「……お嬢様」
翌朝、朝食後のお茶をのんびりと飲んでいるとメアリが声をかけてきました。
「なにかしら?」
「お客様です」
メアリは困ったような顔つきをしています。
「……またルッカさんとシルヴァンさんが同時に押しかけてきたのかしら?」
「いいえ」
「あら、違うの?」
「そのお二人に加え、サタア家のエイス様とブリッツ様がお越しです」
「ぶほぁっ!」
わたくしは思わず、口に含んでいたお茶を噴き出しました。
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ではないわね……」
わたくしとメアリは布巾を使って、噴きこぼしたお茶を拭き取りながら話を続けます。
「それで、いかがいたしましょうか?」
「……はあ」
わたくしは軽く頭を抑えます。フラグをへし折ったつもりが、また新たなフラグを立ててしまったようです。しかも二本です。
「お、お嬢様!」
じいやが駆け込んできました。
「どうしたの?」
「客人同士で乱闘が始まりました!」
「ええっ⁉」
わたくしは驚いて立ち上がります。
「とりあえず皆さんを玄関までお通ししたのですが、何事かお話しされている内に、庭で闘おうという流れに……」
「どうしてそんなことになるのよ!」
わたくしは庭に急ぎます。
「ぐっ……」
「ば、馬鹿な……」
「大したことないね、兄貴」
「確かに……少々拍子抜けだな」
「こ、これは……⁉」
わたくしは庭に出て、また驚きました。そこにはブリッツの前で倒れ込むルッカさんとエイスさんの前で膝をつくシルヴァンさんの姿があったからです。
「おっ、ティエラ姉ちゃん~」
「ど、どういう状況ですか、これは?」
「別に……絡んできたから相手をして差し上げただけだよ」
わたくしの問いに、エイスさんが丸眼鏡を拭きながらお答えになります。
「もしかしてですが……ご兄弟が訪ねて来られたのは……?」
「オレ、姉ちゃんから膝蹴りを喰らって……ぱっちりと目覚めちゃったんだよね」
「目覚めちゃったのですか……」
「君から見事なアッパーカットをもらって、はっきりと悟ってしまってね」
「悟ってしまいましたか……」
「お、お前……色んな男に手出し過ぎなんだよ……」
「ル、ルッカさん! 誤解を招く言い方は止めて下さい!」
じいやとメアリの冷たい視線を背中に感じながら、わたくしはルッカさんを咎めます。
「サタア家のガキ……まだ決着はついていねえぞ……」
ルッカさんはわたくしを無視して、立ち上がります。
「眼鏡は外したままの方が良いと思うよ……これから本気出すからさ」
シルヴァンさんもエイスさんに語りかけながら立ち上がります。
「あれ? まだやる気なの?」
「勝負はついたと思うが……」
「うるせえ! これからだ!」
「行くぞ!」
「「⁉」」
ルッカさんとシルヴァンさんは果敢に殴りかかりますが、サタア家兄弟に返り討ちにあってしまい、再び崩れ落ちます。
「まあ、さっきよりはマシだったけどね~」
「バ、バカな……」
「素養は感じるが、活かしきれていないな……魔法の力を込めないと……」
「ま、魔法の力だと……?」
「……さて、邪魔ものはいなくなったところで……」
「待て、ブリッツ」
「え?」
「まだ一人邪魔ものがいる……」
「? ……ああ、悪いけど兄貴、少し眠っていてよ」
「生意気なことを言う弟には、兄としてお灸を据えてやらないとな」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「そうだ、待ちやがれ!」
「まだ決着はついていないよ!」
「ルッカさん⁉ シルヴァンさん⁉」
「ち、しぶといな……」
「面倒だ、三人まとめて相手してやる……」
「だ、だからちょっと待って下さい!」
「「「「おおおおっ‼」」」」
わたくしの叫ぶ声をまったく無視して、四人の殿方は自分たちだけで勝手に盛り上がり、互いに殴りかかろうとします。わたくしも堪忍袋の緒が切れました。
「待てと言っているでしょう‼」
「「「「⁉」」」」
次の瞬間、わたくしは驚きました。わたくしの周りで四人が倒れ込んでいたからです。
「お、お嬢様! 大丈夫でございますか⁉」
「え、ええ……」
わたくしは戸惑いながらも、駆け寄ってきたじいやに答えます。
「こ、これはお嬢様が倒されたのですか……?」
「ど、どうやらそのようですね……正直無我夢中で……」
わたくしは自分の手足を見つめながらメアリの問いに答えます。
「い、いかがいたしましょうか?」
「客間でお休み頂いて、その後は……今日のところはお引き取りをお願いして」
「かしこまりました」
じいやと四人についてきた従者の方々が手際よく、四人を屋敷に運びました。わりとタフな方々ですから、余計な心配は要らないでしょう。元はと言えば人の庭で勝手に乱闘を始める人たちが悪いのですから。庭に一人残ったわたくしは腕組みをして呟きます。
「ハサンさんに教わった動きがまたも役に立ちました……」
「ふっふっふ……見事な、どわぁ⁉」
わたくしは拳をハサンさんの顔の前に突き出しました。
「……そろそろ来る頃だと思いましたわ」
「う、うむ……勘も冴え渡っているようじゃな、結構、結構」
ハサンさんはうんうんと頷かれます。
「勝手にご満足されても困るのですが……」
「儂の教えた動きもものにしておる……これで多対一の戦いも問題はないな」
「話を進めないで下さいます? 多対一ってなんのことですか?」
「おぬし、この大会に出るが良い」
ハサンさんは一枚の紙切れを差し出してきました。わたくしはそれを受け取ります。
「……『レボリューション・チャンピオンシップ』?」
「このムスタファ首長国連邦の歴史上、最大規模の格闘大会になる……書いてある通り、優勝した者たちにはなんでも叶う」
「なんでも?」
「そうじゃ、富や名声や地位でも思うがままじゃ」
「お断りします」
わたくしは紙を突き返します。ハサンさんが首を捻ります。
「はて? 悪い話ではないと思うのじゃが?」
「十分に悪い話ですよ。こんなおいしいエサをぶらさげられたら、どんな猛者……いや、猛獣が集うか……わたくしの手には余ります」
「強者相手にその腕を試してみたいという気持ちはないか?」
「生憎ですがまっっったくございません」
わたくしは両手を大袈裟に広げてみせます。
「! ……ふむ、まあそう言わずに一日じっくりと考えてみるがいい」
「考えは変わりませんよ」
「明日、また来るぞ」
「だから! っ! また消えた……だから、こういう類のもので血沸き肉躍るのは殿方だけですわ……ん?」
わたくしが屋敷に戻ろうとすると、物陰にローブを纏い、フードで顔をすっぽりと隠した人物が隠れるように立っていました。
「……」
「あ、貴方は先日の山賊さん退治の時の⁉」
ローブ姿の人物は低い声で呟きます。
「……父君が残した書物……書斎の一番端の棚の三段目の左から五冊目を見て……」
「ど、どういうことですの⁉」
「そこに答えがある……」
「ちょ、ちょっと待って! ! 消えた……」
わたくしが物陰を覗くと、ローブ姿の人物は既にいなくなっていました。
(なぜあの方は書斎のことを……?)
その後、わたくしはローブ姿の人物が言っていた通りの場所に置いてあった書物に目を通してみました。そこでわたくしは衝撃を受けました。
「こ、これは……⁉」
翌日、庭に立っているわたくしにハサンさんが声をかけてきました。
「……さて、考えは変わったかの?」
「……なんでも手に入るとおっしゃいましたね?」
「ああ、言った」
「それは……元々あったものを取り返すということも可能なわけですね?」
「ふむ……そういうことになるな」
「分かりました。『レボリューション・チャンピオンシップ』、参加致します!」
わたくしはハサンさんの目を見据えて、高らかに宣言しました。
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