「なにはともあれ無事で良かったな」
「あ、ありがとうございました……」
僕はとりあえず礼を言う。お尻がちょっと痛いけどね。
「礼には及ばん」
「……はあ」
「……」
ポニテの女性は手入れを終えた剣を鞘に納めると、静かに目を閉じる。いやいや、沈黙が耐え難いんですが⁉ な、なにか話題は⁉
「こ、この機械?はなんでしょうか?」
僕は船尾についている黒いものを指差す。女性は片目を開けて答える。
「モーターだ。知らんのか?」
「モ、モーター? ここから風を出しているのですか?」
「まあ、そんなようなものだ……」
「す、凄いスピードが出ていますね、この船……」
「……お前さん、どこから来たのだ?」
「え? 中央大陸です。と言っても、辺境の方ですが……」
「何故こちらに?」
「僕が加わっていたパーティーが、この地方のダンジョンを攻略することになって……」
「加わっていた?」
「ああ、はい。追放されちゃいまして……」
「それは災難だったな。いつ頃追放されたんだ?」
「えっと、ついさっきです……」
「ついさっき⁉」
女性が両目を開く。そりゃあ驚くだろうな。しかし、感情の起伏が少ない人かと思ったら、どうやらそうでもないようだな。
「そうなんですよ。大海原で独りぼっちのところを巨大ダコに遭遇しちゃって」
「私が駆けつけて良かったな、なかなか運が良い」
女性が微かに笑みを浮かべる。
「お陰で助かりました。しかし、凄い切れ味の剣ですね。見たことがありませんが」
「剣とも言うが、刀とも言う」
「カタナ?」
「ああ、私にとっては魂のようなものだ」
武器が魂? ひょっとしてあれか、根っからの戦闘民族か? あまり刺激しない方が良いかもしれん。しかし、情報は出来る限り引き出しておきたい。質問を続けよう。
「失礼ですが、お召し物も変わったものですね?」
「これは着物だ」
「キモノ? それはこの地方では一般的なのですか?」
「いいや、私の生まれはここから北東の方にあるちっぽけな島国だ」
「はあ……」
「故あってこの地へと流れ着いた。この地方は他所からの流れ者が多い」
「そうなのですか……」
故っていうのが気になるが、それは聞いたらダメだというくらいの判断は僕にもつく。
「お前さんのその恰好……ローブか?」
「ああ、はい、そうです」
僕は水色のローブを指でつまんでみせる。
「ひょっとして……魔法使いというやつか?」
「ええ、ひょっとしなくてもそうです」
「ほう、実物は初めて見たかもしれん……」
女性は自らの顎をさする。魔法使いを初めて見たってマジかよ? この地方って相当な田舎だったりするのか? もう少し調べておくべきだったかもしれない。行先など、全てあのイケメン勇者に任せきりだったからな……。
「この地方では魔法があまり盛んではなかったりするのですか?」
「そういう言い方も出来るかもしれんな。知っているとは思うが、この世界……『スオカラテ』は各地方間の交流が極めて乏しい。その為、その地方では当たり前のことが他所の地方では通用しないことが多々あるのだ」
「ふむ……」
「まあ、そんな話は良いか。そろそろ目的地に着くのだが……どうする?」
「え?」
「流れで連れてきてしまったが、良かったのか?」
「え、えっと……」
「都合が悪いようなら、さっきのところまで戻るか?」
「い、いやいやいや! これもなにかの縁です。僕も上陸します」
大海原の真ん中に戻されてどうしろって言うんだ。この人、もしかして天然か? ……落ち着いて顔を見てみると美人だな……。
「私の顔になにか付いているか?」
「い、いえ! 上陸先には町がありますか?」
「ああ、それなりの規模の町があるぞ」
「そうですか、それは良かった」
「あてがあるのか?」
「ええ、まあ」
「……着いたぞ」
「ありがとうございます。この御恩は一生忘れません!」
船を降りた僕は大仰に頭を下げる。女性は苦笑する。
「大げさだな。この町には不案内だろう。良かったら目当ての場所まで連れていくぞ?」
「そ、そうですか? それではお言葉に甘えて……」
全く知らない土地だ。土地勘のある者についていくのがお利口だろう。
「で? どこに行きたい?」
「『ギルド』に向かいたいのですが……」
「ギルド?」
「はい、正確には『冒険者ギルド』でしょうか、呼び名は各地方で様々だと思いますが」
「うむ……そこはどういう場所だ? いかがわしい店か?」
「ち、違いますよ!」
何を言い出すんだ、この人は。そういうお店は後で個人的にリサーチしておくつもりだ。などということは黙って、ギルドについて簡単に説明する。
「ギルドというのは団体組織ですね。そこに登録しておくと、色々とクエストを受けることが出来るのです」
「クエスト?」
「クエストとは……依頼ですかね。『珍しい薬草を集めて欲しい』とか、『あのダンジョンのモンスターを討伐して欲しい』とか、そういった依頼がギルドには多数寄せられるのです」
「ああ、そういう場所なら心当たりがあるな、案内しよう」
「本当ですか、ありがとうございます」
女性の後について町を歩く。大声が飛び交っている。なかなか賑やかな町だ。
「……ここだ」
「ああ、ありがとうございます……って、ええっ⁉」
僕は愕然とする。看板には『ギルド』と書いてあるが、問題はその看板がボロボロになっていることだ。看板のかかっている建物も壁がひび割れ、窓が割れている。こ、これは……。
「……この地域、『ラグーア諸島』は人や亜人の無法者どもによる縄張り争いが激しくてな。あまりの治安の悪さにモンスターもほとんど寄り付かん。よって、ギルドとやらもあまり意味をなさない地域というわけだ」
「そ、そんな……」
「殺っちまえ!」
「ぶっ殺せ!」
よくよく耳を凝らすと、怒声がそこかしこに飛び交っている。なにやら火薬のようなものが弾ける音も……。と、とんでもない場所に来てしまった……。
「うわあ! また『ギャング・イハタゲ』が暴れている⁉」
「! 出動だ!」
「ええっ⁉」
女性が走り出す。僕は戸惑いながらもついていく。こんな物騒な場所で一人は嫌だもの。
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