「へへっ! 命が惜しけりゃ、金と女を差し出しな!」
「ひ、ひぃ……」
「待て!」
女性とともに駆け付けると、モヒカン頭に独特なタトゥーを入れ、至る所にトゲトゲがついた服を着た集団が、ある建物を半壊状態に追い込んでいた。察するに商店かなにかだろうか。モヒカン頭のいかつい風貌をした男たちが、一斉に女性に視線を向ける。
「なんだあ、てめえは……?」
「貴様らごときに名乗る名などない、成敗してくれる……」
女性が刀を鞘から抜いて構える。
「へっ、やれるもんならやってみな!」
男たちが数人、女性に勢いよく殴りかかってくる。
「はっ!」
「がはっ!」
「せい!」
「ぐはっ!」
「えい!」
「どはっ!」
「……所詮はこんなものか……」
女性があっという間に男たちを叩き伏せてしまう。
「ぐ、ぐう……」
「い、生きている?」
「峰打ちというやつだ。刃と反対の部分で叩いた」
女性が刃の反対側を指でなぞる。今の一瞬の交錯でそんな器用なことを……この人、いわゆる『達人』ってやつか? 僕が感心していると、残ったモヒカン頭が声を上げる。
「ち、ちくしょう! 調子に乗るなよ!」
「待ちやがれ!」
「リ、リーダー!」
「この女、あの目障りな連中の中でも噂の『剣術小町』ってやつだ……」
「! こ、こいつが……!」
剣術子持ち? まだ若いようだが……。
「ふ、ふん、そのように持て囃して、油断させようとしても無駄だぞ……」
「か、顔が思いっきりにやけている!」
女性がまんざらでもなさそうな表情を浮かべ、小刻みに揺れている。よく分からんが、どうやら褒め言葉だったようだ。しかし、心理戦に弱そうだな、この人……。大丈夫か?
「バラバラに仕掛けるな! まとまってかかれ!」
「……ふん!」
「ごはっ!」
リーダー格の男の指示に従い、男たちが固まって殴りかかるが、女性は冷静にそれをいなしてみせる。僕の心配は杞憂だったようだ。
「ちっ!」
「!」
リーダー格の男が懐から黒い物を取り出す。あ、あれは、拳銃⁉ ひょっとして、さっきから聞こえていた火薬の弾けるような音ってこれのことか? てっきりお祭りでも行われているのかと思った……。っていうか、この地域には結構出回っているのか? 主に活動していた中央大陸(ただし辺境)ではほとんど見かけなかったな……。
「……」
「ふん、ビビって声も出ねえか? そのキレイなお顔に風穴開けてやるぜ!」
「はあっ!」
「⁉ なっ⁉ 銃弾を……斬っただと?」
「銃口の向きなどから、ある程度の弾道は予測出来る……これくらい造作もないことだ」
「バ、バケモノか!」
「バ、バケモノ……剣術小町から随分と格下げされたな……」
女性ががっくりと肩を落とす。
「リ、リーダー! ずらかりますか⁉」
「ば、馬鹿野郎! たった一人の女に蹴散らされましたなんて上に報告出来るか! ……! お、おい! 車の荷台に“アレ”があっただろう⁉ アレを使うぞ!」
「ア、アレですか⁉ 良いんですか⁉ 上の許可もなく……」
「緊急事態だ! そうも言っていられねえだろう! いいから早く持ってこい!」
「は、はい!」
「?」
女性が首を傾げる。やや間が空いて、モヒカン集団の下っ端数人が、重そうな鎧のようなものを持ってくる。リーダー格の男が笑みを浮かべて叫ぶ。
「よし、装着だ!」
「むっ⁉」
鎧が独りでに動き出して、男の顔と身体を包む。なにやらゴツゴツとした鎧だ。男が笑う。
「はっはっは! これで形勢逆転だ!」
「鎧で防備を固めるのは悪くない判断だが……攻めなければ勝てんぞ?」
「ふふふっ、ならば攻めてみるがいい!」
「後悔するなよ……!」
「むん!」
「なに⁉」
女性が斬りかかるが、男が腕を突き出し、刀を受け止める。その反応速度もさることながら、驚いたのがその硬さだ。女性の刀がポッキリと折れてしまったのである。
「喰らえ!」
「ぐおっ⁉」
男の繰り出したパンチが、女性の鳩尾を突く。まともに喰らってしまった女性は後方に派手に吹っ飛ばされてしまう。男が得意げにポーズを取る。
「ふははっ! 見たか! この『パワードスーツ』さえあれば、正義の味方気取りの貴様らなんぞ恐れるに足りんわ!」
「パ、パワードスーツ……?」
「う、噂では聞いていたが、『ギャング・イハタゲ』め、本格的に導入したのか……」
「だ、大丈夫ですか⁉」
片膝立ちになった女性に声をかける。女性は腹を抑えて苦笑を浮かべる。
「……あのスーツとやらは、着用した者の能力を格段に引き上げるという。かなりの攻撃力だな、あばら骨が何本かいってしまった……」
「ち、血が……⁉」
女性の口から一筋の血が流れる。女性がそれを指で拭って笑う。
「顔でなくて良かったな……」
なんか軽口を叩いているけど、余裕ぶっている場合じゃないだろう。僕は提案する。
「ここは撤退しましょう!」
「却下だ」
「そ、そんな⁉」
「悪を駆逐して、正義を示すのが私たちの役目……!」
「私たち?」
「奴らをこのまま野放しには出来ん……」
女性がゆっくりと立ち上がる。僕は声を上げる。
「その身体では無理ですよ! カタナも折れてしまったではないですか!」
「刀は魂だと言っただろう?」
「え?」
「魂は折れることはない!」
「‼」
女性がパワードスーツを着た男に飛びかかる。男が笑う。
「はん! そんな身体で何が出来る! なっ⁉」
「はああっ!」
「むう!」
女性が巧みに相手の懐に潜り込み、刀の根元と柄の部分で半ば強引に殴りつけるが、男の顔面も硬く、傷を付けるまでには至らない。女性が苦い表情になる。
「ぐっ……」
「ふん、悪あがきを!」
「ぬはっ!」
強烈なキックを脇腹に喰らい、女性が地面に転がる。女性はなおも立ち上がろうとする。
「しぶといな、そろそろケリをつけるか……」
男が女性の下に歩み寄る。マズいぞ、どうすれば? 攻撃魔法で援護するか? ダメだ、詠唱に時間がかかり過ぎる! 回復魔法は? 同じく時間がかかるし、今の彼女を回復したところで、どうにかなるものでもない! 待てよ……魔法?
「くっ……!」
「ん?」
僕は女性と男の間に割って入り、両手を前に突き出す。水が両手の指先からピョロピョロと出る。我ながらショボい……これではどうにも……いや! これに懸けるしかない!
「うおおおおっ!」
両手の指先から大量の水が噴き出す。男がそれを見て笑う。
「なんだ? 宴会芸の練習ならよそでやれ、小僧」
なんでも考えよう、使いようだとアヤコさんも言っていた! 考えろ! この水で何が出来る⁉ いや、己が水と化す……⁉ ん⁉ これか!
「! なんだ⁉」
次の瞬間、不思議なことが起こった。僕の身体が剣のように変化したのだ。女性が戸惑う。
「み、水色の剣?」
「僕を使って下さい!」
「! そ、その声は、魔法使いか⁉ どうなっている⁉」
「分かりませんが、水と一体化しようと念じてみたらこうなりました!」
「わ、わけが分からんが……」
「いいから早く!」
「くっ! 使わせてもらうぞ!」
女性が剣となった僕の柄の部分をガシッと掴む。
「あっ……」
思わぬ刺激に僕は吐息を漏らす。女性が困惑する。
「な、なんだ、その声は⁉」
「いや、ちょっと気持ち良いっていうか、びっくりしたっていうか……」
「な、なにか嫌な感じだな……」
「あ、相手が迫ってきています!」
「ちぃ!」
「ふ、ふん! そんなおもちゃで何が出来る!」
「おもちゃも使いようだ……『斬撃』!」
「うおおっ⁉」
女性が剣(僕)を振るい、男のパワードスーツを破壊する。僕は声を上げる。
「や、やった!」
「ふむ、どうしてなかなか……かなりの切れ味だな……これは……って、ええっ⁉」
「やりましたね!」
「う、うわあっ⁉」
「ぎゃん!」
僕は思い切り投げ飛ばされる。女性が手を拭う。
「くっ……」
「きゅ、急に投げ飛ばすなんて、どういうつもりですか⁉」
「こ、こっちの台詞だ! な、なんだその破廉恥な恰好は!」
「え? おわっ⁉」
僕は自分の状態を見て驚いた。一糸まとわぬ姿だったからである。
「は、早く服を着ろ!」
女性が近くに落ちていたローブを拾い、僕に向かって投げつける。
「に、逃げろ!」
残っていたスキンヘッドの男たちが逃げ出す。女性が舌打ちする。
「ちっ……まあ、今回はスーツの残骸を持ち帰れば良しとするか……」
「水を操るというか、自身を水のように様々な形状に変化させることが出来るのか? 確かに考えよう、使いようによっては強力な魔法かもしれないな……魔法なのか?」
「おい、魔法使い」
「……あ、はい。何ですか?」
「行く当てが無いのであれば、私たちのところにでもこないか?」
「え? い、良いんですか?」
「その奇妙奇天烈な魔法……色々と使いようがありそうだ。手袋が必須のようだが……」
後始末を終え、僕は女性の後をついていき、大きな街の中心地にある特徴的な建物に着く。
「こ、ここは……『スタジオ&シアター』?」
「ああ、ここで私たちが上演した芝居や撮影したドラマが機器を使ってラグーア諸島全域に向かって放送されている。そうやって人々に娯楽を提供するとともに、先ほどのように悪を駆逐している。つまり私たちはこの地域の人々の身と心の安寧を同時に守っているのだ」
「芝居……⁉ ドラマ……⁉」
「私は『活劇』を得意とする女優、ムツミだ……そういえば、名前はなんという?」
「え? ユ、ユメナムです……」
「ユメナム、ようこそ、『夢の遊撃隊』へ!」
「ええっ⁉」
突然のことに僕は唖然とする。
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