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♢
「ご無沙汰しております。なにか変わったことがありましたか?」
心の中で『ヘルプ』を唱えると、数日振りに転生者派遣センターに繋がった。センターの担当者、アヤコが相も変わらず面倒臭そうなテンションで俺に尋ねる。
「やっと繋がったな……何故この数日繋がらなかった? なにか混乱していたのか?」
「その理由も多少ありますが、主に私が有休をとっていたからですね」
「はっ⁉ 有休⁉」
「ええ、有給休暇です」
「え……」
俺は予想外の答えに言葉を失う。
「有給休暇とは一定期間勤続した労働者に対して、心身の疲労を回復しゆとりある生活を保障するために付与される休暇のことで……」
「い、いやその仕組みはなんとなくだが知っている。つまり……休みを取っていたから、俺からの連絡に出られなかったということか?」
「まあ、そうなりますね」
「ふざけんな!」
「……だからそんなに怒鳴らないで下さい」
アヤコはウンザリしたように答える。
「怒鳴りたくもなるだろう! こっちはどれほど大変だったか……! 百歩譲って休みを取るのは良い。それより引き継ぎとかしていなかったのか?」
「面倒そうな方の相手は誰も担当したがらないので……」
「え、何だって?」
「いえ、なんでもありません。こちらのミスです。大変申し訳ありませんでした。今後はこのようなことが無い様に細心の注意を払って参りますので、今後も当センターのご利用をよろしくお願い申し上げます」
アヤコは事務的に謝罪の弁を早口でまくしたてた。
「そもそも、細心の注意以前の問題だろう……」
「ご無事だったのですから良かったじゃないですか。それよりも未来の話をしましょう」
「未来の話ね……」
俺はため息をつく。やや間を置いて、アヤコが口を開く。
「成程……確認したところ、困難な状況は相変わらずといったところですね」
「何度も同じようなことを言って我ながら情けないが、この世界は俺の手に余る」
「またまたご謙遜を」
「謙遜なんかしている余裕は全く無い」
「こちらの想定を超える奮闘ぶりではありませんか。正直期待以上だという評判ですよ。SSランク勇者の方が率いるパーティーは脱落したというのに」
「……ちなみに想定したのはどの辺りだ?」
「初めの集落でダメだろうなと思っていました」
「それは期待していないのと同じじゃないか」
「それよりもなにか他に問い合わせされたいことがあるのではないですか?」
「例えば今後、魔法系のスキルを新たに習得することとかは出来るのか?」
「出来ませんね」
「即答⁉」
「ショー様のジョブは勇者ですから、習得出来る魔法系スキルは一種のみです」
「つまり……この木系統魔法でなんとかしろと?」
「ご不満があるのですか?」
「戦闘には不向きだ、今更な話だが」
「使い様だと思いますが……例えば、今までどのように使ってこられたのですか?」
「そちらで確認はしていないのか?」
「全てを把握しているわけではありませんので、出来れば今後のデータの参考にしたいので、簡単にご説明頂きたいです」
「まず、剣の形に木を生やすことが出来るな」
「ほう、良いじゃありませんか」
「蔦を生やして、相手の持ち物を取ったり、手足を縛ったり出来る」
「なかなか実用的じゃありませんか。その他には?」
「股間に大木を生やせる」
「ぶっ‼」
アヤコが噴き出した様な音が聞こえる。
「……今、笑っただろう?」
「わ、笑っていません……ち、ちなみに、なぜ股間なのですか?」
「そこが適当だと思ったからだ」
「ぶはっ‼」
「笑ったな?」
「……笑っていません」
「……まあいい。大まかな傾向としては俺が目にしたことのある、あるいは記憶にある樹木を生やすことが出来るようだ。但し、この世界に存在しない樹木は生やせないようだ」
「そこまで分かっているのならば結構ではありませんか。同じことを申しますが、結局使い様です……すみません、他に問い合わせがあるようですので……戦乙女さんからね」
「あ、ちょっと待て……くそっ、切りやがったな……」
俺は仕方なくポーズ状態を解除した。
♢
「ダーリン♡ もうすぐトウリツに着くよ」
アリンが俺に対して声を掛けてくる。今、俺はアリンの体に巻き付けたロープにぶら下がって空を飛んでいる。やはり勇者が女の体にしがみついて飛ぶのは色々な意味で問題があると判断したためだ。我ながら賢明な判断だと思う。もっともアパネからの強硬な主張も考慮したのだが。
「思ったより速いな」
「大体、数十分くらいね。歩いたりしたら強行軍でも半日はかかるけど」
ホミ近郊で魔王軍を退けた俺たちは、一旦ホミに入った。傷だらけのアパネと疲労が蓄積していたモンドは救護施設で休ませることにした。その施設にも治癒の魔法に長けたものが何人かいたが、スティラほどではなく、回復には半日以上かかるということだった。今の俺たちには半日も惜しい。ひとまず俺とアリンが先行する形を取った。ちなみにアリンが俺たちと行動を共にすることに関しては、モンドはあっさりと「委細、承知した!」と理解を示してくれたが、アパネの説得にはやや手間取った。曰く、「ショーも裏切られてしまうかもしれないよ?」とのことだ。その疑念も無理は無いが。俺はアリンのことは信頼出来ると確信していると力強く断言した。よって、最終的には了承してくれた。大分渋々といった様子ではあったが。
「メラヌの話では、アパネらと同じ様に、スティラとルドンナもお互い近くの場所に転移しているようだが……」
「同盟軍に参加してくれていれば、色々と探す手間が省けるわね」
「もう少し情報が欲しいな……って⁉」
俺の鼻先をコウモリが飛んでいった。コウモリはアリンの方に近寄る。
「噂をすればなんとやら……情報が届いたよ」
「メラヌの使い魔か、なんと言っている?」
「!」
アリンの顔が険しくなる。
「どうした?」
「いや、これは不確定な情報だから……今、ダーリンの耳に入れる必要は無いよ。それで? もう一つの情報は?」
アリンが使い魔に尋ねる。使い魔の答えを聞いて、アリンは目を丸くする。
「何かあったのか?」
「これも良くない知らせね……」
「良くない知らせ?」
「そう、防衛線が突破されて、トウリツに魔王軍の侵入を許し、都市の一部を占拠されてしまったそうよ」
「なっ⁉」
俺は驚愕した。
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