ここにいるみんなは仲間ではあるが、同時にお金を稼がななければならない者たちだ。
話したいことを話して、俺達の意識は次に向いていた。
魔法使いから渡されたのは魔法の依頼書。便利なことに120個以上あるという依頼を魔法によってこの1枚で確認できる。仕組みは分からないが、依頼の番号を意識すると紙に書かれる文字が変わる。不思議だ。
しかし意地の悪さが出ているのか、クエストの内容として書かれている文章はめっちゃ抽象的で意味不明だ。これを頼りに各地を旅して、そのクエストが発生する場所、内容を特定してクリアすることが求められるらしい。
特にグランドクエストと言う重要案件を片付けられれば、2000万以上の報酬が得られるというのだからありがたい。さらにはこの世界で得た様々な稼ぎは、向こうの通貨と交換することもチュートリアルをクリアした正規冒険者は認められるようだ。
そして出発の時。
「おめでとう。これで、晴れてようやく君もこの世界の仲間入りだ」
こいつが言うには、俺らよりも早くこの世界を冒険している奴がいるらしいが、まだグランドクエストをクリアした奴はいないそうだ。
ここれから先の冒険もかなり苦労しそうだ。
「そういえば、結局お前のこと、あまりよく知れなかったな」
「そんなこと、どうでもいいだろう?」
魔法使いはにこにこしながら話を流す。俺もこれ以上は訊かないことにした。
今後も向こうの控室で休みたいときは魔法で連れていってくれるそうだ、その付き合いがあるか、追い追い訊けるだろう。
「今から君がなすべきことは何か分からない、なんてことはないよね」
「もちろん」
皆とはここでお別れになる。グランドクエストは手分けをして探した方が早く見つけられるだろう。しかし、この世界の獣の強さはよく知っている。目の前に広がる緑、遥か遠くに見える雪山のようなところや岩場。そこには俺の知らない、そしてえげつない奴らがいるんだと思う。
さすがに1人1人でバラバラ行動ではなくチームを組む人が多かった。ミハル達や、ドウコクさんと弟子3人とか。アルトはこれからも1人でやるらしい。
そして当然俺にはリエルさん、そして和奈と和音の面倒を見る必要がある。
さらには。
「お前も来てくれるのか?」
「もう契約しちゃったし。その、貴方に何かあったら私死んじゃうし」
レリエットも一緒だ。
魔法使いは、モテモテだねー、と言わんばかりの卑しい笑顔になりながら、
「君はこの世界を探検し、未来を切り開く開拓者となるのだろう」
似合わない言葉を放つ。
「……いい顔だ、とてもワクワクしている。心の準備はオッケーて感じかな」
おっけーもなにも、行かなきゃいけないんだよ!
魔法使いはそんな俺の文句を無視して、己の杖をこれから先、向かう先へと向ける。
「覚悟はいいかい? この先には数多くの苦難が待ち受けるだろう。それでも君はお姫様を救い出さないといけない」
「お姫さま?」
何の話だと思ったが、よく考えてみると、まだ和奈の身柄は解放されたわけではない。
おそらく俺がしくじれば彼女が売られることは間違いないだろう。この魔法使いも俺がしくじったときに彼女を強制連行するくらいのことはするに違いない。
思えば寛大な処置だ。売るために和奈をまだ手元においてもいいだろうに、こうやって自由にさせているのだから。恐らくカネ稼ぎをしろ位のことは言われてるのだろうが。
「いいかい、どれだけの脅威が目の前に現れても、決してめげてはいけない。この世界では願いが強さになる。心が強くあればそれは強さになるし、心が弱くなれば実際に弱くなる」
どうやら俺へのメッセージのようだったが意味不明だ。しかし、これから先旅をする俺達にとってもしかしたら重要な話何かも知れない。頭の片隅にでも置いておくことにする。
「さて、僕からの最後の贈り物をしよう。この世界の遠い遠い昔にあったとされる、神話だ」
魔法使いは、俺の許可も待たずに静かに語りだした。
はるか昔から、この世界は常に戦いに満ちていて、人はその厄災や強い力を持つ幻獣を恐れ生きてきた。
しかし、それはある時代に限りそうはならなかった。煌炎、またの名を輝くものとも呼ばれたそれと、それを源流として派生した5つの聖炎をエネルギー源とする高度な科学力を持ち栄華を誇った文明が栄えた頃、人間は当時の世で最も栄えた種となった。
今も当時の残滓、古代動力炉をはじめとする数々、史上最高峰とされる技術の結晶をこの世界に数多く残っている。
それにしてはこの世界はずいぶん原始的な世界じゃないかって? それには深い理由があってね。
ある日、1人の傑物が誕生した。その者は、後に魔王と呼ばれるようになるのだけれど。
彼は強欲でね。まあ、誰よりも行動力があったから、自らの欲望を現実化してしまった。
魔王とよばれた男でも、欲は人並みと言うべきか。
当時、恐らく限られた生と遍く自然との決別すら成せるかもしれないと言われた技術力を持ちながら、多くの生命との共生の道を選び、種の繁栄という生命的な本能に従いつつましく生きた者たちの中では、珍しい利己的な考え方の持ち主だった。
彼はまず力を望んだ。それは自らの存在を神格化するためだ。
そのために、禁忌とされた人体への炎を使用を行った。自らの中に炉を埋め込み、聖の炎が持つ力を己の力にできないか考えた。
結果生まれたのがこの世界における魔法だ。あれは聖の炎に眠る未知の力が起こす奇跡。
それにより彼は人の身でありながら、兵器なくして幻獣を討伐できるようになった。
さて力を手に入れた彼。その後は、王になりたいと願ったのかもしれないし、弱者や異性を侍らせて威厳を見せたいとも考えたのかもしれない。その力を持って人を助けたいと思ったのかもしれないし、むしろ人を殺したいと思ったのかもしれない。
いずれにせよ、彼の夢は途中で潰えることになる。
人より目立つだけで羨望と嫉妬の目を向けられ、力を持つだけで恐れられる。それは人の世では常なことだ。
秩序を乱すような行動を取った彼を、当時の秩序と公正を愛した人々は許さなかった。
そこから、たった1人を討伐するための大戦争が起こった。人間はその魔王を滅ぼすために安寧を捨てて、勇敢にも戦う道を選んだ。
当然魔王もただで殺されるはずがない。
あらゆる方法で自分を殺す人間と戦った。
花たちに知性と体を与えた。
亡者を蘇らせ、また罪を犯した追放者たちの国をつくり、彼らに新たな力と生を与えた。
他には、数え上げると多くて語りつくせないけれど、大軍勢となった魔王と当時の神代の人間の戦いはこの世界を焼き尽くしてしまった。
戦争の終結は、人間たちによってもたらされた。
勇者と彼を支える多くの仲間たちの誕生だ。
彼らは魔王に抗う遺産を手にし、数々の困難を薙ぎ払って、魔王を封印したんだ。
残された人間たちは、戦争によって多くを失った世界を見て決意する。
二度とこんなことがないようにと。
当時の文明は滅びて、後の世は、彼らの残した遺産と聖なるものを守るための聖なる獣によって、常に平和が保たれてきた。
「では、長話はここまでにしよう」
俺としてはなかなか興味深い話だ。
なんかまるで自分が見てきたかのように思い入れ深く語っていたような気がした。
大戦争からやることがなかったと言っていたので、その当時から生きていたとなればめちゃくちゃな魔法ばかり使うのも納得だ。
そして、遺産。
まるで機械のように、敵を殺すことを考えていた聖獣も遺産の1つなら。
あれ?
これって俺達ってこの世界の人間にとっての敵では?
いや。それは杞憂であってほしいものだ。
「これは、ハッピーエンドを迎えるための物語。君たちは6つの炎を沈めなければならない」
魔法使いはまた意味深なことを語り始める。
「グランドクエスト。 紅炎、金色に変わる前に、闇に失墜させなければならない。蒼炎、地に輝きを刻む前に、世界を繋がなければならない。黄炎、花々と共に大地を覆う前に、刈り取らなければならない。碧炎、封印が解かれる前に、その力を奪わなければならない。紫炎、亡者が命を得る前に、命を与えなければならない」
今のがヒントだと言わんばかりにドヤ顔で語られても困るが、覚えておこう。ここからの旅において必要になるかもしれない。
「数多くの困難が待ち受けるだろうが諦めてはいけない。君は自分のために、生き残ることすら厳しいこの世界に来た」
「ああ。まあ、そうだな」
魔法使いは頷く。
「ああ。そうだとも。くじけるな、前を向け。心が折れない限り、君は、君たちは強く在ることができるのだから」
これも彼なりの激励なのだろうか。ありがたく受け取っておくことにしよう。
気づけば長い話に飽きたのか、ここにいるのは、俺達とミハル達とアルトとドウコクさん達だけだった。
「では、行ってらっしゃい。また、何かの縁があれば、その時は君の力になろう」
魔法使いはどこかへと歩き出す。格好よく去ろうとしているようだが、残念ながら連絡をすれば会える。
まあ、どうせ今までみたいに対価を求めるだろうから、必要な時まではお別れだ。
別に寂しくはない。
寂しいのは。
「俺は西に行く。ミハル、お前は」
「じゃあ、東。ドウコクさんたちは北でしょ」
「ああ。そうだな」
このみんなとのお別れだ。だけど、永久の別れじゃないと祈る。
「じゃあ、俺達は南だな。でも、必要なら必ず便りをだしてくれ。行くよ。手伝いに」
「フン、それはこっちの台詞だ。遊介。お前は巻き返しは強いが肝心な時にミスをするというヤツでもある」
「そういう言い方しないの」
「そうだな。もう大丈夫だ」
ミハルとドウコクさんに言いくるめられ、呆れているアルト。
必ずまた再会するのだ。それぞれが成すべきこと成した後か、その道の途中で。
「じゃあ、また!」
俺の声と共に、皆が違う方向へと向き歩き始める。
「遊介おにーちゃん。最初はどこに行くの」
よく考えると女の子ばかりのパーティーなので、得と言うべきか、それとも怖いレリエットに監視され続けるので損と言うべきか。
「まずは町を目指そう」
レリエットはリエルと話をしている。まあ、積る話もあるのだろう。
「遊介。その」
「和奈。大丈夫だ。行こう」
「うん。緊張するね」
不安そうな顔をしている和奈の手を握り。
大いなるカネ稼ぎへの大冒険へ最初の一歩を踏み出す。
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