炎とは恵みの破滅の象徴。時に生物を救う救済の恩恵となり、時に生物を燃やし死をもたらす。
この世界の創造と共に聖であった揺らめくそれは、原初の炎たる〈輝くもの〉と、その炎より派生した5つが存在し、それぞれが異なる力をもって、生きとし生けるものすべての生活の基盤に根付く。
幻獣とはこの世界の生命の象徴。人間が発生するはるか以前から、その先祖は世界の守り手となって、野や山、果ては氷の大地や煉獄の炎に覆われた地底にも存在し続けた。彼らは生存競争を経験した勝者の子孫であり、争いに勝利するために、他の生物を制する特徴的な能力を持っている。
ドウコクさんの手には、不思議な大剣が握られている。木が大剣の形に削られているだけのもはや剣とは呼べないだろう木の工芸品だ。しかし、刃にあたる部分に、紫色のとがった石のようなものが多くつけられていて、それが切れ味のない木の剣の代わりに、ものを切断する仕組みになっているようだ。
「おらおら! こっち来い!」
しかしドウコクさんはなんであんなことができるのか……。
巨大マンモス的な幻獣がこっちに猛スピードで突進してくる。まさかの狩りの最初はこっそりではなく、挑発から始まった。
今回狩りに出たのは、ドウコクさんと数人の有志の狩人たち。驚くべきことに、ドウコクさんは大人のイケおじなのだが、そのほかは俺と同い年くらいか、少し年上、年下くらい。前にドウコクさんは、この世界に来るのはカネに困っている奴らだと言っていたのだが、まさかお金に困っている奴らが、こんなにいるとは思わなかった。
この有志の数人は、自分達に必要な分よりも多く狩りをする必要がある。というのもあの集落に住む人は役割分担をしていて、それぞれがそれぞれ、余剰の成果を持ち帰って、他の役割の人が得た成果と自分の成果を等価交換して他の物を手に入れるらしい。
俺もあそこに住まいを得た以上、そう言うふうに動くことになるのだろう。
ドウコクさんは、狩りのメインを務めるため、俺にいろいろとアドバイスはできないらしい。その代わり、ドウコクさんに師事しているという、今俺の前でドヤ顔している青年が、いろいろと助けてくれるらしい。
ちなみに、名前を、まつひろというらしい。
「ドーコク。今日もステキな挑発だわ」
「す、すてき……?」
第一印象は俺よりもモテるだろうな、という感じの見た目は好印象なヤツ。
「ああ、ボーっとしちゃだめ。ゆーすけちゃん、いこ!」
「ちゅあん?」
「あのダックル、突進だけが武器な初心者向けのヤツだけど、当たったら当たったで死ぬわ」
しかし、ちょっとしゃべり方にひとクセありそうだ。声は普通の男の声で、特別繕っている感じはしない。
「ついてきて! ココだと巻き込まれるわ」
こんな世界で、このような興味深い人間と会えるとはいい出会いだぁ、なんて感想を述べている場合ではない。今、巨大マンモス――名前をダックルという――がこちらに向けて、高速道路を通る車と同じくらいの速度で襲い掛かってきている。
5秒前まえ俺が立っていたところを、ダックルが通り抜けていく。もちろん速度は保ったままで。早速死にかけていたということだ。
「うおおおお!」
ドウコクさんが雄叫びを上げながら、ダックルへと襲い掛かる。他の人は、飛び道具を手に持って、得物を見失い急停止した巨大マンモスに攻撃を始める。
よく見ると、全員が、俺がさっき教えてもらった魔法イグニットを綺麗に使いこなしている。そして、自分の持っている道具に、その炎を宿し、獣に向かって攻撃を始めた。
ドウコクさんは紫の炎を大剣に宿して、急停止の反動で動けなくなっているダックルに斬りかかる。
次にあがった雄叫びは、幻獣のもの。深々と刃が刺さり、痛みを感じているのだろう。ダックルはその場で身をブルンブルン暴れさせてドウコクさんをひねりつぶそうとするが、早々にその場を離れたドウコクさんが一枚上手だ。
他の仲間もある程度の距離を保ちながら、自分の持っている道具に、それぞれの炎を宿す。炎は俺がさっき出したものと違って、黄色だったり、緑だったり、青だったり、いろいろな色が見られる。
そして石を投げたり、自作のスリングショットを使って炎を纏った物体を飛ばしたりして、獣に攻撃を加えている。
効いているのは、その幻獣から聞こえる苦しそうなうめき声で判断できそうだ。
ふと、疑問が1つ浮かんだ。
「炎、必要か?」
それに対し、今の俺のアドバイザーのまつひろさんは、
「いるわ」
と即答した。
本当かなー?
再び突進してきたダックルの突進から身を逃がし、俺は炎を使わずに石を思いっきり投げてみた。何故か、他の狩人たちが、やれやれという顔をしているが、俺としては試さずにはいられない。
ガキン。
まるで金属に当たって弾かれてしまったかのような音。
実際、見ると他の人が投げた投石のあとの焼け痕に比べ、俺が当てたところには異変が何もない。
「ええ……」
しかし、挑発してしまったのは、確かなようで、今度あのダックルは俺の方を向いている。
睨まれている。
単純に怖い。
「ちょっと、なにボケっとしてるの、走りなさい!」
「は、はあい!」
足を必死に動かして慌てて、高速の突進が走るだろう軌道から逃れる。自分が2秒前にいた場所をダックルは駆け抜けていき、命の危機を感じた。
怖かったぁー。
「ちょっと、炎がいるって言ったばかりじゃない。どうして信じないの?」
「いやあ……その、ちょっと試してみよって」
「あのね。この世界の幻獣を舐めちゃいけないの。あれでも皮膚は柔らかい方なのよ。私たちがこれから戦わなければいけない聖獣ちゃんなんか、もっとヤバイんだから。ここは年長者の言うこと聞きなさい」
「はい、次からは必ず……」
しかし、俺はまだ、手に平に炎を出すことしかできてないのだが、他の人がやっているように、モノに炎を移すのはどうやって
やるのだろうか。
そんなことを考えている間にも、狩りは順調だ。
ドウコクさんは、相手の突進を紙一重で躱しながら、後ろから、横から、渾身の一撃を加えている。
そして他の狩り仲間もまた、狙いを定めて、ダックルに自分の炎で燃えている物体をぶつけていく。
俺は当然一般高校生なので、本当の戦場とか、そういうのは経験したことはない。それでもダックルが徐々に弱っているのがよくわかる。
このままでは俺は、何も得られないまま終わりになってしまう。せっかく誘ってもらったのに、貢献もできないどころか、何も得るものがないまま帰るのはいかがなものか。
「ほら、ゆーすけちゃん、しっかりして。今度はあてるわよ」
まつひろさんから石を1つ分けてもらって、先に石に緑の炎を灯していたその動きをよく見る。
特に口は動いていなかったので、何かを念じているのだろうか。まつひろさんの意志に答え、手の緑の炎はしっかりと石に移動していた。
そう言えば。あの魔法使いも言っていた。そうなれと願えって。
なら、俺だって!
念じる。
炎よ、石に宿れ!
目を閉じずに、それでも本気で願った。雑念ありでの失敗は、ここに来る前に体験している。
イグニットで点火した炎が石へと宿り、俺が出した炎と同じ炎で綺麗に燃えている。
「やったぜ」
「すごいわね、あなた、それは珍しい色の炎よ!」
「これを投げる?」
「ええ、炎はエネルギーの塊そのもの、さっきとは比較にならないほどの力が出るわ!」
俺は、ちょうど突進の反動で止まっていたダックルにその意思を投げる。石は先ほどの十倍ほどの速さで飛んでいき、そしてダックルに当たるとともに、火の粉をあげて爆散。
なんとそれがとどめの一撃になったのか、ダックルは叫び、そしてその場に突っ伏した。
「あらら、すごい力ね」
周りから、そしてドウコクさんから賞賛の声が聞こえてきた。
どうやら俺はやったらしい。
恐らくまだあの獣は死んでいないのだろうが、あとは向こうが動かないうちにとどめを刺せばいいだろう。これで狩りは終了というものだ。
「これが、炎の力か」
「いやあ、よくやったぜ」
ドウコクさんがこっちに来て、俺の背中を嬉しそうに叩いた。
痛い痛い。
和奈の家にいた怪しい男ほどではないが、痛いものは痛いのだ。
「狩りって難しいっすね。モンスターも怖いし、炎だしたらなんだかすごく疲れてきたし」
「まあ、最初は誰だって厳しいって感じるさ、なれればいいんだよ。そのうちお前さんにもしっかり働いてもらうからな。ははははは」
これを毎日やっているとは、ドウコクさんや他の人のタフさに俺は感心するしかない。
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