺にとって苦すぎる思い出を、こいつは目をキラキラさせながら聞いていた。
「そうかー。いやあ、なるほど。結構危ない奴なんだな」
「そうだよ。だからそう笑顔になれるもんじゃない」
「いやはや、訊いておいてよかったぜ。この情報を知らなかったら俺、旅先で会ってたらちょっかいだしてたかも。一瞬であの世だ。ははははは」
あからさまに、見たことない奴の楽観的態度にしか見えないのが気に入らないが、見たことないものの脅威を実感できないのは仕方にことだ。さすがに何も言わないでおいた。
それに、
「いいこと聞かせてもらった礼に、次の街まで一緒に行かないか?」
という現状の俺達にとってはありがたい誘いをもらった。
「いいのか?」
「旅は道連れ楽しく泣き笑いっていう格言が俺にはあるんだ。お前たちは縁をつくっておいてよさそうだし、もう少しお近づきになろうじゃないか。なに、安心しろ。女の子から来ない限りは手も出さないって」
一瞬、レリエットの恐ろしい殺気が立った気がした。口は災いの元とは、過去の偉人はよく言ったものだ。
まあ彼女たちの安全は俺が目をつけておくとして、どっちに進めばいいか迷っていた状況からは脱却できそうだ。
俺はその申し出を受諾することにした。
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