ワケあり少年少女。ゲーム世界でカネ稼ぎ!

「カネが欲しいか? いい仕事があるぜ? 攻略不可能な冒険で稼げるんだァ!」
戸﨑享
戸﨑享

12 『攻略不可能』の意味を俺は知った

公開日時: 2020年11月2日(月) 19:02
文字数:4,463

攻略不可能なゲームなどない。なぜならゲームとは攻略できるよう作られている。

 煌炎は調和と浄化の象徴。他の種類の炎の恩恵を調和させ厄災が訪れるのを防き、その炎に焼かれた者は邪たる能力、思想など、可視、不可視に関係なく燃やし消される。他5つの炎よりも特に強い力を秘めるその炎は、かつて神代に生きた人間やその子孫、それに近い精神を持つ者が橙色の刻印を宿し、神の名残である純然たる力を発現させることができる。




 目の前であっけなく、昨日笑っていた人間が死んだ。


 奴は嬉しそうに笑う。


「アジクコンン、スコロ、カカラシジミ、マラワレレノホ、タタイイシシノノ!」


 そいつはその笑顔のままに、再び動き出す。


「止まるな! 死ぬぞ!」


 ドウコクさんの指示が再び戦場にこだました。


 聖獣の口元が俺が使うのと同じ、赤と橙色の混合色、普通の火と同じ色で燃え始める。


 俺はドウコクさんの言う通り、すぐに逃げようとする。


「聖獣から目を離してはダメ!」


「は、はいぃ!」


 まつひろさんのありがたい指摘を受けて、聖獣の方を見た。


 魔法……?


 そう考えた時にはもう遅かった。奴の口から俺の身長、176センチを半径とする球型の火炎弾が俺達を狙い始めた。


 火炎弾は着弾後、テレビの中でしか見たことないような大爆発を起こして、爆発に巻き込まれた奴が死んでいく。

あっけない。


 人間の命というのはこんなにもあっけなく消えていくのかと、画面越しではなく実際に戦場に立ってみてわかる。


 しかし、憐れんでいる状況ではない。すぐに思考を切り替えなければならなかった。


 ヤバイ……!


 再び放たれた火炎弾数発のうち一発がこちらに飛んできた。


 俺は必死に走ったが魔法の方が速い。


 さっき教えてもらった〈フレイ・シルド〉で耐えられるだろうか?


 ちょっとあの爆発を見ていたらそうは思えないが……しかし、やらなければ死ぬだけだ。


「うおおおお!」

 

 気合を入れて、緊張を振り払い、俺は魔法を使った。


 直撃しそうなところに炎を燃え上がらせて集中させる。


 ――やはり躱せない。直撃だった。


「ぐあああああ?」


 ふわっと、体が浮いたのが分かる。


 熱い熱い痛い熱い熱い痛い!


 涙が溢れた。


 跳躍の時間が終わり、情けなく地面にたたきつけられた。


 死ぬ?


 そう考えたとき、体が震えた。ライフクリスタルの存在で俺は今見えてしまっているのだ。命が。自分が後どれくらいの命の猶予があるのか。


 心臓が止まる瞬間、命が尽きる瞬間が見えていることに、生理的な恐怖を感じた。


 聖獣は既に次へと動き出していた、


「カダリ、タダァイジエケノン!」


 爆発で吹っ飛ばされて、少し離れたせいで俺からその光景はよく見える。


 その動きは車よりも速く、接近は一瞬で。


 盾を持った防御兵、〈フレイ・シルド〉を使って青色の炎で防御力を高めてなお、大剣はその盾を粉砕し1人を亡き者にした。

聖獣は近くの人間に向けて大剣を振り回す。


 蹂躙。虐殺。


 それで10人以上が犠牲になった。


 全力で防御しても、1秒もかからずに人間を1人殺せる知性体が、俺を殺しに来ている。


 そんな化け物が相手なのだ。


 あんなの倒せるはずない。


「そんな。でも、それじゃ和奈が助けられ、ない」


 ドウコクさんが聖獣のもとに接近していた。


 無謀だ。死んでしまう!

「ドウコク! タダマカイイキテノ、ソソロロ、マシエネオ!」


 聖獣が剣を振り下ろす。


「なめんなぁ! うらああああ!」


 ドウコクさんの持っている剣に激しい紫炎が灯った。


 戦場に剣戟音が響いた。耳を貫くような互いの殺意の現れ。


 そして激突の結果は、


「ウヌゥ?」


 聖獣の大剣が弾かれ、聖獣が大きくバランスを崩す。


「今だ!」


 誰かの掛け声とともに、ミハルが、シルグイが、そしてまつひろさんが、その他大勢の人間が自分の攻撃を放つ。


 ミハルは赤い炎が灯った投げナイフを。シルグイは黄色の鉄球みたいなのを、まつひろさんは魔法で、緑の炎の矢を作り出して聖獣をしとめるために攻撃した。


 その攻撃は一斉に聖獣に着弾。炎にエネルギーが爆散する。


 死んだ?


 そんな淡い希望はすぐに打ち砕かれた。爆発の煙の中から、熱線が飛んできた。幸い俺の方ではなかったが、反応が遅れた2人に直撃。


 熱線を受け、体が溶けていた。


 怖かった。あんな光景見たことがない。


 聖獣はそれでも満足しない。煙が完全に晴れる間もなく火炎弾を放つ。その火炎弾の狙いは研ぎ澄まされていて、防御が間に合わない8人を爆殺。


 もう戦える人間の数が半数まで落ちている。


 しかし、火炎弾の発射を見切り、パンチーとドウコクさんが接近。それぞれが赤炎と紫炎を宿した大剣を持って、聖獣の後ろに渾身の一撃を叩き込んだ。


「ガァアアアアア、ダママラジャエオ!」


 聖獣が再び大剣を振り回した。しっかりと接近したパンチ―やドウコクさんを狙っての薙ぎ払いだ。ドウコクさんとパンチ―がそれぞれ吹っ飛ばされた。


 絶対痛いだろう。死んだかもしれない。


 でも、ドウコクさんは叫ぶ。


「1個減った! ヤツのクリスタルは後29だ! 気張れ!」


 これだけの猛攻を受けてなおまだ1個。


 先ほどの疑念がわいてくる。倒せるのか、この獣を。という疑問だ。


「ゆーすけ! 来てる!」


 声が聞こえる。


 たった一瞬、その疑念に囚われてしまった瞬間に、奴と俺との距離は10メートルをきっていた。


 奴は大剣を地面と平行に近いカタチで構えて剣を突き出してくる。


 横に跳ぼうとした。


 ――が、なぜか体が動かなかった。


 体が先ほどの慣れない激痛に耐えられず悲鳴を上げたのだ。


 だめだダメだ! 動けよ! 死ぬんだよ!


 必死に足に命令したが、足がどうしても動こうとしない。


 しかし脳が働いていたのが助かった。動けないならせめて防御だ。


〈フレイ・シルド〉で手を前に出して大剣の刺突を受け止める準備をする。


「カオロ!」


 愚かとでもいったのか。


 目を閉じ――直撃。


 痛い痛い痛い痛い痛い!


 絶対骨が砕けた。肉が裂けた。涙が出る。


 思いっきり吹っ飛ばされて、また空中をすごい勢いで浮遊する。視界が回転していて、天と地が何度も入れかわった。


「……ぁ……ぁあ!」


 俺も他の死んだヤツと同じだ。蹂躙されるだけの雑魚だ。


 手が動かない。足も動かない。くらくらする。それでも視界は保たれていて、意識ははっきりとしていた。


 手の甲のクリスタルは残り0.5個といったところか。


 生きてる?


 微かな視界で聖獣が目を見開いていたのが分かる。


「ヤニケ、ガジョウン? ン? ホノオ、カミト、ナジオ……?」


「……ぁ?」


「ガァアアアアア、スコロ! スコロ!」


 目に見えて聖獣が不機嫌になった、俺を吹っ飛ばしておいてなぜ。


 まさか、俺がまだ生きているからか?


「〈コウエン〉、アリエン! ナダン、マエェオ!」


 俺にとどめを刺そうとしてきた。大剣を大きく振りかぶって、俺をひねりつぶそうと。


 体が……動かない。ダメだ。


「遊介!」


 パンチ―がこっちに走ってきている。


 そしてドウコクさんとは違う蒼炎を使う剣の使い手が俺を大剣から庇ってくれた。自分の剣と大剣をぶつけ、剣をはじいてくれた。

そしてパンチ―が俺の肩を持ってくれた。


「気張れよ、死ぬな!」


「ごめん……」


「そんなの後だっての! 足動かせ!」


 活を入れられ俺は何とか足を必死に動かす。


 痛い、痛い。


 自分で分かるのは、どうやら足のどこかがやられているようで、十分に歩けないようだ。


「アルト! あと5秒気張れ!」


 アルト? 聞いたことのない名前だが、さっき俺を助けてくれた蒼い炎の剣士か?


「てめ! 攻撃しろよ! なんでその足手まといを助けた!」


 全くその通りだ。


 聖獣の猛攻を躱し、弾き続けて3秒。アルトとかいう奴も吹っ飛ばされる。


 そして聖獣は俺を見て、


「ネシ、ネシ、ネシ!」


 熱戦を放ってきたのだ。


「くそ……!」


 パンチ―は俺を投げ飛ばす。そのおかげで俺は何とかその熱線に当たらないで済んだ。


 しかし。パンチ―はそうはいかない。俺のせいで回避が間に合わなかった。パンチ―は左腕を熱戦で焼き切られてしまったのだ。


「が……! ぐぅ……」


 パンチ―は魔法を使って高速移動をして追撃を防いだが、その後、倒れこんでしまう。


 パンチ―がヤバイ。


 でも、聖獣はあくまで俺を狙ってくる。


「スコロ!」


 再び口に炎を集めている。火炎弾を俺に放つつもりだろうか。


 逃げられるのか。いや、逃げなければならない。身を挺して助けてもらったのだ。ここで死んだらパンチーに助けてもらった意味がない。


「ウガアアア!」


 火炎弾は3発。


 死ぬ。こんどこそ。


 だめだだめだだめだだめだ。


 その時、俺を庇うように新しく割りこんだ。


「ミハル?」


 答えはない。ミハルが自分の魔法を使って俺をかばってくれたのだ。そして俺の元にはタケが来た。


「なんで……?」


「ミハルが助けるって。お人よしだよ!」


 怒った様子だったが、俺をなにかの魔法で遠くに飛ばしてくれた。


「うああっぁあああああ!」


 悲鳴が上がる。ミハルの声だった。


 なんで俺なんかを。


 いや、それはあとだ。とにかく、逃げなければ。俺は今足手まといなのだから。


「ガサニヌ!」


 聖獣はなんでかまた俺のほうへ。そんなに俺が嫌いなのか。


 緑の炎の壁ができた。聖獣の進行を緑の炎が止めてくれている。


 しかし聖獣は何かを呟く。


「sブdガskスdrkrッス」


 何かの詠唱なのか。天に向けて火炎弾を放つ。その火炎弾は空中で分裂し、小さな火炎弾を辺り一帯に降らし始めた。


「ガサニヌ、デレコ、シネ!」


 引き続き火炎弾を空へと放ち、それが分散。火炎弾の大雨が、辺り一帯に降り注ぐ。しかもその火炎弾は適当に落ちているのではなく、しっかりと人間がいた場所を狙ってきている。


「うわ、うわあああ!」


 戦場が大混乱に陥った。


 この一撃で何人もの断末魔が響き渡る。


「ゆーすけちゃん! 撤退よ! 今日のアイツ何かおかしいわ!」


 ドウコクさんも、何かを言っている。


「逃げるぞ! このままじゃ全滅する!」


 戦場は混沌とし、もはや戦いどころではなくなった戦士たちが、撤退を始めることになった。惨敗だ。こんなもの。


 俺も死ぬわけにはいかない。


 続こうとした時。


 絶望が前に。

「あ……」

 聖獣が俺の前に回り込んできたのだ。


「スコロ! 『コウエン』、シネ!」


 大剣を大きく振りかぶる聖獣。


 だめだ。今度こそ。


 そう思った俺を、誰かが付き飛ばした。


 顔が偶然そっちを向いていたので、それが誰か俺はよく分かる。


「ドウコクさん……! なんで」


 俺が居た場所に変わりに位置したドウコクさんは、俺に向けて答える。


「お前は〈煌炎〉だ。だから希望だ。頼むぜ」


 それだけ俺に伝えたのだ。ドウコクさんは自分の大剣を持ちその振り下ろしに、紫の炎を宿した剣で耐える。


 しかし、いままで剣に炎を宿していなかった聖獣が、エネルギーの元である炎を宿す。


 大剣の威力は数倍にもなって、ドウコクさんに襲い掛かった。


 徐々にドウコクさんがつぶれていく。


「ハハハハハ、ドウコク、マデココ! アクコン、ノ、キウボ、マデココ!」


 集落を束ねてきたリーダーのドウコクが聖獣に潰されているのを多くの仲間が目の当たりにした。


 そして俺も、まつひろさんに拾われて運ばれる最中。ドウコクさんが最期に潰されたのを確かに見た。


「あ、ああああああああ!」


 燃える戦場。数々の死体。そして恩人の死。


 本当の絶望というものを、俺は初めて知った。



ゲームはクリアできるようにできている。それは常識であり、いつかは破られる時が来る。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート