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「おい、新入り! 公演のチラシはどうなっている⁉」
「え、えっと……」
「えっとじゃ分かんねえよ!」
そんなに怒鳴らくても良いだろう。僕は気持ちが折れそうになりながらも答える。
「明後日の昼前には業者から届きます」
「お、おう……」
「新人さん、あそこの建物のオーナーから撮影許可下りたの⁉」
「あ~えっと……」
「えっとじゃ分かんないわよ!」
なんでどいつもこいつも怒鳴ってくるんだ? 僕は落ち着き払って答える。
「オーナーさんがバカンス中ですので、一両日中に戻り次第、折り返しの連絡を下さいます」
「ふ、ふ~ん……」
「休憩入りま~す」
僕は颯爽と喧噪を抜けていく。僕の背中に声が聞こえてくる。
「今度の新入り、どうしてなかなか使えるじゃねえか?」
「物腰柔らかいから営業もスムーズに運ぶのよね~」
………まあ、褒めてくれているのは分かる、嬉しくないと言えば嘘になる……だが!
「新人に振る仕事の分量じゃないんだよ! 大体今更先輩の仕事を見て覚えろって、それ引き継ぎって言わねえから! 押しつけだから! 後、全員、男女問わず、言動が荒っぽいのよ! 本当にこの地域の人々に娯楽を提供しよう、楽しませようっていう意識あるの⁉ 『スタジオ&シアター』に勤務している自覚あるの⁉ そもそもとして僕! なにここの下働きみたいになっちゃってんの⁉ そりゃあ行く当てもないとは行ったけどさ! 職業に貴賤は無いと思っているよ? でも、勇者のパーティーを追放された魔法使いが劇団?の下働き? 今のとこ事務作業中心だけど、これから大道具や小道具を作れとか言われるんじゃないの⁉ 勘弁してくれ、手先は超絶不器用なんだよ!」
「……魔法で作れないのか?」
「そんな便利なかつ都合の良い魔法は習得してない! って、ええ⁉」
僕は驚く。僕の後ろにムツミさんが立っていたからである。ムツミさんは笑う。
「そんなに驚くことか?」
「い、いや、驚きますよ」
「驚いたのはこっちだ、ユメナム、そんな矢継ぎ早に喋れたのだな」
「え?」
喋れたっていうか、ここ数日のストレスをただ単にぶちまけただけっていうか……。
「まあいい、伯母上……もとい、支配人が呼んでいる。一緒に来てくれ」
「は、はい……」
僕とムツミさんはこのスタジオ&シアターの中でも2番目に立派な部屋の前に立つ。ちなみに1番目は貴賓室だ。来賓をもてなす為の部屋だとか。もっとも使われたことはほぼないらしいが。ムツミさんがノックする。
「ムツミです、新入りを連れて参りました」
「入りなさい」
「失礼します」
「し、失礼します……」
ムツミさんに続いて、部屋に入ると、小柄な老婦人が迎えてくれた。髪はすっかり白いが、目鼻立ちは整っており、体勢もしゃきっとしている。顔つきや着ているキモノから判断するに、このラグーア諸島出身ではないようで、ムツミさんとはなんらかの縁戚関係のようであるが、特にその辺りを深堀りするつもりはない。名前がワカコだということだけは知っているが、それ以上知るつもりはないし知る必要もないだろう。ワカコさん、もとい支配人は優しく微笑んで、僕に語りかけてくる。
「お仕事は慣れましたか?」
「え、ええ、まだまだ学ぶことは多いですが!」
「楽しんでいますか?」
「そ、それはもちろん!」
「それは良かった……申し訳ありませんね。何分、急な入隊だったもので、しかるべき役職を用意することが出来なくて……」
支配人が申し訳なさそうな顔になる。僕は大げさに両手を振る。
「い、いいえ! 行く当てもない僕を拾ってくださったのですから、これ以上は望みません」
「そうですか……?」
「ええ!」
嘘です。こっちはモテモテハーレムライフを夢見て、わざわざ心に傷を負ってまで、パーティーを追放されてきたんだ。劇団なんだか、演劇ユニットなんだかよく分からないところの下働きで終わるつもりはない。幸い、この支配人さんは話が通じそうだ。この地域の権力者の方々とも顔見知りだったりするんじゃないか。その権力者のお抱え魔法使いにでもなれば、僕にも明るい未来が開けるはずだ。
「……先日のムツミからの貴方についての報告、承りました」
「は、はあ……」
僕についての報告? なんだろうか?
「あなた、えっと、お名前は……」
「ユメナムです」
「そう、ユメナムさん。あなたに紹介したい人たちがいます」
「え?」
「皆さん、入ってちょうだい」
支配人室の隣の部屋から四人の魅力的な女性が入ってきた。
「こ、こちらは……?」
「皆さん、自己紹介なさい」
「アタシ、アギよ、よろしくね~」
お団子頭を左右に二つ作った小柄な女の子がこちらに向かって手を振ってくれる。ムツミさんたちとはまた違った服を着ているが、あの服には少し見覚えがある。ここから北方にある大国出身の者がよく着ている服装であろう。もっとも、アギと名乗った女の子には袖も裾も長すぎるようだが。
「わたくし、ラジェネと申しますわ。わたくしの下で下働き出来ることを光栄に思いなさい! お~ほっほっほ!」
金髪のロングヘアーと褐色の肌が特徴的な女性が高笑いを上げる。貴族令嬢ってやつか? ここまでベタな人は僕の転生経験においても初めて見たかもしれない。価値は分からんが、高そうなドレスを身にまとっている。
「えっと……ボクはエルティです。よろしく」
青みがかった髪を短すぎず長すぎず、綺麗にまとめた中性的な人物が僕に挨拶し、握手までしてくれた。女の子の体に触れた経験は少ないのだが、この華奢な感じ、この子も女の子だ。半袖にハーフパンツと少年のような恰好をしているが、それがよく似合っている。
「ノインだ、よろしく……」
ミディアムロングの銀髪をなびかせた眼鏡をかけた長身の女性が小さいがよく通る声で挨拶してくれた。どこの国までかは分からないが、軍服チックな服を着こなしている。
「では、あなたも挨拶を……」
支配人から促がされ、僕も挨拶をする。
「先日からこちらでお世話になっています。ユメナムです。よろしくお願いします」
「ムツミの報告書は各自目を通してくれたと思うけど、今後はユメナムさんを『夢の遊撃隊』の正式隊員に迎え入れようと思っております」
「「「「「‼」」」」」
支配人が皆に説明する。え? 正式隊員? どういうこと? ムツミさんも含めてみんなの顔色が変わったんだけど……。ラジェネさんが手を上げる。
「支配人、よろしくて?」
「どうぞ」
「本当にこちらの見るからに凡人が役に立つんですの?」
ラジェネさんが僕を一瞥し、ムツミさんに視線を向ける。ムツミさんが頷く。
「……私が保証する」
「はっ、貴女はまずご自身の演技力をどうにかなさいな」
「!」
部屋に少しピリッとした空気が流れる。
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