前は他の多くの人と討伐したダックルという幻獣。
今はどうだ。
突進は加速魔法で軽く躱せるし、攻撃はドウコクさんの大剣を使ってそこに炎を纏えばしっかりと行える。
レリエットやガイコツさんに武器に使用する炎の量を多くして攻撃力を挙げる奥義もいろいろ教えてもらった。ドウコクさんと同じくらいの重い攻撃を、今の俺はできているのではないかと思っている。
攻撃さえ当たらずこちらが大剣を当てられるのなら勝てないはずがない。
以前はあれほど怖かった幻獣の討伐も苦労することなく討伐できた。
もちろんそれだけではない。
周りの肉になりそうなやつらを討伐して、かなりの数を持って帰ることができそうだ。
「いや、待てよ」
そんな数どうやって持って帰れと?
仕方なく俺は気合で持ち運ぼうとしたがすべては無理。さて、どうしたものか。
そこで俺はあの魔法使いが俺を浮かせて持ち運んでいたのを思い出した。
炎を手に纏い、とりあえず念じてみる。浮いてくれと。
結果はまあ、言うまでもない。やはりこんなに簡単では思い通りにはいかないようだ。
これ以上の進展はなく、仕方なく俺は持てるだけの肉を持って帰ることにした。討伐した獣を炎のひもで縛り――炎の魔法でつくったひもなのになぜか肉は焼けないのが不思議だ――加速魔法で無理矢理体を動かしてなんとか集落まで持っていった。
道中いくらか焼いて食ってしまったが、それは俺の炎の補充の為には仕方ないことだ。それを差し引いても余りある量は持って行ったつもりだ。
集落につく少し前で、レリエットの約束通り木の実をたっぷり持っていたタケと久しぶりに見たまつひろさんが話していた。
さすがに大荷物だったので俺の帰還はすぐに気づかれる。
「あら、ゆーすけちゃん! どうしたのそんなに……!」
「おみやげでーす!」
「おみやげってもう……タケの言う通りね。たくましくなっちゃって」
どうやら一足先に帰っていたタケが俺の事情を事細かに話してくれていたようだ。
「見たところ怪我もないし、アルトちゃんを軽くひねったってのは本当みたいね」
なんにせよこの世界に来て最初に俺の面倒を見てくれたのはドウコクさんといっしょにまつひろさんもだ。そんな人に褒められるのはやぶさかではない。
「貴方の部屋、まだあるのよ。久しぶりなんだから今日はゆっくりしていきなさい」
「いやあ、それは無理だと思います……」
「大丈夫だと思うわ。みんな今日はあなたに構っている余裕はないと思うし」
余裕がない。何故か訊く前に俺には想像がついた。
しばらく森にこもっていたとはいえ、さすがに日にちの感覚は狂っていない。そろそろ聖獣が姿を現す時機だ。
「……俺が言うのも本当におかしなことだけどさ、タケから聞いた限りはなんか人手不足って聞いたんだけど、討伐いくのか?」
「私は反対したのよ? だけど、シルグイに妙案があるみたいでね。今回は倒すというよりどれくらい削れるかを視野に入れて作戦も全部シルグイがまとめているのよ。私とパンチーには妙案の中身は聞かせてくれないのよ。サプライズだって」
「へえ……」
アルトに引き続き、俺をめっちゃ恨んでそうな彼の名前を耳にすると少し体が震える。アルトと違ってシルグイに対しては、ドウコクさんを殺してしまったという負い目があるからだ。
きっと何をしても彼は二度と俺を許してくれないのだと思う。殴られた痛みと共に恨みの大きさは俺なりに痛感している。
今は出会わないように注意すべきだ。きっと妙案の準備に忙しいはずだ。
「心配しなくても今は出かけているわ」
まつひろさんの一声で一安心。まあ、問題はシルグイだけではない。この村の多くは俺を恨んでいるだろうし、新しい人が来てても俺は悪いように伝わっていることも考えるべきだ。
「私がお肉は何とかしておくからあなたはミハルのお見舞いに行ってあげたらどうかしら? タケちゃん。案内してあげて」
「ああ、うん。そうだね。じゃあ、遊介、ついてきて」
タケが歩き出す後ろをついて行き俺は懐かしの集落の中へと向かう。
死ぬかと思った。
誰からか分からないがめっちゃ攻撃された。今も生きているのは修業の成果と幸運によるものだ。
さすがにミハルのお家の中には攻撃は来なかった。万が一にも無罪のミハルに攻撃が当たるのは避けたかったのだろう。
ミハルの容態はしばらく大変だったようだが、魔法使いの応急処置もあって何とか一命はとりとめたらしい。
魔法使いは生命維持には手を貸すが治療には手を貸さないとのこと。あの野郎本当に変なところに意地を持っているといううか、冷たいというか。
「タケ、治す手段はないのか……?」
「ここからさらに高地の神殿の辺りには、いい薬草があるらしいよ。だけどその辺りはかなり強い獣が住んでるって」
「なるほど。なら、俺が行けばいいな」
「だめだ!」
そんな怒鳴らなくても……ビビったじゃないか。
「な、なんで?」
「これ以上危険なことはやめてくれ。せっかく助けたのに、意味もなく死んだら」
あー、そういうことか。
確かにせっかく助けた人間がまた危険なところに突進しようとしたらそれは止めるに決まっている。
「でも、俺は治したいから。高地だろ? 明日には戻ってくる」
「でも、明日は聖獣戦だ」
「今週は諦めるよ。まだ準備も全然してないし、その状態で聖獣と戦っても痛い目を見そうだからなぁ。それに一緒に行けないだろう」
「それは……」
違う、といった言葉が出ないところ、どうやら心当たりはあるようだ。
「だから俺は別行動だ。ミハルとカナが治った方が集落にとってプラスなのは間違いない」
それでも止めそうな顔をしていたタケ。しかし、行かないという選択肢はない。できる限りのことは全部する。信用を取り戻すとかじゃなくて、これは俺がやってしまったことに責任を取る大切なことだ。
眠っているその顔をもう一度見てから、俺はタケの制止を、ごめんと言いながら振り払ってまた集落の外へと向かう。
その最中。
「おや、どこへ?」
魔法使いが集落へと戻ってきた。
「なあ、いい薬草が高地にあるって聞いたぞ。どこにあるか知ってるか?」
「……対価は?」
やっぱり要求された。この強欲魔法使いめ。
「何がいい」
手っ取り早く行けるのならと、多少の代償は覚悟する。
「ドウコクの剣をシルグイが要求していてね。今君が持っているそれを託されたくせに薄情にも渡してくれれば、教えてやらなくもない」
「意地悪いなお前。それ俺が渡したら、お前はせっかく託されたものなのに売るとかクズだねぇ、とか言うつもりだろ」
「バレた?」
「手放すつもりがないわけじゃないが、渡し方が問題だ。お前に売るわけないだろ」
「はははは。これは一本取られた。では、手伝いはしないけど案内はしてあげよう」
どうやら魔法使いに対して一本とったらしい。
その気はなかったが、魔法使いが満足して案内してくれるのならそれでいい。
魔法使いがおもむろに歩き出した知らない道。俺は彼について行き高地を目指す。
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