魔法。それは聖なる炎の力を使い、己の望んだ人智を超える奇跡を示すもの。
かつて己の中に炎を封じ、人間とは異なる存在になった魔王を起源に闇の種族の間で、神代の技術に対抗するための力として広まっていった。古の伝説、光の種族と闇の種族の決戦において、すべての種族が種の存亡の危機に瀕《ひん》するほどの打撃を受けるほどの被害が出たのも、この魔法によるものだったという。
「おおおお……!」
ものすごい勢いで右から左、そして左から右へ大剣を振る。
もっとも実はこれは俺の力ではなく、魔法によって加速をしているのだ。
レリエットが俺に一番最初に教えようとしてくれたのは加速魔法。自分が生成した炎を纏っている物質から、大量の炎を噴射して、噴射した方向と逆方向に勢いをつけることができる。名前は〈フレイ・アクセラレータ〉というらしいが、さすがに長いので、通常この世界の人は単純に加速魔法と言ってしまうことが多いらしい。
相手を吹き飛ばす魔法も、この加速魔法の応用でやることができるらしい。当然応用と言うだけあって基礎ができていないと使用不可能である。
「加速と減速をしっかり意識しなさい!」
レリエットは丁寧にコツややり方を教えてくれるのだが、自分の運動の才能のなさが災いして上手くいかないことが多い。炎を噴射することはそれほど難しくないのだが、程度のコントロールが難しい。今は自分を加速する前に、大剣を加速させて速く振りぬく練習をして加速魔法の加減を覚えているところだ。
始めてから1時間ほど経っているが、なかなか制御できる感じはしない。
「うおおあああ?」
横に加速して振ったら、勢い余ってコマ回転。
振り上げたり振り下ろしたりしたら、勢い余って体が浮く。
「ふざけてるの?」
「そんなつもりは……でも、噴射の量を調整するのが難しい……!」
もはや大剣を振り回しているのではなく、振り回されているのではないかと勘違いしそうだ。大剣を加速する度に俺が振り回されているばかり。
大丈夫か俺……?
レリエットは加速魔法だけでなく、他の魔法の強化も行ってくれた。
「〈フレイ・シルド〉は戦いの基本よ。あなたは攻撃が当たりそうなところにとっさに炎を纏うことで防御をしようとしてるけど、この魔法の用途はそれだけじゃない」
レリエットは肘から手にかけて、炎を灯す。〈フレイ・シルド〉だと思われるが、やはり俺より流暢できれいだ。
「そもそも、〈フレイ・シルド〉の本質は意図した場所に炎を集めることよ。防御力が上がるのはそのついでに過ぎない」
「集めて殴ることもできる?」
「発想が野蛮な男ね」
野蛮で悪かったな。
少し考えなおしたが、やはりこの世界のことには浅学で全く思いつかない。
俺の様子を見て、ため息をつく。俺を内心馬鹿な男だと思っているのだろう。
悔しい。いつか見返したいところだ。そのためにも今は素直に学んで鍛えなければ。
「そもそも魔法は、炎を纏ったり撃ったりするだけじゃないの。見てて」
手の辺りに集めた黄色の炎を細長く伸ばす。すると炎はだんだんと俺を先日助けた蔓《つる》へと変化する。
炎が物に変化したのだ。
「すげえ。炎が……」
現実世界ではありえない、まさに奇跡や神さまやらを信じそうな所業だ。
「それぞれの炎でやりやすいこと、やりにくいことはあるけど、基本的にはしっかりと勉強すればいろいろなことができるわ。普通に炎として放つにしても、今みたいに別の物質に変えるにしてもね」
奥深いんだな、と思う。
「すごいな。もっと勉強しなきゃ」
「でもこの場所で自学自習は無理よ。魔法はどこかの都市の図書館で勉強するか、誰かに教えてもらうしかない」
都市。気になる単語だ。
今俺がいる大地は、雲のように覆われて端っこが決まっている。そしてこの大地に都市みたいなものがないのは、ドウコクさんが集落をつくって生活の基盤を作っていたことから明らかだ。
俺達がいるここは、十分に広い台地だが、それ以上の世界が端から外に広がっているのかもしれない。
想像以上にこの世界は広大なのだろう。
「俺はこの辺りしか知らないけど、レリエットは外から来たのか?」
「……私、元々は花の妖精の里から来たのよ。もちろんこの大地の外ね。で、すごく私好みな森があったからそこを私のテリトリーにしたの」
花の妖精の里というのもあるらしい。確かにレリエットにはお似合いの故郷だと思うが、それはそれで気になることが1つ。
「でも、そもそもなんで里を出たんだ?」
「花の妖精は里で発生するけれど、ずっと里にいることは許されない。独り立ちをしてどこかにお花畑をつくる必要があるの。私はここに来たんだ」
話の流れで偶然レリエットについての過去、そして外の世界の話を聞くことができた。
もしかすると雲を何とかする方法があるのかもしれない。そうしたら外へと行くこともできるのだろう。花の妖精の里に行くこともあるのだろう。レリエットとこの一面の黄色い花の絨毯を見る限り、その里はとても神秘的なところなのだろうと思う。
「大変だったのか? その1人で」
「別に。でも、寂しかったってのはある。人間には嫌われちゃって、私はまるで害虫みたい。まあ、つい何人か養分の吸い過ぎで殺しちゃったのは悪かったと思ってるけど、こっちも生きるためには仕方なかったのよ。でもこうして、取引とはいえ、話をしてくれる人がいると嬉しい」
「俺?」
「うん。私、今度は失敗しないように人をここに誘ってお世話をしてあげる予定だったの。少しでも私の評判がよくなれば、悪者扱いも払拭できるかと思って」
なるほど。合点がいった。
レリエットが最初俺を誘ってここに誘ったのは、今までの反省を踏まえ行動をした結果なのだ。
まあ、本当のことを言っているかは分からないが、今は彼女を信じよう。きっと俺は大丈夫だ。レリエットは俺を干からびさせたりはしない。
「……ちょっと脱線したわね」
その一言ではっとしたが、今は魔法の練習中なのだ。
「練習に戻るよ。さっき見せたように、〈フレイ・シルド〉は魔法の起点になるもの。この魔法でどれだけ炎を集中させられるかによって防御力も魔法の威力も変わってくる。加速魔法と一緒に、しっかり練習して!」
はーい。
情けない返事をして、俺は再びレリエットが言うように練習へと戻る。
彼女の言う通りならば〈フレイ・シルド〉を強化すれば俺はもっといい魔法を使えるようになるはずだ。
レリエットと鍛え始めてから5日が過ぎた。
美女と2人の生活。何かが起こらないはずもなく――。
というご都合展開は残念柄訪れない。レリエットと俺の関係は何も変わっていない。
しかし、だいぶ加速魔法と〈フレイ・シルド〉は良くなってきたと思う。
レリエットも、一応及第点はくれた。
「まあ、いいでしょう」
「おし!」
こうして修業というものをしたのは初めてで、師匠的な存在に及第点をもらえることの嬉しさを始めて実感する。
「じゃあ、早速、いよいよ実践と行きましょう?」
「実践?」
「決まってるじゃない。あのガイコツにリベンジよ!」
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