家の中の椅子に座った俺に、近くに自分の座った大男は熱い視線を向ける。
「君は、どうしてこの世界に来たんだ?」
「どうしてって……?」
唐突にそんなことを言われ、俺は答えに困った。
なんで、と言われても、きっかけはあったが、この世界に来た理由として、あの恐ろしい男に誘拐されてから気づいたらここにいたという感じしかしていない。
男を困っている俺を見て、少し話つつけ足してくれた。
「いやね。この世界に来る、外から来た奴は、まあ、多かれ少なかれ何か事情を持っているのさ」
「そうなの、……ですか?」
「敬語はいらんいらん。君もこの世界に飛ばされた同士の1人だ。ここじゃあ、上司も先輩も後輩もないさ。一緒にチュートリアルをクリアする仲間なんだから」
「なら、お言葉に甘えて。俺の事情か。うーん」
どこから話せばいいのか。さすがに幼馴染の女の子を助けるためにここに連れてこられたというのは、ちょっと出来すぎた話で信じてもらえないかもしれない。
一方、嘘をつくのも大きく気が引ける。
俺はこれでも、幽霊や天罰とか、いろいろと信じるタイプの人間だ。だからできる限りずっと誠実に生きてきたつもりなのだ。嘘はできるだけつかないし、蚊もうちわを使って外に逃がして、殺しはしなかった。人を殴ったことはないし、馬鹿にしたこともあまりない。きっと誠実に生きていれば、いつかはいいことがあるって信じて。
そんな理由があり、この世界でも嘘をつきたくない俺は、いい言い訳を考える。
そう言えば、あの男は、100万円とか言っていた。こっちの世界でチュートリアルをクリアすれば100万円をくれると。そして金さえ用意できれば和奈は何とかなると言っていた。
そう。カネだ。あの男も言っていた。カネが欲しいかと。
「カネ稼ぎだ。ちょっと、まとまった金額が必要なんだ」
嘘じゃないのでセーフだと信じたい。
大男は俺の話を聞くと、ああ、やっぱりか、と納得していた。
「大変だな。君みたいな若い子が、お金に困っているのか。この世界に送還させられるくらいに」
「なんだよ、笑わないのか。若いくせに借金まみれかよとか」
「ははは、まさか。ぶっちゃけ予想通りだったよ。この大地に住んでる外から来た連中全員、金が欲しいからこの世界に来たようなもんだ。俺も借金を返すために金が欲しくてこの世界に飛ばされた。多分君、へんな連中に連れていかれて、いつの間にかこの世界にいた、みたいな状況だったんだろう?」
「な……なんでそれを」
「ははは、やっぱりな。俺もそうだったんだ」
衝撃の事実。この謎の世界に誘拐されてきたのは俺だけではないらしい。この男の話を聞くに、その数は俺が思っているよりも大人数居そうだ。先ほどすれ違った数人ももしかするとその中の一員だったりするのかもしれない。
とりあえず安心した。
もしかすると俺は右も左も分からないまま彷徨うしかないかもしれないと、少し怖かった。同じ境遇の人間がいるということは、俺が今後どのようにこの世界で行動していけばいいかがよくわかるので、俺の今後に少し光が差した。
俺の目の前の男が、魔法使いに目を向ける。
「こいつにチュートリアルの内容は?」
「今から話すよ」
「なんだ、まだ話してなかったのか」
ははは、と笑う魔法使いに、ため息をつく大男。
まだ何か知っているとは思っていたが、まさかこの魔法使い。こっちの世界のヤツっぽいくせに、チュートリアル、つまり俺がこれから成すべきことを知っているというのか。
魔法使いは、俺の怪しむ目線に気が付いたのか、目を閉じて口を動かし始めた。
「まずは僕の説明を。もっとも、僕はしがないただの魔法使いさ。この台地に住んで、この大地を外敵から守っている守り手さ。そう言えば、ついでに言うと、君が思うように、僕は君をこの世界に送った者と知り合いさ。つまり君たちがこの世界に来てからの案内役だと思ってくれればいい」
この魔法使い、俺が思っていた以上に重要人物だったようだ。あのとき花の精霊らしいあの子に連れていかれた俺があの男に見つけられたのは意外と幸運だったのかもしれない。
しかし、チュートリアルの内容というのは、いったい何なのか。
目の前にいる男、ここで長をやっているというからにはしばらくの間ここでリーダー的なことをやっているのだろう。
ふと、疑問が浮かぶ。先ほどから頭の中がクエスチョンマークだらけなのだが、こればかりは来たばかりで分からないことだらけなので仕方ないだろう。
話を戻すと、仮にこの男が一定の期間、長と呼ばれる程度には一緒にここで暮らしているのなら、ちょっとチュートリアルが長すぎるのではないだろうか?
そんなことを思った矢先、魔法使いの口から、お金が懸けられているチュートリアルの発表がされた。
「この世界の迷い子たちに与えられた使命はただ1つ。メインクエストナンバーワン、聖徒から送られてきた聖獣を倒すこと」
「獣、そいつがボスってことか?」
「そう。7日に1回、月が橙色の輝きになった瞬間に、その獣は現れる。そしてこの地に住んでいるあらゆる生物を殺しつくすんだ」
「野蛮だな……」
「だろう? そいつの討伐こそプレイヤーとなった君たちの役目だよ。そしてそれだけの実力があると認められた者に、この先の旅と賞金の贈与が許されるのさ」
今の口ぶりからすると、どうやらまずは聖獣を倒さないことには一銭も手に入らないと考えるべきだろう。
しかし、俺からすると、ここに来るまでに見かけた数体の幻獣は、恐竜みたいに見える奴もいた気がする。そんなのを相手にしろと言われたら足がすくんでしまいそうだ。
「お、少し体がビクってしたな」
俺を見る男――ドウコクという名前だったか――は、俺の当然だろう生物的恐怖の反応を笑った。
いや、恐竜と戦えと言われたら普通、そんな反応になると思うのだが。
「見たとこ、ここに来るまでに獣を見たのかもしれないが、それはこの世界の野生動物みたいなもんさ。まあ、普通の動物より狩るのは骨が折れるがな」
「狩る?」
「基本的に、食糧は木の実と果実と狩りの肉だ。ちなみに自給自足か等価交換で賄う」
「ええ……」
俺も早めに幻獣に慣れなければ未来はないらしい。さすがに餓死は本当に良くない。いくらゲームの中でも情けない死に方だろう。
「でも、倒すってことは戦うのか……」
「魔法がある世界で戦いがないというの世界の方が珍しいんじゃないかい? だってあれはいわばエネルギーの発現と使用だからね、破壊を目的として使うのは知性体であれば思いつく悪用だ。だから君も、悪用できるようにしないとね。己の中の炎を使うことはこの世界では必須の技能だ」
「そうなのか……」
魔法使いは笑顔で俺に教えてくれるのだが、果たして俺にはできるのだろうか。
しかし、やらなければならないだろう。チュートリアルをクリアしなければ和奈は帰ってこない。危なそうな男の話に乗ってここまで
来たのだから、今らさビビってなんかいられない。
「まあ、そう言うのはゆくゆく慣れていけばいいさ。まあ、しばらくは俺が面倒見てやるから安心しろ。同士に一人前になってもらうことがゆくゆくは、このゲームの攻略につながるからな」
それにしても、ドウコクさんがとても優しそうな人で、本当に良かった。
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