目を覚ます。
最初に覚えた違和感。
寒い。必要な衣服が足りていないという感じの寒さだ。
体を確認して俺は言葉を失うことになった。
「なんだ、コレ……」
上半身が裸だ。まずそこに驚く。
すぐさま周りに誰もいないことを確認した。さすがに上半身裸なのは、プールや海に遊びに行っていない限り恥ずかしい。
そこで俺の頭を困惑させる更なる異変に気が付く。
どうやらここは自分の知っている場所ではないらしい。
地面が何でできているか分からなかった。少し強めに叩いても変形しなかったところから、この地面が、堅い材質でできているのはよく分かる。
その地面と同じ物質でできた建物であることを確認できる。上空にはなぜか澄み切った青空が見えるが、上から出ることは不可能だろう。2階があるわけではなく、巨大な箱の底に捨てられている感覚で、這い上がるのは無理だと分かる高さだ。
下に魔法陣のようなものが書かれていところを見て、俺はさらに驚きを隠せない。
教会? 神殿?
周りの内装と、破壊されてはいるが荘厳なステンドグラスの名残、そして自分の周りに広がるこの空間が、ここがただの建物ではないことを明らかにしていた。
思考がより鮮明になり、頭の回転が通常運転になり始めたころ、今自分が置かれている状況もしっかりと考えられるようになった。
立ち上がりと共に、己の体の異変に気が付いたのはちょうどその時だ。
右腕全体に不思議な文様が刻まれている。手の甲に、橙色の正六角形がサイリウムが放つ淡い光のような輝きを帯びて、3つ浮かんでいる。そしてそこを起点として、同じ色の太い線が腕を通り体にまで続いていた。今は上半身が裸なので、その様子がはっきりとよくわかる。
こんなものを元々体に刻んでいた覚えはない。ここに寝かされる前に体に何かをされてこうなったのは明らかだ。
なんじゃこりゃ。
正直気味が悪かったので取り外しを試みるが、線は完全に肌になじんでいて、引っ張っても取ることはできない。
周りをよく見ると、同じような模様が自分の下にも描かれていた。よく見ると、魔法陣に見えなくもない。もっともテレビアニメで見たことがあるそれに似ているからという理由なので、これが魔法陣かどうかも分からないが。
そして出口はたった1つ。やや大きめの扉の隣には、変な台座が置かれている。
幸い体は自由に動くので、何かなんだか分からないその出口に向け足を踏み出す。
扉は押しても全くびくともせず、引こうとしても取っ手がないので引っ張れない。どうやら横にスライドするタイプの扉でもないらしい。
どうすんだよこれ。
そう思った矢先、近くに、なにか意味ありげな台座が用意されているのが分かる。パッと見て自分の知っている金属ではないが、機械っぽい見た目をしているくせに、座の上にはまたも魔法陣のようなものが描かれている。
恐る恐る触ってみると、触っただけなのに反応を見せた。
俺の手にあった謎の六角形が反応し、今まで比べて激しく発光する。その後、台座の魔法陣が俺の腕と同じ色に染まったのだ。
さらに驚くべきことが起こった。
先ほどまでびくともしなかった扉が開き、俺の行く道を指し示す。
進め、と言われているらしい。
魔法陣というファンタジーがあるわりには、この台座と言い、今の扉の開きかたといい、俺達の世界にも通じる科学技術が使われているような感じもする。
少なくとも、自分がどうやら厄介な状況に身を置いてしまっていることは間違いないだろう。
もはやこの場に居てもこれ以上の収穫はない。
そう思い、俺は誘導された通り、その扉の先へと行く。
扉の先は、やはりと言うべきか、俺の知る建物とは程遠い内装をした広大な空間が奥へと続いていた。
間違いなく言えることは、この場所は俺が今まで訪れたことのある場所ではないこと。
宮殿と言うべきか、大聖堂と言うべきか。先ほど目を覚ました空間は、この建物の中枢のようで、今俺が歩いているのは、その広間に続く参道のようなものなのだろう。
しかし現在は使われなくなって久しいこともうかがえる。手入れをされている様子がなくところどころ損傷を受けている中は、それでも一般人の俺からすれば歴史と威厳を感じる景色だった。やはりここは何かの神殿なのだろうと確信する。
その道をゆっくりと前へと歩き、辿りついた出口。先ほどと違い特に施錠されていなかった、古いドアを開けると、俺はさらに驚きを隠せなかった。
自分がいるのが高台だったからだろう。そこからいろいろなものが見えた。
左を見ると林が広がっていて、その中に小さな花畑があった。
正面を見ると、ところどころに草は生えているものの、広いサバンナ地帯が見えた。
右を見ると、そこには大門が存在し、そこから先がここよりもより高地の土地へと続いていることが見て取れる。
そして何より驚いたのは、この土地が余りに広いものの、地平線は見えず、この土地の周りが深い霧でおおわれていることだ。
こんな光景はまず、自分の生きていた土地では見られない。
(そう言えば……あいつ、言っていたな)
攻略不可能な冒険で稼げる。そう言って見せてきたゲームのパンフレットを思い出す。
(君の願いが現実となる! 未知の世界を旅したい冒険者に捧げるアドヴェンチャー! とか。あのゲーム、まさかヴァーチャルリアリティのゲームだったのか!)
まさか、と思う自分と、本当に、と興奮する自分がいる。
俺はどうやら、知らない世界に来てしまったらしい。
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