「なんだよ、そんなに驚くことか?」
「サプライズのつもりは無かったのだけどね」
「い、いや、お二人には、出るメリットが何一つ無いような気がするのですが……」
「水臭いことを言うなよ!」
「同感だね」
「し、しかし、噂は聞いているとは思いますが、国中だけでなく、国外からも相当な猛者が集まってくるとの噂なのですよ」
「そんなもん望むところだぜ!」
「腕が鳴るってやつだよ」
二人揃って前のめりなルッカさんとシルヴァンさんの態度に、わたくしは戸惑います。
「仮に揃って予選に参加したとしてもかなりの危険が伴います……」
「それも承知しているさ」
「ご、ご承知なのですね」
「でもよ、惚れ、ひ、惹かれたからしょうがねえんだよ……」
ああ、そうだ、惹きつけてしまったのでしたわ……。
「俺も惚れ、いや、心の奥底に眠る熱い部分が掻き立てられちゃったからね!」
あ、ああ~そうですね、掻き立てちゃったのですよね~。
わたくしは既にやや諦めムードでしたが、このまま引き下がれません。没落貴族のわたくしと違い、お二人は未来ある有力貴族の身、こんなところで、御身に傷がつくことをするべきではないのです。わたくしは説得を試みます。少し痛いところを突いてみました。
「……」
「おい、なんか言いたいことがありそうだな」
「御二方、先日、こちらの庭でサタア兄弟に子供扱いされておりましたよね?」
「ああ、正直、手も足も出なかったね」
「……予選ではあのサタア兄弟を上回るほどの実力者が集まってくるとか……たいへん申し上げにくいのですが、あの兄弟に歯が立たなかったお二人では、想像以上に厳しい戦いが待ち構えているはずです! ここは参加辞退を選ぶのが賢明かと思います」
「「……」」
お二人が黙り込みます。少し、いや、かなり意地悪な言い方でしたが、わたくしの率直な思いが伝わったのだと思います。
「この数日……枕元に……変なおっさんが立っていてよ」
「右に同じ! まったく同じ体験をしたよ」
「は、はあ……」
わたくしは嫌な予感がします。
「そのおっちゃんが夢か現かよく分からねえが、動きを指導してくれてな、家にある魔法書も初めてまともに読んでみたぜ」
「ああ、俺もまったく同じような体験をして、家の書庫にある古びた魔法書を久々に引っ張り出してきたのさ」
「そして、あらためて動きをとってみたところ……は~」
「教わった動きと書に記してある図面を参考に動いてみたところ……お~」
「「せい‼」」
「⁉」
ルッカさんの拳からは火の玉が飛び出し、シルヴァンさんの拳からは複雑に絡みあった長い木の枝が生えてきました。ルッカさんは満面の笑みで振り返ります。
「どうだ! 俺らも魔法を使えるようになったぜ!」
「まったく、自分の才能が恐ろしいよ」
「こ、これは……」
「単純な拳や蹴りにとどまらず、こういう技を使える今の俺らならば、予選大会なんて、恐るるに足らずだぜ!」
「この生える木々で絡みとれば、素早く動く相手を封じ込めることが出来る! 予選大会では敵はいないだろう!」
「……あまり調子に乗らないで下さい!」
気が付くと、わたくしは叫んでいました。お二人は驚いてこちらを見つめてきます。
「いや、あの、これはよ……」
「ははっ、調子に乗っちゃっていたかな?」
「い、いえ、あのですね、お二人が以前までのお二人とは違うということはよく分かりました。予選へ参加するとの熱い思いはもはやわたくしには止められません! ただ、油断大敵とはよく言ったものです。こんなときこそ基礎を大事にしていきましょう」
「基礎だと?」
「ええ、後一か月、今までやっていたように、あるいはおろそかにしがちだった基礎の動きをおさらいし、ひたすら反復練習を繰り返すことこそ肝要です」
「それで大丈夫なのかい?」
「不安になるのも無理はありません。ただ、そんなときこそ己を信じるのです。積み重ねた努力というものは決して自らを裏切りませんから」
「己を信じる……」
「努力は裏切らない……」
「実はわたくしの枕元にもスケベ、いや、怪しげ、いいや、徳の高そうなヒゲの御方が何度もお立ちになられたことがあるのです! その方から教わった動きをお二人にもお教えしましょう、多対一の戦いによく適した技です! これさえマスターすれば、四方八方から相手が飛び出してくると思われるバトルロイヤルも優位に立ち回ることが出来ます!」
「そ、それは凄げえ!」
「是非、お教え願いたいね!」
ルッカさんたちも目を輝かせます。
「では、参りますよ! せ~の!」
「「「そいや‼」」」
時の流れはあっという間で、早くもひと月経ち、大会前日になりました。わたくしは出発の為の荷物を整えて、門の先まで歩いていきました。
「お嬢様、馬車が参りました」
「ん? あ、あれは?」
「よおっ! 俺の馬車に乗りな」
「ルッカさん⁉」
「どうせ行先は一緒なんだ、遠慮すんなって……んん⁉」
「助かりましたね、執事長」
「ああ、うちの経済状況ではこれほどの大きさの馬車は用意できなかったからな」
「な、なんで、執事長とメイドまで乗ってくるんだ⁉」
「付き添いにくると聞かないもので」
わたくしは多少申し訳なさそうに頭を下げます。ルッカさんはやや愕然とされます。
「おいおい、約一時間の楽しい馬車旅になるはずが……」
「カードゲームでもするかい?」
「なっ⁉ お、お前! いつの間に!」
奥の座席からシルヴァンさんが顔を出します。
「帰りはウチが馬車を出すからさ、それで勘弁してくれよ」
「ったく、しょうがねえなあ! ん?」
「どうした?」
「あれ? イフテラム家の馬車じゃねえか? なんでこんなところに?」
わたくしが窓の外を覗くと、こちら側に向かってくる馬車から、一人の女性が降りてきてこちらに向かって歩いてきました。わたくしも馬車を降りて、慌てて駆け寄ります。
「リリアン!」
「良かった、ギリギリ間に合いました……ティエラさん、今回の大会に出場するのはどうかお考え直し下さい!」
「……わたくしの身を案じてくれているのですね、ありがとう。ですが、考えは変わりません。わたくしはこの大会をなんとしても勝ち抜かなければならないのです!」
「……止めても無駄なのですね……分かりました、ご武運をお祈りしております」
リリアンはわたくしの両手をギュッと握り締めてきました。
「ありがとう、リリアン」
わたくしは再び馬車に乗り、出発しました。振り向くと、リリアンが見送ってくれています。手からはリリアンの香水の匂いがわずかにしました。令嬢らしく香水をつけて、優雅にパーティーに参列する日々を取り戻すため、わたくしは予選会場に向かいます。
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