どこまで広く続く戦場。障害物は何もない。
まだレリエットは来ていないようだが必ず来ると信じるほかない。
そこに現れた聖獣。禍々しい体をしたその生物を前に俺は身震いする。武者震いかはたまたあの時の恐怖が蘇ったのかはもはやどうでもいいことだ。
「ヨク逃ゲナカッタ」
今日を選んだのは何もその場の勢いだけで選んだわけじゃない。
昨日の一撃で熱線を撃つ口を破壊した。つまりあの恐ろしいレーザーは飛んでこないはずだ。
だが向こうもそれを理解していないわけではないだろう。
「レーザー、ツカエナイ、残念ダガ、封ジタ程度デ思イ上ガルナ」
「もちろん」
武器を構える。〈ナイト・プライド〉を手に入れた目的を果たすための戦いが始まるのだ。
「ウガァアアアアアアアアアアア!」
鼓膜が破れそうな咆哮が戦いの火ぶたを切った。
勝負は一瞬で動いた。
やはり最初の戦いであいつは加速魔法を使っていたのだ。あり得ない速さで接近して大剣を振りかざし敵をひねりつぶす。
今度は油断がない。その剣には炎が宿っている。ドウコクさんをつぶしたあの悪夢ような威力の斬撃。
俺もできる限りの炎を使って盾で迎え撃つ。
凄まじい爆発音が鳴り響いた。炎どうしの激突なので金属音ではないようだ。しかしそれはそれで耳に悪い爆音だった。
しかし、この際多少体がイカれても死ぬよりはマシだ。炎を最大まで使って噴射、相手の剣をはじき返す。
「ガ!」
できた最初の隙。加速魔法で自分を加速させて、すれ違いざまに側腹部を炎の剣で斬り裂いた。
「ガアアアアァァアアアア!」
痛みと怒りが混ざった声で振り返り、炎を持った大剣を振りまくる聖獣。
大暴れだが、神殿で戦った聖獣もどきと違うのはそのパワー。本気で炎を展開して盾と剣で防いでいるのだが、一撃一撃が体に響き、骨折しそうな圧力を感じる。
「ぐ、あ、おお!」
「アアアアアア!」
口から炎を吐くつもりだ。俺は横に避けようとしたが、向かい側から大剣が横薙ぎで迫ってくるのを確認する。
なるほど、炎で逃げようとした相手の動きを見計らって大剣で真っ二つと言うことか。
加速魔法を使って俺は上へと逃げた。相手の攻撃は炎も空ぶりに終わって――と思いきや、剣を加速させて、聖獣は上方向へと剣を振ってきたのだ。
無茶苦茶な動きだ。人間があんな動きをすれば関節がズタズタになりそうなものだ。
迫ってきた大剣を俺は必死に盾で受けるが、空中のため支えがないのだからテニスのボールのように俺は吹っ飛ばされた。
地面に叩きつけられる前に加速魔法で何とか着地。
え?
もう聖獣が目の前にいた。炎を纏った剣をしたから振り上げきた。
辛うじて剣で受けたが剣が弾き飛ばされてしまった。
ヤバイ。ヤバイ。
盾しかない中でどうやって勝てと?
ダメだ。弱気になるな。諦めるな。〈ナイト・プライド〉は魔法の剣だ。呼び戻すことができる。
「グアハハハハハ!」
俺は武器を失ったことに狂喜して、凄まじい速さで剣の振る向きを反転。剣が俺の頭上に襲い掛かってきた。
盾に全力で炎を灯しその一撃を受けきる。
「ネシ、ネシ、ネシ! ドウコク、ト、同ジ!」
このまま俺も潰すつもりか!
以前の俺なら死が迫っていることが怖くてこれ以上何もできなかっただろう。だけど今の俺にはまだできることがある。
剣に命令する。戻って来いと。そしてその途中で回転しながら聖獣を斬りつけろと。
俺の声に応えた炎の剣は俺の望み通りに奴の背中へと迫って炎の刃を刻み付けた。
「ガアアア!」
やはり伝説の武器らしいこの炎の剣は良く効いている! これは勝ち目がないわけじゃなさそうだ。
相手が怯んだ一瞬の隙をついて攻撃から脱出した俺。
「サマァアアアアアアキ!」
怒りの表情を見せる聖獣は魔法を発動する。武器をキャッチする瞬間だったため発動を阻害できない。炎の球を上へと撃ち放ち、それが分裂。まるで流星群のような火弾の雨。これは最初の戦いのときに、俺達を絶望させて多くを焼き殺した魔法だ。
あの時の地獄が脳裏に浮かぶ。
負けない。俺は武器を構えて、迫る攻撃に構える。この火の雨の中で聖獣もむやみには。
嘘だ。
あの化け物。自分に多少当たっても構わず俺に突撃してくる。
「アアアアアアビャアアアア」
どうあっても俺を殺すつもりらしい。
俺は空を紅蓮に染める炎の雨を自分の炎の傘で防ぎながら雨が止むまで逃げようと加速魔法を使う。
しかし、奴の方が使える炎の量も潤沢だし戦い慣れしている。
結局追い詰められて剣戟が俺に襲い掛かってきた。
剣で受ける。体に衝撃が走る。ヤバイ、かなり痛い。それだけじゃない。着弾した火の玉は爆散して俺に襲い掛かってくる。四方八方から俺を焼き尽くすために聖獣の炎が迫り俺は無様に足掻いて何とか生き残った。
しかし、そこに渾身の斬撃。
盾で受けたので死ななかったものの、吹っ飛ばされて地面にたたきつけられた。
「ハハハハハハハハハハ! ネシ!」
あが……いてえ。
「ぐ……が……」
雨は止んだが、痛みで体が動かない。
「ガアアアアアハハハハハ」
嘲笑を浮かべながら止めを刺すべく奴が迫ってくるのが見える。
……ヤバ、体が。動かない。
剣が目の前に来てる。俺を真っ二つにする剣が。
「ハハハハハハ!」
動く。俺の体は動く! 間に合え。間に合え!
黄色の炎がもう近くに。
黄色?
「ガァアアアアア! ダレダァアアアア!」
俺の近くの聖獣を焼き尽くす黄色の炎が見える。
そして俺に巻き付き俺の傷を癒してくれるツタが見える。これは魔法だ。ツタを使う魔法は見たことある。
「お待たせ、遊介!」
「レリエット!」
「今から手伝うよ」
聖獣もこの参戦は予想外だったようだ。
「妖精! ナゼイキテイル!」
「遊介に助けてもらったのよ! 森を焼き払ったお前に必ず痛い目を見せてやるんだから! 遊介立ちなさい! 勝つんでしょ!」
そうだ。何弱気になってた。体が動かないとか、この期に及んでありえないぞ。
彼女も自分の〈オーパーツ〉を使用して本気で勝負しに来てくれている。魔法を使用して聖獣の足元にたくさんのツタを巻き付けている。
今がチャンスだ!
「遊介! 俺が右側をやる。お前左側に回れ!」
――来てくれたのはレリエットだけじゃなかったようだ。
二息歩行の獣が使っていたもう1つのオーパーツ。実は上層のテントに忘れてしまっていたのだが、その曲刀に蒼炎を宿して援軍に来てくれたのだ。
「どうした遊介。やはりお前は役立たずか? 寝てたら俺が追い越すぞ!」
「なめんなっての!」
アルトと共に、一気に距離を詰める。
「ギャアアアアア!」
奴とて無抵抗ではない。魔法を使った巨大な炎の球を撃ちだしてくる。
炎の盾で俺はそのまま聖獣の方へと弾き飛ばした。凄まじい爆発とともに聖獣の悲鳴があがる。怯んだ聖獣を横目に俺とあるとはオーパーツを使って連続で剣戟を叩き込む!
「ガアアア、アアアアア!」
効いてる!
「クリスタルは残り18だ!」
クリスタルの減りは十分だ。このままいけば勝てる。暴れる聖獣をレリエットが全力で拘束している。
「急いで!」
斬れ。斬れ。斬れ!
俺もアルトも全力で、息をするのも忘れて剣を振り続ける。ついに奴の体が刃に負けて悲鳴を上げ始めた。服が赤く濡れるがもう関係ない。
「アガガアアアアアアガガガガガガガアアアアアアア!」
突如、こいつの体が赤く染まり始める。
「待って、二人とも離れて!」
「何、どういう」
アルトと俺にその理由を説明する時間は与えられなかった。奴の体全体から勢いよく炎が噴火したのだ。
聖獣を中心に起こった大爆発。
体全身に凄まじい痛みが走る。そして体のどこかが溶けてしまっているような火傷を超える変な感覚。これはもう暑いというより心臓まで響く死を直観する人間が感じてはいけない痛みだ。
「アアアアア……ハハハハハハ!」
笑っている。あの聖獣は笑っている。
「くぞ……! あの獣がぁ……ぐ、はぁ、この!」
アルトはなんとか立ち上がろうとしたが、無情にも大剣の一撃で、〈オーパーツ〉もろとも吹っ飛ばされた。
ヤバイ。
よく見るとツタがすべて焼け焦げている。
「ハハハハガアアアアア!」
もはや戦いの中でくるっているこの聖獣は、なんと壊れているはずのレーザーの発射口をレリエットに向けたのだ。
まさか。
まさか。
まさか。
壊れてなかった。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
「れりえっとぉおお!」
必死に叫んだ。
レリエットはそれに気が付いた。……だが遅かったのだ。
すでに熱線は放たれ、レリエットの右肩をかすってしまった。かすっただけでそのあたりは溶けてなくなってしまう。
「イアアアア!」
レリエットの悲鳴が上がった。
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