「……なんでてめえが来ているんだよ?」
「……それはこちらの台詞だよ」
「オレはあいつに用事があるんだよ」
「それは奇遇だね、俺も彼女に用事があるのさ」
「へっ、どうせ大した用事でもねえだろ」
「それは君が決めることじゃないね」
「ちっ、いちいち癪に障る野郎だな」
「それもお互い様だよ」
「ああん?」
「……お待たせ致しました」
わたくしが客間に入っていくと、ルッカさんがシルヴァンさんを強烈ににらみつけているところでした。シルヴァンさんがわたくしを見て、笑顔を浮かべます。
「やあ、大丈夫、全然待っていないよ」
「それは良かった」
「……おい、なんでこいつと同じ部屋に通したんだよ?」
ルッカさんが視線をわたくしに向けて尋ねてきます。
「生憎、適当な客間がなかったもので……」
「敷地はともかくとして、屋敷自体は売却しないで済んだんだろう? 部屋数はそれなりのようだが……」
「それが掃除など手入れをする人手が足りませんので……さすがに埃っぽい部屋にお通しするわけには参りません」
「そんなの気にしないで案内してくれれば良いのに、彼をさ」
「おいおい! むしろそっちが行けよ!」
「ああ、失礼、癪に障ったかい?」
「そういう物言いがよお!」
「……ゴホン!」
お二人は睨み合い、今にも取っ組みあいを始めそうな雰囲気でしたので、わたくしはわざと大きく咳ばらいを入れると、お二人はこちらに向き直りました。
「おっと、これは失礼」
「ちっ……」
「まあ……お二人に御一緒の部屋に入ってもらったのは別の理由もあります」
「別の理由だあ?」
「ええ、件の山賊さん退治から数日が経過しましたが、お二人は入れ替わり立ち替わり、こちらにいらっしゃっています」
「そ、そうだったのかよ⁉」
「ええ、しかも用件は大体同じです」
「同じだと?」
「はい、何故かわたくしと戦うことをご所望の様で……」
「て、てめえもかよ⁉」
ルッカさんが視線をシルヴァンさんに向けます。
「……」
シルヴァンさんは黙っています。わたくしは話を続けます。
「この際ですからお尋ねしようと思いまして。何故にわたくしに挑んでくるのですか? そうですね、まずはルッカさんからお聞かせ下さい」
「それは……惹きつけられたからだよ」
「惹きつけられた?」
「ああ、このオレに顎をクイっとされて、腹にひじ打ちをかましてくる女なんて生まれて初めてだったからな」
「ま、まあ……それはそうでしょうね……」
わたくしは視線を逸らします。
「しかも初対面でだぜ?」
「初対面で顎をクイっと? 距離の詰め方がガサツだねえ……」
「うるせえな、頭をポンポンとした奴に言われたくねえんだよ」
「残念ながらそれは未遂に終わったよ」
「見ていたから分かっているよ、ざまあねえぜ、抜け駆けしようとするからだ」
シルヴァンさんはルッカさんを無視して、こちらに話しかけてきます。
「見事なボディーブローをもらったよ……あんなのは初めての経験だった……」
「は、ははは……」
わたくしはまた別の方向に視線を逸らします。
「なんと言えば良いのだろうか……興味をさらにかき立てられたんだよね」
「そ、そうですか……」
わたくしはテーブルに両肘をつき、軽く頭を抱えてしまいます。フラグをへし折ったつもりが、また違うフラグを立てることに繋がってしまうとは……正直言って、その発想はありませんでした。シルヴァンさんが心配そうに尋ねてきます。
「大丈夫かい?」
「え、ええ、大丈夫です。軽くめまいがしただけですから」
「疑問は解けたのかよ?」
「おかげさまで……ただ、申し訳ありません。本日のところはお引き取り下さい」
「な、なんでだよ⁉」
「お二人のお相手を務めている時間がありません。これでも一応やることがあるので」
「そういうことなら致し方ない。今日のところは失礼しよう」
「ちっ、仕方ねえなあ……」
シルヴァンさんとルッカさんをお見送りし、わたくしは作業用兼トレーニング用のジャージに着替え、庭に出て農作業に勤しみます。作業が一段落すると、わたくしは先日の山賊さんの用心棒さんを倒した時の動きを再現してみます。
「まさか、土を砕けるとは……これを上手く応用すれば、他人数を同時に相手にする際に役立つのでは……?」
「ふむ、それも悪くない着眼点じゃが」
「きゃあ!」
「どおっ⁉」
わたくしは背後に立ったハサンさんに反射的に回し蹴りをかましてしまいました。
「す、すみません! で、でも、本当にお願いですから背後に立つのは止めて下さい!」
「……ほほほっ、見事な回し蹴りだったぞ」
ハサンさんはゆっくりと立ち上がられます。
「……なにか御用でしょうか?」
「やはり並外れた格闘センスをもっておる……また次の段階に入っても良い頃じゃな」
「次の段階?」
首を捻るわたくしに対し、ハサンさんは構えを取ります。
「ほれ、儂と同じ動きをしてみせよ」
「は、はあ……」
それから何度か、ハサンさんの動きを真似て動いてみました。
「よし、例の如く、その動きを体に染み込ませておけ」
「また一日五十回ですか……」
「そうじゃ、きっとお主の役に立つであろう」
「わ、分かりました……」
「それでは失礼する……!」
「⁉ また強い風とともに……普通に去れないのかしら? まあ、忘れない内に五十回やっておきますか」
「お嬢様……な、何をやっているのですか?」
ハサンさんに教わった妙な動きを繰り返しているわたくしを見て、庭に来たメアリは怪訝そうな表情を浮かべました。
「あ、ああ、これは……そう! ダンスのステップ練習です!」
「み、見慣れないダンスですね……ですが、ちょうど良かったかもしれません」
「ちょうど良かった?」
わたくしは首を捻ります。メアリは笑顔になります。
「ええ、お嬢様へパーティーへの招待状が届きました」
「パ、パーティーですか?」
わたくしは久々に聞いたその単語に目を丸くしました。
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