今まで戦いを繰り広げてきた土地は、この世界の一部に過ぎなかった。
それぞれ旅立った仲間に別れを告げた後、俺達はしばらく集落に残り、この世界に来るのが初めてな和奈と和音に、とりあえず俺が知っていることや、この世界の住人であるレリエットがこの世界での暮らしや仕組みについていろいろと教えた。
俺だって慣れるのに2週間以上もかかったのだ。この世界に来たばかりの人間を連れて、早速Go! とはさすがに行かない。
魔法使いもあの巨漢もあの戦いはチュートリアルだと言った。それはこれから先の冒険はさらに困難を極めることになるという合図に他ならない。オーパーツを持っている俺も、さすがに自信過剰には慣れない。できる限りの準備と慎重さは持ち合わせるべきだ、という決断になった。
幸いにもこの世界に詳しいレリエットは今後も旅に同行してくれるとのこと。
『私だって世界の全てを知ってるわけじゃないわ。そんなに頼りにしないで』
謙虚な姿勢を見せてはいたが頼もしい仲間であることに変わりはない。
リエル、たまに俺やレリエットが和奈と和音にこの世界での、特に魔法やライフクリスタルについてのチュートリアルを行っているのと同時進行で、俺とレリエット、リエルは最初にどこに向かうべきか話し合った。
「お嬢様、お上手です」
「そう……?」
「おねーちゃん、すごー」
和奈は紅炎、和音は蒼炎、リエルとレリエットの例を見ていると兄弟姉妹は同じ炎なのかと思ったが実際そんなことはないらしい。この世界に来てわずか2日で、体に炎を纏い防御力を高める魔法〈フレイ・シルド〉を習得した辺り、和奈と彼女の妹の勤勉さがうかがえる。
「カズナもカズネも物覚えが良くて教えがいがあるわね。それに比べて、ユースケときたら」
「悪かったな。俺は不器用だよ」
訓練の様子を近くで見ながら、花の妖精に嫌味を言われてしまったが、事実なので言い返さないことにした。
「で、君の方は?」
始まりの地の高台から遠方を除いてみたが、近くに街のようなものはなかった。しかし、レリエットの話によると、決してこの世界は人が絶滅寸前なディストピアではないらしい。
この世界は基本的に人間が治める皇領、獣人が治める蒼月国、竜人が守護する碧山の地、花の妖精が住む黄精郷、死の国である紫煉獄、暗黒騎士と紅の騎士王が興した紅蓮王国、大きく分けても6つの国が間違いなく存在し、それぞれに人が存在して、それぞれの文明と文化があり、それぞれが真の意味で『国』と呼ぶことができるそうだ。
基本的にはその6つの国のどこかに行けば、グランドクエストに繋がる情報は確実に手に入るだろうと予測できる。
俺は最初に、レリエットが来たのは花の妖精の国らしいので、そこに行ってみようと提案したのだが、リエルもレリエットも口をそろえて『やめたほうがいい』の一言。
理由はまだ何も言ってくれなかったが、死にたくないのなら、と強く迫られ、仕方なく別の目的地を検討しているところだ。
レリエットもリエルも、俺達の世界へとつながっているこの大地へ黄精郷から真っすぐ来たとのことで、他の都市の場所は詳しく知らないらしい。
本題に戻る。先ほどレリエットが述べた『君の方は』というのは、しばらくかかりそうな旅の準備、食糧と野宿セットの準備だ。
進む方向は決めているものの、高所から見渡しても見えない都市に行くのならばどうしても日数はかかる。向こうの世界とは違ってこの世界では歩きが基本になるだろう。始まりの地は高所にあり、そこを降りると平原か大森林のいずれかを横切っていくことになる。
途中で宿があればいいな、なんて楽観視してたら死にそうだ。この世界のシビアさは身に染みている。
「これを干し肉にして、後は木の実と、意外だけど、麦もあったな。森の奥にこんなのあったんだな」
「麦は私がレーグにできる。でも人間にあげたくなかったら隠してたの。でももう隠す必要もなくなったし、感謝しなさい? 肉と木の実だけじゃ、飽きるでしょ?」
「確かに」
昔RPGのゲームで世界を旅する勇者のゲームをやっていたが、あの頃には考えもしなかった苦労が今ひしひしと感じられる。勇者も実際はこんな食糧とか野宿とか、仲間を死なせないためにいろいろ考えていたのだろうか。
「おにーちゃー!」
和音が走ってこっちに来た。
「見ててね」
全身に清流の水かと見間違えるようなきれいな蒼炎を纏う和音。
「どうよ!」
「おお……もしかすると俺より精度高いかも」
「ほんと! よかったー。これでようやく合格点かな。リエルったら厳しくて、まだ旅に連れていけませんってずっと頑な」
「まあ、厳しい方がいいよ。聖獣みたいなやつがもしも現れたら、逃げるための知識くらいは身に着けておかないと」
台地の外に出れば見たこともないモンスターもいるだろう。もしも聖獣と同等の存在に会ったら、逃げる以外できない。今の俺はオーパーツを持っているとはいえ、あんな化け物と戦うだけの力をまだ持っているわけではない。
俺の右手に煌めく橙色の六角形、前は3つだったが成長の証か5つになっているが、命の証であるライフクリスタルは、あの聖獣は俺が知っているだけでも30以上は持ってた。基本的にこのクリスタルが多い生物は強いと思っていいだろう。
そんな相手に当たったとき、逃げるにも魔法は必要だ。早く和奈や和音を自由にするために旅を始めたい気持ちはあったが、それを抑えて今も台地に残っていたのだ。
しかし、和音も、向こうで静かに魔法の練習をしている和奈も綺麗に扱っている様子を見るとそろそろ出発の時が来たのかもしれない。
「そうだ、和音、ちょっと一緒に来てくれるか?」
「え、なあに?」
冒険と聞いて和奈が怖がっていたのに対し、和音は吹っ切れてしまったのか、冒険にやる気があった分、今まで魔法の練習ばかりでふてくされていたのは知っている。
「ちょっと、下に降りて、偵察に行ってみようと思うんだけど、来るか?
「いいの!」
「ああ。その代わり、俺の言うことには従ってね」
「うん!」
「レリエット、後ろを頼む」
「はいはい。ご主人様」
オーパーツの盾をとりあえず腕に取り付け、いつでも起動できるようにしてから、リエルと和奈に意思表示をする。なんと、ならもうみんなで見に行くだけ行こうという話になってしまった。
理由はもちろん、俺だけでは頼りないから。レリエットとリエルがどストレートに一言。
まあ、こうして俺を支えてくれる人がいるのは嬉しい。前までは1人で頑張るしかなかったから、こうしてそばで支えてくれる仲間がいるのはとても感動的だ。
だからか、いろいろと厳しい言葉をもらっても、その有難さを理解した俺は寛容に受け止められるようになったようだ。
俺達の進む方向は平原が広がっている方。
もちろんまっ平ではなく、良く見れば高低差もあるし、程よく木が生え、岩が露出し、岩山やちょっとした崖もある。都会っ子の俺としては、大自然とはこんなところを言うのか、と新たな発見をした気分だ。
そして早速悩ましい出来事が起こった。
下に降りて少し真っすぐ行ったところで、なんと草が生えていない、道が伸びていることが分かったのだ。そしてちょうど差し掛かったところが分かれ道になっていてどちらに進もうか悩む。
「れリ」
「知らないわよ。どっちがどこに行けるかなんて」
「はぃい」
2文字で察せられた俺の愚問はさておきとされ、実際に進むとしたらどちらにすればいいかは悩むところ。
道ならば、待っていれば人が来るかもししれないが、その望みは薄い。これまで3日ちょくちょく下の様子を見ていたが、人が通った様子はなかった。
この世界の住人にファーストコンタクトするのはもう少し先を覚悟しなければいけない。
いれば、どっち行けばいいか聞けるのになぁ。
「遊介? そんな悩まなくてもいいんじゃない?」
和奈の声色優しい言葉が染み渡る。
「どうせ、どっちに行っても分からないんだし、考えるだけ無駄だと思う」
「そうだよおにーちゃん。頭捻っても意味ないよ?」
「ふぐぅ」
慎重に、慎重に、このチームのリーダーである自分の選択の選択で、皆の生死が決まる!
そう意気込んで過去一番いろいろ考えごとをしている俺がバカみたいに思える諫言。しかしまあ、事実なのだ。考えたところで答えは結局『分からない』に至る。
「あー! そうだよそうだよ。全く、仕方ない。ヤケだ」
「ちょっと何を!」
手に煌炎の炎の球を宿し、やみくもに投げた。もちろんヤケとは言ったが無駄撃ちしたわけではない。とりあえず投げてみて、落ちた方向に行こうという占い的なものだ。
今にして思えば、他のチームのみんなはよく迷わず出発できたな、と決断力が羨ましい限りだ。
炎は高く空中へと飛び、そして適当な場所へと墜落する。
――と思ったのだが、そこで意外な反応が起こった。
矢が飛んできたのだ。もちろん俺らが放ったものではない。
「なんだぁ! 鳥じゃねえのか!」
そして知らない声。
これは……! この世界の住人か?
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