空が暗いことに気が付いたのは集落が近づいたときだ。
「山登りに随分と時間がかかったようだね。今日がもう聖獣討伐の日だ」
魔法使いの言う通り、この不気味な空は間違いなく聖獣と戦うときに浮かび上がる空だった。
「行くかい?」
「いや、先にミハルとカナにこの薬草を使ってからだ。そうじゃないと戦いに集中できない気がする」
「それもそうか。なら先に集落だね」
魔法使いと一緒に集落へと戻る。
聖獣討伐戦ということもあり集落には、懐かしい数々のたいまつが初戦前日の夜と同じように炎を灯している。
昨日来たばかりだが久しぶりにお見舞いに来たように思える。以前見た時と同じようにある童話のお姫様のように目を覚まさないミハル。
俺と魔法使いで手分けして薬草を燃やして液を絞り出す。そして少し失礼を承知でミハルの体を起こし、口を無理やり開けて一滴口に入れる。
何とか飲んでくれたようだ。
「こっちもオッケーだ」
「どれくらいで目を覚ますかな」
「それは分からないね。今日で眠って1週間、体が覚醒の準備をするまで起きはしないだろう」
それまでは待つしかない。謝るなら早い方がいいとどこかで思っていたのだが、こればかりは仕方がないだろう。
「さて、仕事も終えたし、僕は聖獣との戦いを見に行くよ。君は?」
「俺も行く。ドウコクさんの代わりに戦わないと」
「いい心がけだ。では行こうか」
ミハルとカナが眠るテントを後にして、俺はいよいよ決戦の地に向かうことになった。
加速魔法を使って突っ走る魔法使いに俺は必死について行く。自然な体運びでありながら無駄のない魔法の使い方と動き。この世界に慣れれば慣れるほど、一挙一動でこの魔法使いがただものではないことが実感できる。
大門をくぐれば下層の平原にたどり着く。が、やけに静かな気がするのは気のせいだろうか。
「もう終わったのか……?」
魔法使いもこうつぶやいていることだし、気のせいではないということだ。
聖獣と戦っているなら爆発だの、地面をかち割る剣の音のだの、めっちゃうるさかった記憶がある。静かなわけがない。
平原に出た時に真っ先に浮かんだのは前と違う感じ。前は本当にひどい有様だった。周りには戦いの残り火や、蹂躙された傷跡が数多くみられたが今回はそれがない。
いや、あるにはあるが少なすぎる。
「何人死んだだろうか」
まるでここでの戦いはすぐ終わったような感じで逆に何があったのか知るのが怖い。
遠くで爆発音がした。しかし何が起こったにもかかわらず、周りではなにも起こっていない。どこが遠くで起こったもののようだ。
周りを良く見渡す。何かが起こっているはずなのだ。
ん?
倒れているのはタケ、そして隣に息を荒らげているまつひろさんがいるようだ。
俺は一気に走り寄っていく。
見る限り2人とも生きているようだ。
「まつひろさん! タケ!」
「あらぁ……この声ぇ」
何とか生きている2人を見て一安心した。これで死んでいたとなれば俺はかなり心が折れそうだった。
「ゆーすけちゃん……無様を晒しちゃったわねぇ。タケも無事よ。命に別条はないわ。安心して。随分としてやられちゃったけどねぇ……」
「なんで2人だけが。いったい何が」
仮に死んでいる奴が居たらこの辺りに残り火があるはずなのだ。それがないということはここでは誰も死んでいないということ。
タケがその理由を答えを言ってくれた。
「遊介、僕らのことはいいから、早くあの花の妖精のところへ……!」
「なんで」
「シルグイが、聖獣をレリエットさんに擦り付けようと」
何だと。
ダメだ。それはだめだ。レリエットは言っていた。あの聖獣を恐れていると。
そこで昨日の話を思い出す。確か妙案があると言って、準備をしているとかどうとか。まさか聖獣をレリエットと戦わせようとしていたとは。
――ふざけるな。
「あら……おこ、らせちゃったかしら……? すごい顔」
レリエットは俺に優しくしてくれた、寂しがりやの女の子だ。
花の妖精で危険な一面もあるのは分かっているけど、だからと言って、あの血も涙もなく俺達を殺す野蛮な聖獣を押し付けていいような相手じゃない。
手に自然と力が入る。気づけば爪が食い込んで血が出そうになるまで拳を握っていた。
「御免なさい。一緒に止めようとしたのだけど……」
「いや、まつひろさんもタケも悪くないよ。……その」
俺の提案を、
「僕らのことは大丈夫だ。行ってくれ遊介。君にとっては大切な友達なんだろう?」
友達かどうかは分からないけど、少なくとも約束をした知り合いではある。見捨てられるわけがない。死んでほしくないのは本当だ。
「ごめんな。すぐ戻ってくるから」
聖獣がいるのならばすぐなんてわけにはいかないだろうに、俺は勢い余って言ってしまった。でも、まつひろさんは俺の約束もできないその言葉に頷いてくれた。そしてタケも。
俺はすぐに林へと加速魔法で向かって行く。一瞬で2人から離れて、林がものすごい早く近づいてくる。
魔法使いもシルグイの妙案は考えが及ばなかったようだ。林に近づくにつれて徐々に爆発や悲鳴が聞こえ始めた。
その中にはレリエットのような声もした。
「花の妖精の花園が侵されるのがそんなに嫌かい?」
「……ああ。何より、レリエットを巻き込もうとするのは気に入らない。変な作戦に巻き込むなら俺を巻き込めっての!」
「自分に厄介事を押し付けてほしいとか変わってるね」
そんなの昔からだ。俺は和奈という絶対にお付き合いできない幼馴染のことがずっと好きで和菓子屋に通い詰めていた男だ。非合理的な人間であることくらい承知している。自分の得にならないからとか、もういらないからとかであっさり何かを捨てられる男じゃない。
思い立ったら即行動。大切だと思えば大切にするし、リベンジしなければいけないならリベンジするために全力を尽くす。後になって『やっておけば良かった』なんて言わないように。
「しかしレリエットちゃんを助けたいのならまずいな」
「なんでだ?」
「あの森の植物はレリエットが炎を回して管理しているものだ。いわばあの地域の植生すべてレリエットと命をリンクしているに等しい。もしも聖獣が暴れてあのあたりの植物が焼き払われたら、そのダメージはレリエットを確実に蝕んでいるはずだ」
「何……!」
そういうのは早く言え!
何かが焼ける音が聞こえる。今の話を聞く限り木々の延焼はかなりまずい事態を引き起こしそうだ。
「彼女の花畑が焼けたらおそらく彼女は死ぬだろう。急ごう」
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