お前、全然大したことないよ

さらす
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第五話 疑惑

公開日時: 2021年12月9日(木) 20:01
文字数:3,112


 東と牧野さんのいざこざから一週間が経ち、学園祭の日が三週間後に迫ってきた。あれから牧野さんは一度も音楽室に来ることはなく、バンドも東の意見を採用したようだった。

 相変わらず、放課後には音楽室に東の演奏が響き渡っていて、女子たちの注目の的になっていた。だけど僕の頭には、牧野さんのことがずっと残っていた。


 彼女は周りのみんなが東を支持する中、ただ一人反対意見を出した。いや、そもそも最初から東のやり方に懐疑的な様子だった。

 本当は、僕もああやって東に意見したかったんじゃないのか? 東の言動がおかしいってずっと思ってたんだから、牧野さんのようにはっきりと意見するべきなんじゃないのか?

 あれから彼女はどうしているんだろう。東にあんなことを言われて、傷ついているんじゃないだろうか。


 そんなことを思っていたある日の昼休み。僕は購買にパンでも買いに行こうとして、一年の校舎の廊下を通っていた。すると、階段の踊り場の隅で何人かの女子が誰かに詰め寄っている姿が見えた。


「ねえ、牧野さん。東先輩に謝ったの?」


 『牧野』という名前を聞いた僕は、思わず足を止めた。目を向けると、詰め寄られている女子は確かに牧野さんだった。


「なんで私が謝る必要があるの? どっちかっていうと、失礼なことを言ったのは山田先輩の方じゃないの?」

「アンタみたいな不細工が東先輩に意見していいわけないでしょ? 東先輩もあの時怒ってたじゃん」

「じゃあ私だって怒ってるよ。初対面の人間にあんなことを言うなんて、めっちゃ失礼だと思うけど」

「アンタがお笑い芸人に似ているのは事実じゃん。東先輩はアンタのためを思って言ったんだよ」


 クスクスと笑う女子たちに対して、牧野さんは顔を真っ赤にしていた。どうやらあまりよろしくない状況らしい。


「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、東がなにかしちゃったかな?」


 見かねた僕は、女子の集団に声をかけた。僕の姿に気づいた彼女たちは、気まずそうに後ずさる。


「僕、東の友達なんだけど、東がなにかしちゃったなら代わりに僕が謝るよ。ごめんなさい」

「い、いや、大丈夫です。それじゃ」


 女子たちは慌ててその場から離れ、僕の前には牧野さんだけが残った。


「大丈夫? 牧野さん」

「え? なんで、私の名前を?」

「いや、僕もあの時音楽室にいたからさ……」

「そうなんですか。じゃあ、私を笑いに来たんですか? 山田先輩のお友達として」


 敵意を込めた目で僕を睨んでくる牧野さんに思わず怯んでしまうけど、僕は彼女に聞きたいことがあった。


「違うんだ。牧野さんはなんで、あの時東に意見したの? 見た感じ、東の演奏を聴きたくて音楽室に来たようには見えなかったけど」


 僕の質問に対して、牧野さんは少し表情を緩めて答えた。


「そんなことを聞きたかったんですか。私は友達に連れてこられて音楽室に来ただけです。演奏を聴いたらさっさと帰ろうと思ってました。でも、山田先輩があまりにも横暴で、周りの意見を聞かない人だったから、口出ししちゃっただけです」

「でも、東の言う通り、上手い人がバンドを引っ張っていくのは自然なことなんじゃないの?」

「上手い人、ですか?」


 すると、牧野さんは真剣な顔で言った。


「あの人、そもそもそんなに大したことないんじゃないですか?」


 その言葉は、僕の中にある大前提を覆すものだった。


「え、え? いや、だって東の演奏はすごいし……」

「確かにあのバンドの中では抜きんでた腕を持っているとは思いますけど、それだけですよ。あのくらいのレベルだったら、インディーズでもゴロゴロいるはずです」

「な、なんでそんなことわかるの?」

「私のいとこがインディーズのバンドで活動してまして、私のその手伝いをしているんですよ。だから何組かの演奏を聴いたこともありますし、たぶん山田先輩より私のいとこの方が上手だと思います」

「じゃあ、君が東に意見したのって……」

「あの程度の腕なのに、なんでそんなに偉そうなのかって思ったからですよ」


 ……本当なんだろうか。

 今までずっと、東は天才だと思っていた。才能に溢れていてそれでいて努力も重ねている、完璧な人間なのだと思っていた。

 だけど、もし。もし東の才能がそんなに高いレベルではなかったとしたら。


 僕は……


「ねえ、牧野さん」

「なんですか?」

「今度の学園祭に、そのいとこの人がやってるバンドを呼ぶことってできるかな?」

「は? まあ、人前で演奏できるチャンスがあるならどこでもやりたいとは言ってましたけど。活動拠点のライブハウスもそこまで遠い場所じゃないですし」

「もしいけるなら、僕から実行委員に頼んでみるからさ、是非とも呼んでみてくれないかな?」

「……いいですよ。私も山田先輩をぎゃふんと言わせたいですし」


 そう言って、牧野さんはいたずらっぽく笑った。

 ああ、なんだ。こういう笑顔もできる子なんだなあ。


 

 次の日の放課後。僕はすぐに文化祭の実行委員をしているクラスメイトに話を持ちかけた。


「は? 学園祭に外部のバンドを呼びたい?」

「友達のいとこがやってるらしいんだけどさ。なんとか出番の枠を作れないかな?」

「うーん。外部のバンドを呼ぶってなると、出演料とか払うことになるんだろ? そうなると俺たちだけじゃなくて、先生にも相談しなきゃならないだろ」

「ああ、それなら友達が先生に確認したら、予算はあるって言ってたから大丈夫だよ」


 牧野さんには実行委員の統括をしている先生に話をしてもらい、いとこのバンドが提示した出演料を提示したところ、問題ないと言っていたそうだ。元々バンド側もそこまで知名度がない自分たちが大勢の前で演奏できるだけでチャンスだと考えているようで、相場より安い出演料を提示したらしい。


「ふーん、面白そうだな。わかった。先生にも話が通ってるなら、提案してみるよ」

「ありがとう。そういえば、東のバンドも演奏するんだよね?」

「ん? ああ、そりゃ、今回の学園祭の目玉だからな。みんなの注目の的だよ」

「それじゃ、東には僕から言っておくよ。それじゃ、頼んだよ」

「おう、任せとけ」


 おそらくこれで、牧野さんのいとこを呼ぶのは問題なさそうだ。あとは……東がどう言うか。


 音楽室に入ると、東たちは一旦休憩に入っていたようで、東以外のメンバーは椅子に座って休んでいた。一人だけソロパートを何度も練習している東に声をかける。


「東、話しかけて大丈夫?」

「……」

「あずまぁー!」

「ん? ああ、甲介か。ごめんごめん」


 ようやく僕に気づいたのか、手を止めた。相変わらず、熱中すると周りの声が聞こえなくなるらしい。


「それで、どうしたの?」

「いやさ、後で学園祭の実行委員からも話があると思うんだけどさ、学園祭で外部のバンドを呼ぶことになりそうなんだよね」

「え?」


 僕の話を聞いた東は、楽しそうな表情になった。


「外部のバンドって、どんな人たちなの? もしかして、プロのバンドとか?」

「え、いや。メジャーデビューとかはしてない人たちだよ。でも、実力はあるみたいで……」

「へえー。でも、なんか意外だな。甲介にそんな知り合いがいたんだね」

「僕の知り合いじゃないよ。ええと、友達のいとこなんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、俺たちもその人たちに負けてられないな」


 顔を叩いて気合いを入れた東は、バンドメンバーに声をかける。


「よーし、じゃあ練習再開するよ! それと、今回の学園祭に強力なライバルが現れたから、もっと気合い入れていこう!」


 東の声にバンドメンバーたちは少し疲れた顔をしながらも、位置につく。こういう時に奮起できるのが東のいいところだ。


 ……だけどそれで奮起するのは東だけであって、周りの人間が同調してくれるとは限らない。それがわかってないのが、東の悪いところだった。

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