聖獣とは人間を守るために想像された兵器の名。遥か太古、魔王と戦うために幻獣を改造して作られた数多くの人間の先兵は、闇の種族を長い間苦しめた。彼らは神の時代の終わりとともに、時代の最後を生きた人間たちにより各地の遺跡や神殿に封印され、後の世に必要とされるその時まで、永い眠りについた。
その命は、食事ではなく管理者からの炎の注入を受けることで維持され、炎を注入した管理者の命令に従うことを最上の優先順位に定義し行動するとされている。
いつの間にか気を失っていたみたいだった。
俺に与えられていた家に俺は寝かされて、目を開いた直後に見えたまつひろさんを見て、おおよその状況は理解できた。
ドウコクさんがやられたところを見て気を失ってから、面倒を見てもらっていたようだ。
「動かないで、今、治しているところよ」
よく見ると俺の体は、緑の炎で包まれていた。
「うわっ」
「あなたところどころ骨折していて、出血も火傷もひどくて死にかけだったの。魔法使いが高等魔法で助けてくれたんだから。後でお礼を言っておきなさい」
よく見ると俺の家の椅子では魔法使いが寝落ちしているのが分かる。いつもの余裕な顔を窺わせないほどの綺麗な寝顔だった。
「あの……俺」
「言いたいことは分かるわ。これでも大人だもの。あなた、ドウコクが死んだのは自分のせいだって思ってるんでしょう?」
「……うん」
ドウコクさんは俺をかばって死んだんだ。それは俺だって理解しているし、誰の目から見ても明らかだった。
俺はこの集落の太陽のような存在をこの手で殺してしまったのだ。
「あんたは……俺が」
「もしかしてゆーすけちゃん。私があなたを憎んでいるか訊くの?」
「それは、まあ……」
「そうね……私に限ってはそれはないかな」
まつひろさんは不快そうな顔も、我慢している顔もせず、穏やかにそう言い切ったのだ。
「あの人ね、貴方だけは自分を犠牲にしてでも生かすって決めてたから」
意味が分からなかった。
俺はまだ新人だ。戦場でも言われた、誰の役にも立たない足手まといだ。
戦場での記憶が思い起こされる。パンチーが片腕を失っていた。ミハルが俺をかばって悲鳴をあげていた。ドウコクさんが死んだ。俺が名前を知っているだけでもそれだけの人間が犠牲になった。
それで、あの聖獣はライフクリスタルをあと29個も残している。ドウコクさんやパンチーや他の人たちがいっぱい頑張っていたのに。
「なんで」
「それはあなたが〈煌炎〉の使い手だからよ。あの聖獣の炎、そしてそこでぐっすりな魔法使いが使う炎と同じ。私たちがよく知っている普通の色の炎。あなたはその炎が使えるのよ」
それがなんだというのだ。
「炎を使えるのは他の奴らだってそうだった……俺だけじゃ」
「正しくは上位1種と、下位5種の炎。そう言うべきなのよ。煌めく炎は私たちが使っていた、緑、赤、青、紫、黄、そんな色よりもはるかに強いとされている炎」
「たとえそうだとしても……俺だけじゃないはずだ。そこの魔法使いだって」
まつひろさんは首を横に振る。
「この魔法使いは戦闘には参加できないって言ってたでしょ。今この集落で、〈煌炎〉を使えているのはなただけなのよ」
「は……?」
それではまるで俺が特別な存在みたいじゃないか。
冗談じゃない。俺がそんなやつであるはずがないだろう! 俺は人より秀でた才能を持っているわけじゃない一般人だ。
「そもそも」
今の話を聞いてたのか、目を閉じていたはずの魔法使いがあくびをしたあとに声を出した。
「向こうの世界の人間がこちらの世界に送られてくるとき、神殿はその人間がどんな炎を使うのかを判断し異世界からの来訪者に刻印を刻む。しかし、〈煌炎〉に恵まれる者は少ない。〈煌炎〉を持ってこの世界に送られてくるのは、たったの0.5パーセントしかいない」
「は……?」
「確かに君は特別ではなかったのだろう。しかしこの世界に来たときに、特別になったんだよ」
それだけでドウコクさんが命を落とす必要はなかったはずだ。他のみんなが俺をかばう必要なんてなかったはずだ。
「それでも、俺をかばう必要はないだろう!」
「ゆーすけちゃんも見たでしょ? あの聖獣の強さを」
まつひろさんの顔がやや険しくなる。茶化しているではなく真剣に、俺が庇われた理由を語ろうとしている。
「みんなね。内心どこかで思ってるのよ。あんな化け物私たちに倒せるはずがないって。でも、そんなことを言っている場合じゃないから、勇気を振り絞って戦ってる。彼はね、もしも〈煌炎〉を使える使い手が出たら、徹底的に育てて鍛えて、いつか、みんなの希望になるようにしたいって言ってたの」
「ドウコクさんだって、みんなの希望に」
「自分が死ぬ前に後継者をつくりたかったんじゃないかしら。なにせいつ死ぬか分からないからね。パンチーもそれが分かってたから、貴方を無理やりにでも助けたのよ。そしてミハルも」
ああ、やっぱり俺のせいだ。
後で謝りにいかなきゃいけない。
まだ体のそこかしこが痛むが、そうするべきだろう。そうしなければならない。
俺にできるのはそれしかないのだから。
「まつひろさん。ごめ」
「謝らないで」
まずは身近な人に今回の不始末と無様を謝ろうとしたが、まつひろさんはそれを拒んだ。
「ゆーすけちゃん。いい? 謝って済むなら警察はいらないって言葉はよく聞くでしょ。それと同じよ。もちろん謝ることは大切だけれど、それ以上に大切なのは、あなたは犠牲になったドウコクの分まで戦うことよ」
あの戦場には50人程度しかいなかったはずだ。
その中で31人?
死に過ぎだ。そんなの。
動けるようになったのは結局もうしばらく経った後だった。
まだ体が痛むがそれはそれ。今はすぐに謝りに行きたい気分だった。
しかし、まつひろさんの言う通り俺はこれから、頑張らなければならない。
もちろん和奈を助けるためではあるが、俺の命を繋いでくれたドウコクさんの分も戦わなければならないのだ。
家の外に出ようとすると、何故か俺の家にまだ入り浸っている魔法使いに呼び止められた。
「今はやめた方がいいと思うよ?」
「なんで?」
「まあ、耳を澄ませてごらん」
彼の言う通りに、俺は外に耳を向けた。
よく聞こえる話だったのだが、焦りからか音を拾い逃していたようだ。
「アイツ、まだ出てこないな」
「ドウコクさん殺した奴なんだぞ。そのままでおけるかよ」
「次回の聖獣戦で囮にしようぜ。普通に殺すより効率的だ。喜んでやってくれるだろ。なにせ、殺した張本人だからな」
めっちゃ恨まれている。
「今の街には2種類の人間しかいないさ。ドウコクという圧倒的リーダーを失ったことへの悲しみに暮れて、明日からどうやって生きていけばいいのかと頭を悩ます。きっと立ち直るのは長引くだろう」
「……もう1つは」
「目の前にいるだろう。経験者側に多いが、ドウコクを殺して、村のアイドルのミハルは意識不明の重体だ。そんな悲劇を起こした君を正義の名のもとに罰したいんだろう」
魔法使いは立ち上がり、俺の近くによる。
「本来は君たちに手を貸してはいけないと思うのだが、まあ、これくらいならね」
俺に対して何らかの魔法をかけたように見えた。
体に異変がないか見てみると、俺の体がない。あるはずなのに見えなかった。
「今は透明人間状態だよ君。その状態でちょっと僕についてきなさい」
そう言うと、魔法使いは外へと出る。
恐る恐る外出すると、どうやら透明人間と言うのは本当のようで、俺の家の前にいた奴らは俺に気が付かなかった。
魔法使いは集落を出て、聖獣と相対した平原へと向かっている。その後ろを俺はしっかりとついて行った。
いったい何をしようというのか。
平原が一望できる大門についたとき、俺の目の前には平原だけではない奇妙な光景が映った。
炎が地面スレスレで浮かんでいる。
火の玉? 魂? 最初に思い浮かんだのはそんなイメージ。
「数を数えてごらん」
言われるがままにその数を数えると、31個の火の玉があった。
31……?
その数は聞き覚えがある。
「死んだ人の……」
「死んだ人が体に宿していた炎が最期にこうして浮かび上がっている。あのような魂だけの存在となるのさ」
「復活させることは」
「できない。遥か太古に闇の種族そのものをつくった魔王や神代の人間でもない限り」
俺はやはり、ひときわ強い輝きを放っている紫の炎の部分に注目してしまう。
そこには3人、誰かがいる様子だった。遠くで誰かはよく見えなかったが、ドウコクさんが死んだ跡となる炎に何かをしている。
「あれは……何を」
「死者の炎はああやって、〈古代遺産〉の欠片が埋め込まれたたいまつで救ってやれば、すぐには消えない。この地で死んだ人はああやってたいまつに保存されて、燃え続けることができる。君も同じものを見たはずだよ?」
「いつ?」
「聖獣討伐の前夜。色とりどりの炎に囲まれながら仲間と語らっただろう?」
ああ……なるほど。
あの日魔法使いが言った『明日になればわかるよ』というのはこういうことだったのか。
昨夜のパーティーで、俺を照らしてくれていたのは、かつてこの世界で聖獣に挑みそして敗れ死んでしまった人たち。
ドウコクさんは言っていた。この世界に来る人達には、この世界に来るワケが必ずあるのだと。
その目的を達成できないまま死んでしまい、通常のゲームでは許されているリスポーンすらできないまま、消えていった人々がたくさんいたのだ。
彼らが今どうしているのかは知らないが、この世界にいないとなれば、一度死んだらもう二度とチャレンジできないということだ。
あんな絶望的な聖獣を前に勇敢に戦った人たちがいた。そしてその中で志半ばで死んでしまう人がたくさんいる。
――ああ。
なるほど。
この世界に来てからひどい目にあってばかりだと思っていたが、確かに俺には天罰が下るのだろう。
「俺、この世界、ナメてたんだ……」
「……なるほど。それが分かったのなら、先の戦いは決して無駄ではないね」
そうだ、あの怪しい男も言ってたではないか。
これは攻略不可能な冒険なのだと。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!