店の中は完全に壊されていて、俺の唯一の生きる楽しみがもはやこの世界にはないことを示していた。
「坊主ゥ、ココに思い入れがあるようだなァ?」
「なんで……」
「ここのところの親父はクズでねェ、ギャンブル中毒になり果てて借金まみれ、その返済のために女どもを差し出したのさ」
「もう赤の他人だって」
「不幸なことに、そうもいかないんだよなァ。大人の世界は厳しいってことだァ」
昨日まで俺が座っていたはずの席もない。今のこの店には何も残っていない。
昨日まで当たり前のようにあった幸せが遺されていないのだ。
俺は、どうしても許せなかった。
前々からなかなか不幸な人生を送ってきたと思うが、なんで家族だけでなく、和奈にまでその不幸が伝播するのか。
なんでこんな身近な幸せまで奪われなければいけないのか。
この不幸に関係がありそうな怪しい男に、訊かずにはいられないことはたくさんある。
「和奈はこれからどうなるんだよ」
男は少し首をふり、残酷な行く末を突きつけてきた。
「そりゃお前、売るんだろうよ」
「売る……?」
最初に、何を、と思ったが、少し考えたらそんなの1つしかない。
「まさか、和奈を……」
しかし、人身売買なんて許されるはずもない。犯罪以外の何物でもない。
本気でそう思っているところに、その男は満面の笑みを浮かべて一言。
「いいかぁ坊主ゥ、犯罪って言葉は実際に起こっているから存在する言葉だ。この世には、お前さんが知らないヤバい連中が平気でヤバイことしてんだよォ。金が大好きで、稼ぐためならどんな外道も、今の俺のような笑みを浮かべて喜んで遂行するゥ」
「なんで、こんなことに……」
「わかったら諦めな。俺らに関わったら死ぬぜ? お前さんも、命を賭けるなんて馬鹿なヒーロー気取りのガキじゃないだろ?」
でかい手の平が肩の上に載せられる。そして俺の顔を覗き込んできた。
――そりゃ、生まれてからずっと俺は平凡だった。ちょっと最近は不幸なことも続いている。
ヒーロー気取りなんてらしくない。俺は平凡な男だ。
「あんたは、和奈をさらった連中に心当たりがあるのか?」
「おいおいィ」
それでも、本心では。少し思っている。このまま逃げてはいけない。ここで逃げたら、もう何もかも失うことになる。それはあまりに怖いことだ。
俺は諦めたくはない。この和菓子屋という唯一の生きる希望を失くした俺は、どうせどん底だ。
このまま死ぬくらいなら、和奈を何とかして追いたい。
衝動的に、俺は彼女を助けたい、そう本気で思ったのだ。
「キミィ、さっき言ったばかりだろう? 関わったらヤバいって」
「それでも、俺は諦められないんだよ。和奈を追うためならなんだってやるさ」
「なんでも……? 今なんでもと言ったなァ!」
謎の男は、ハハハハハと大笑いをし始める。そして俺の背中をバシン、と思いっきり叩く。
はっきりいって無茶苦茶痛かった。そりゃそうだろう、だって、あんなマッチョの張り手が穏やかなはずがない。
「……つぅ!」
「ハハハハハハハハ! すまんすまん。いやあ、お前さんのイカれ具合に愉快になっちまったァ」
「いいだろ、別に」
「お姫様を助けたいのかァ?」
「そうだよ。何か知ってるなら教えてくれ」
「いいねぇ、蛮勇は嫌いじゃあナイ」
男は携帯を出すと、どこかへと連絡し始める。
どうやらこの男、本当にどうにかアクションは起こせる程度の存在らしい。
「アア、俺だァ。今朝連れてった売り物いるだろう。あれはどこの管轄だァ? え? ああ、なるほどねぇ。まあ、少し待ってくれやァ、面白いおもちゃが手に入りそうなんだァ、お前さん、金さえ払えば文句ないだろう? ここは楽しませてもらおうじゃないか。ああ。じゃあ、切るぞ」
あっというまに電話を切ると、再び果てしなく愉快な笑みを見せたその男は言った。
「喜べ君ィ、金さえ工面すれば望みはあるぞ?」
「本当か?」
「ああ! だがさすがにすぐには用意できないだろ? だが、ローンの支払いの信用のために手付金の100万を1か月以内に用意すればいいってことよォ」
「ヒャク?」
つい目を大きく開いてしまったが、仕方がないだろう!
そんな金、用意できるはずもない。何より日々の食費をバイトで稼ぐのも精いっぱいなのに、1か月死ぬ気で働いてもそんな額は貯まるはずない。
「ハハハハハ! いいリアクションだァ、なあに安心しろ」
ニヤリと笑った巨漢が、持ってきていたバッグから1つのパンフレットを取り出す。
それは幸いにも怪しい仕事のパンフレットではなく、ゲームの紹介のようなものがされていた。
君の願いが現実となる! 未知の世界を旅したいすべての冒険者に捧げるアドヴェンチャー!
そんな一文が大きく書かれていた。
「わが社の管理するとっても楽しい世界の話さ。特にこいつは、現実の金を稼げる革新的なヤツでねェ?」
「ゲームで……金稼ぎ……?」
「たかがゲームだなんて思わない方がいい。向こうの世界の難題には懸賞金が賭けられている。まずはチュートリアルをクリアするだけで100万、魅力的じゃないか?」
唐突ながら魅力的な話に、思わず唾を飲み込む。
「だがもちろん、そう簡単じゃあねえだろ、痛みはもちろん死んだら戻ってこれねェかもな?」
嬉々として言われる内容は、かなり危なっかしいことだらけ。
突如身震いをした。
ここまでの話の流れでは、俺がこのゲームをやれと言う話になってきているのは見え透いている。
痛いのも、死ぬのも勘弁だ。生物的な怖さはあるだろう。
それでも。
「それでも。カネがほしいか? いい仕事があるぜぇ? 攻略不可能な冒険で稼げるんだ!」
「やる。和奈だけは奪わせない……!」
「言い答えダァ!」
巨漢が俺の答えに満足すると、拍手を2回。
次の瞬間、空き家となったこの建物の中に多くの黒服がなだれ込んでくる。
「わあ! なんだよ!」
「悪いなぁ、俺らの居場所を知られるわけにはいかんのでねェ。次に目を覚ました時には、楽しい冒険の始まりってことだァ!」
俺は突如持ち上げられて、何かを打ち込まれる。
突如すさまじい眠気に襲われた。
気が付いたらどこかに寝かされ、変な装置を取り付けられているのが分かった。
しかし、頭ははっきりしている者の、体がまだ動かない。
何かの機械音が立て続けになっているのだけが分かる。
そして、次の瞬間。俺は再び凄まじい眠気が俺に襲い掛かり、俺は抗うことができなかった。
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