一日しっかり休養して、俺は皆に見つからないだろうまだ朝日が昇っていない頃に家を出る。
俺はおよそすべての人間の期待に応えられない人間だから、全員が納得する償いはできない。
そして俺がしなければならないことはしっかり言われた。和奈を救うことが目的の戦いになるのなら、他の奴らの恨みに苛まれて勝手に死ぬことは許されない。
家に魔法使いはいなかった。
なんだかんだ言って優しい奴だと、今さらになって思う。
対価なしにあいつは俺を助けてくれた。助言もしてくれた。
あいつが俺をこの世界に送った怪しい男の知り合いなのは違いないし、ゲームマスターに近いNPC的な存在なのは間違いない。誰かを贔屓《ひいき》するのはあまりよくないことなのは言うまでもないだろう。
その点についても幸運な俺は、これ以上を望むのはあまりよくない。
俺はドウコクさんが遺した大剣を背負い森へと向かうことに。
しかし、集落の外では、人間が俺を待ち受けるように立っていた。
「貴様、どこに行くつもりだ」
俺に恨みのある集落の奴かと思ったが、よく見ると見たことのない顔だ。
いや、正確には聖獣戦で1回見たことがある男が1人立っていた。確か、パンチ―にアルトと呼ばれていた気がする。となると、アルトと一緒に居る連中は、集落の雰囲気に合わないから別行動をとっているやつらということか。
「その大剣、ドウコクさんのやつだな」
「ああ。弟子の1人に持ってけって託された」
「唯一本気だった、あの男を殺したくせにずいぶん呑気だな」
話していて分かるが心底不機嫌そうだ。
「無駄なことはやめろ」
「無駄?」
「お前は足手まといだ。死ね」
確かにドウコクさんを殺したうえで聖獣との戦いで足を引っ張ったのは俺だ。故に、そんな俺を嫌悪するのは分かる。だが、いきなり死ねというのはいかがなものか。
そう言われて死ぬ奴はいないだろ。しかしながら、アルトは全く撤回する様子はない。
「お前のような足手まといが似合う人間は、何をしても誰かを傷つけたり、困らせたりすることしかしない。お前も同類だ。俺にはわかる」
傷つく言い方だ。そこまで言わなくてもいいじゃないか。でも、今は反論はしない。今俺がそのように思われているということを頭に、心に刻もうと思う。
「だから死ね。生きる価値のない人間が抹殺されるのは必要なことだ。そうすればより、残された人間が効率的に生きることができる」
「はぁ?」
言い方は完全に喧嘩を売るような感じになってしまったが、さすがに極論が過ぎるのではないかと思い、声が裏返ってしまった。
「馬鹿かお前。まだ理解できないのか? お前は鍛えても誰の役にも立てない。お前は何かをしても誰かの得にならない。それは聖獣の時の戦いを見れば明らかだ。この世界は、甘くないって言ってるんだよ」
「それはわかったよ。昨日」
「そうやって分かった後に行動をしようと思ったこと自体が間違いだ。言っただろう。お前みたいな人に迷惑をかけてなお、呑気に次は頑張ろうなんて考えている奴は、たいがいろくでもないやつだ。次こそは大丈夫だと周りを騙す言葉を言いながら、周りを破滅させていくんだ」
「俺がそうだとは限らない」
「一度誰かの足を引っ張って不幸にした奴は、もう誰の役にも立てないクズになる。一度人を犠牲にしたら脳が覚えるんだよ。『じゃあ、あと何人犠牲にしてもそんなに変わらない。俺が幸せになれれば、犠牲になった人も報われる』という美談を語るようになる。ふざけんなよ!」
完全に言いがかりだろそれ!
しかし、あの目は本気だ。過去に同じようなことがあったのだろう。もしかするとアルトの戦うワケに関係するのかもしれない。
「でも、俺は庇われた。むざむざ自殺するわけにはいかない。よって空いた穴は埋める。ドウコクさんの代わりにはなれないけど、別の方法で必ず」
「……決めた。お前は俺が殺そう」
「なんでそうなんだよ!」
突拍子に殺されそうになっているので思わず言葉にしてしまったが、仕方ない。だって今の流れでどうして俺が殺されなければならないのだ。
「もうその手の話は聞き飽きた」
アルトは腰に吊った細身の剣を抜く。
珍しい武器だ、きっとアルトが努力の末で手に入れた金属のちゃんとした剣。この世界では武器と言えるような道具を作るのが大変なことであるのは、あのドウコクさんですら、このような刃だけをくっつけて作った手製の武器を使っている時点で察することができる。
「そうやって現実逃避をする人間を俺は何度も何度も何度も何度も見てきた。責任を取れない奴はいても害悪だ」
剣を前に迫ってくるアルト。
さすがに人同士の殺し合いはまずいだろうと思うのだが。もうやるしかないか。
「ち……」
何故かアルトは舌打ちをして剣を収める。後ろを見るとこちらに走ってくる人影が1人。さすがに殺人を見られるのは良くなかったということか。
「隙を見て必ずお前は殺す。殺されたくたくなかったら、集落の中で何もせずにただ居心地の悪い空間に押しつぶされて自害しろ」
仲間を引き連れて集落とは逆の方向へと行く。
怖かった。はっきり言ってあれはあれで現実ではかかわりあいたくない。憎しみで人を迷いなく殺せるあたり、関わったらヤバイ。
しかし、誰か来たということは、集落からか。
俺が来た道を見ると、タケが走ってきているのが分かった。
友人を傷つけたわけで、俺はここから逃げることは許されないだろう。そう思い来るのを待つことに。
タケがここにきて最初に言った一言は俺への責任追及ではなかった。
「どこ行くの?」
「ちょっと鍛えてくる」
「無謀だよ。1人ではどうにもならない」
「でも諦めるわけにはいかないから」
タケは意外にも俺を責めるのではなく、
「僕も、ミハルも、カナも、1人で強くなったわけじゃない。みんなの真似をして、一緒に強くなったんだ。誰にも教えを貰わないで1人でどうにかしようなんて、それはあまりに非効率すぎる」
俺を助けてくれるようだ。
まあ、それでも俺はとても後ろめたい。
「意識不明だって聞いた。ごめん、俺のせいで」
「それはいい。君をかばった理由は誰かから聞いただろうけど、ミハルも同じだ」
俺が使える力が〈煌炎〉だから。この世界に来て特別になってしまったから。
「だからこそ。俺はできる限りやってみるよ。それに集落にいても殺されそうだし」
「……それは僕がなんとか」
「ここにいるのはドウコクさんを慕って集まった人たちだ。俺を許さない人ばかりに違いない。お前まで巻き込まれたら俺は今度こそかなりヘコむ。もうだいぶ気持ちはまいってるけど」
「でも……」
「大丈夫だ。当てはある。まあ、危険だけど、どのみち集落にいても殺されるしな。あいつらがいない分の仕事の肩代わりも、鍛えた後に死ぬ気でやる。でも今は、まずこの世界で生きられるくらいに強くならないと手伝いもできないから」
タケはそれでも俺を引き留めようと言葉を選んでいるようだったが、その前にこの会話に決着をつけることにした。
「じゃあな、俺は行くよ」
そう言って、相手の反応も見ずに俺は走り出した。
目指すは森。レリエットのいる、花の精霊の居場所だ。
以前木の実を採集に来たときは、森は思いっきり俺を襲いに来ていたのだが、今日は入ってしばらくしてもなにもない。
初日に案内されたときのように穏やかだ。
嫌な予感がする。
しかし、彼女がいるだろう、あの綺麗な花畑を目指して歩く。
そして。
――迷った。
まずい、非常にまずい。
2回も来ているし大丈夫だと思ったのだが、そんなに大丈夫ではなかったらしい。
道中で水分たっぷりの果実や木の実を採集しているのでしばらくは大丈夫だろうが、遭難してそのまま餓死ということもある。
「やばいやばい」
焦りを感じ、独り言を言いながら森をさまよっていた。
そして行き着いた先に。
「あれは……?」
見たことのない変な建物があった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!