「着いたわ!」
「ぐえっ!」
アリンが地上に降り立つと、彼女に掴まっていた俺はバランスを崩し、地面に間抜けな声を上げながら派手に転がった。
「大丈夫、ダーリン?」
「ぐっ……⁉」
俺は顔を上げると驚いた。俺の周囲が二本足で立つトカゲの獣人、いわゆるリザードマンの集団だったからだ。この好戦的な種族は魔王軍に属しているようだ。リザードマンの兵士たちが俺を見て、訝しげに言葉をかわす。
「なんだこの人間……?」
「少なくとも友軍ではないだろう」
「それもそうだな」
「目障りだ、始末しろ」
周りにいる全員が持っていた槍を構える。このままでは容赦のない滅多刺しだ。俺は慌てて起き上がり、その場を離れようとするが、間に合わない。
「死ね―――⁉ ぐはあっ⁉」
俺の周囲にいたリザードマンが文字通り一蹴された。アパネが強烈な飛び蹴りをかましたのである。俺はアパネに声を掛ける。
「アパネ!」
「……」
アパネが怪訝な顔で俺を見つめてくる。
「ど、どうしたのです?」
「……その女、何?」
「え? おわっ⁉」
俺は驚く、アリンが俺と腕を組んで、頬ずりをしてきていたからである。
「そいつ、もしかしなくても、こないだ戦った魔族の女だよね? ショー、いつの間に魔王軍に鞍替えしたの?」
「そ、そんな馬鹿なことあるわけないでしょう!」
「その割には随分と親し気なようだけど……?」
アリンが面倒臭そうにアパネに答える。
「魔族の皆が皆、同じ思想だとでも思っているの? 流石は獣人、おめでたい頭ね」
「は? 喧嘩売ってる?」
「……なによ、文句ある?」
アパネがアリンを睨み付ける。アリンも負けじと睨み返す。
「く、詳しい事情は後で説明します! 簡単に言えば、今はお互い仲間だと考えてもらって間違いありません!」
俺は慌てて二人を仲裁する。アパネは首を傾げる。
「詳しい事情ねえ……」
「くっ、かかれ!」
しばらく様子を伺っていたリザードマンの兵士たちが襲いかかってくる。
「『狼爪斬・四連』!」
「ひぎゃああ!」
アパネが両手両脚を使って、リザードマンたちを鋭く切り裂く。リザードマンたちは叫び声を上げて倒れ込む。
「ふん……」
アリンが煩わしそうに両手を上げて交差させる。襲いかかろうとしたリザードマンたちの体の動きが止まる。
「⁉ う、動かねえ……?」
「『炎糸』!」
「ぐぎゃああ!」
アリンが広げていた掌を閉じると周囲に糸状の炎が発生し、リザードマンたちの体が燃え上がる。リザードマンたちは悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。一瞬で周りに糸を巡らせていたようである。アパネはアリンに告げる。
「詳しいことは雑魚を片付けてから聞こうか」
「そう……精々、雑魚にやられないでね」
向かい合っていたアパネとアリンはそれぞれ踵を返し、リザードマンの兵士たちの群れに突っ込んでいく。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
完全に二人に出遅れてしまった俺はとりあえずより近くのアリンの後についていくことにする。リザードマンの兵士たちも一人一人精強さを漂わせているが、アリンはそれをものともぜずに退けていく。しかし、流石に多勢に無勢か、俺たちは気が付くと、二重三重に包囲されてしまう。アリンの糸を警戒してか、距離を取っている。
「糸を使うのには気付いたか、只の雑魚じゃないわね……」
アリンが感心する。背中合わせになった俺は問う。
「ど、どうします⁉」
「……いちいち相手するのは面倒だわ。ダーリン、アレを……」
アリンが俺に耳打ちしてくる。俺は耳を疑う。
「えっ⁉」
「お願いね、後は適当に合わせるから」
「て、適当って……え~い、『理想の大樹』‼」
俺は股間に大木を生えさせる。
「な、なんだ⁉ 股間に大木を生やしたぞ⁉」
「わ、分からん! 一体、何が狙いだ⁉」
リザードマンたちが困惑する。そりゃそうだ、この場にいる誰よりも俺自身が戸惑っているのだから。アリンが笑って囁く。
「『地獄の業火』……」
「⁉ 火が木に⁉」
アリンが放った炎が大木の先端に着火し、あっという間に燃え広がる。
「さあ、ダーリン! 思いっ切り振り回しちゃって!」
「う、うおおお!」
俺は言われるがままに燃える股間の大木を振り回す。意表を突かれたリザードマンたちは木に薙ぎ倒され、かろうじて躱した者たちの体にも火が燃え移る。
「あぎゃああ!」
戦場は阿鼻叫喚の騒ぎとなる。かくいう俺も一緒になって騒いだ。もうすぐ炎が大木を燃やし尽くし、俺の股間ごとバーニングさせようとしているのだ。これで騒がないでいつ騒ぐというのか。
「ぬおわあああっ!」
「ダーリン、そこに小川が流れているわよ」
アリンが自身の長い爪を眺めながら、俺にボソッと伝える。
「そ、それを早く言って下さい!」
俺はアリンの言う小川を確認し、自分でも驚くほどの速さでそこに駆け込み、股間を水に浸けて、股間の大火災をなんとか消火し、安堵のため息をこぼす。なんだこの状況は。
「とりあえず、この辺は片付いたわね」
アリンがゆっくりと俺に歩み寄ってくる。
「はあ、はあ……」
「落ち着いた?」
「な、なんとか……」
「それは良かったわ」
「……そうだ、アパネは⁉ ―――⁉」
呼吸を整えた俺はアパネの方に視線をやり、驚いた。ほとんどのリザードマンを蹴散らしていたが、一人のリザードマンの前に傷だらけの姿で膝を突いていたからである。
「あらら……随分と手こずっているようね。まあ、無理もないかしら」
「あ、あのリザードマンは⁉ アパネがあんなに苦戦を強いられるなんて……まさか奴が魔王軍の『四傑』ですか⁉」
「……残念ながら、あいつは四傑の一人の……片腕みたいなものよ」
「か、片腕であの強さ……⁉」
アリンの言葉に俺は驚愕する。
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