お前、全然大したことないよ

さらす
さらす

第六話 いい人

公開日時: 2021年12月12日(日) 18:30
文字数:2,760


 学園祭に外部のバンドを呼ぶことが正式に決まった数日後。昼休みに牧野さんが僕の教室にやってきた。


「岸さん、ちょっといいですか?」

「あ、うん。なに?」

「ここじゃまずいんで、ちょっと職員室の前に来て下さい」

「わかった」


 言われた通りに職員室の前に行くと、背の高く金色の短髪の男性がこちらを見ながら微笑みかけてきた。


「おっ、美代子ちゃん。こんにちは」

「こんにちは、有彦(ありひこ)さん」


 男性が見ていたのは、僕じゃなくて牧野さんの方だった。牧野さんはその向かいに立つと、まずは頭を下げる。


「今回は急なお願いを受けてくれて、ありがとうございます」

「そんな堅苦しいこと言わなくていいよ。俺たちだって、高校生がたくさんいるところで演奏するのはいい機会だと思ってるんだからさ」


 挨拶を終えると、牧野さんがこちらに向き直り、男性を紹介する。


「こちらが私のいとこの、牧野有彦(まきの ありひこ)さんです」

「初めまして。君が岸甲介くんかい? 今回の件を提案してくれたっていう」

「あ、はい。岸です。初めまして」


 好意的に差し出された右手を見て、慌てて両手で握手してしまう。それを見て、有彦さんは楽しそうに笑った。


「あはは。岸くんもちょっと堅苦しいタイプだね。別に俺たちは有名人ってわけじゃないんだからさ。くだけた感じで接してくれよ」

「あ、はい……」


 そもそも僕は、東以外でバンドマンという人に関わったことがない。だから有彦さんたちを見て萎縮してしまっていた。


「それでさ、今日は学園祭の出演にあたって、学校側と打ち合わせに来たんだ。放課後には実行委員の生徒さんたちとも顔を合わせるけど、岸くんにも一言挨拶しておきたくてさ」

「ありがとうございます。でも、僕はただ提案しただけですよ」

「それがなきゃ、こんな機会を俺たちは掴めなかったよ。ただ、呼ばれておいてなんだけどさ、なんで俺たちをここに呼ぼうって話になったの?」

「あ……」


 そうだ。そう言えば、僕はなぜ有彦さんたちを学校に呼んだのか。それを説明していない。というか、僕自身にもよくわかってない。

 どうしよう。なんて説明しよう。


「有彦さん、それは私から説明しますよ」

「ん? 美代子ちゃんから?」

「この学校に、山田東っていう人がいるんですけど、その人の鼻っ柱を折ってほしいんです」

「え!?」


 あまりにもはっきりした物言いに、僕の方が驚いてしまった。


「……なんか物騒な言い方だな。でも、そういうの嫌いじゃないよ」


 牧野さんの言葉に、有彦さんも不敵に笑う。どうもこの人も、いい性格をしているようだ。


「廊下で立ち話をするのもあれなんで、音楽室に来て下さい」


 そうして僕たちは、音楽室に向かった。



「じゃあ、聞かせてもらおうじゃないか。その、鼻っ柱を折ってやりたいって話の真意を」

「そうですね。まず、数日前の話をしましょうか」


 牧野さんの口から、東がメンバーを振り回していることや牧野さんが東に意見したこと。そして東が牧野さんへ向けた発言などが語られた。


「あー、そういうタイプね。なるほど」


 一通りの話を聞いた有彦さんは、納得したように呟いた。


「『そういうタイプ』って、他にも会ったことがあるんですか? 東みたいな人に」

「ん? そりゃこういう技術や実力がものをいう世界だったらたまにいるよ。少し上手くなったら、自分が絶対だと思うタイプ」

「では、次に山田先輩の演奏を見てもらいましょうか。岸先輩、今持ってますよね?」

「あ、うん。言われた通り持ってきたよ」


 事前に牧野さんから東の演奏を収めたDVDを持ってきて欲しいと言われていたので、東から借りてきていた。当然、東にDVDを借りる目的は言っていない。

 プレーヤーに入れて再生すると、東たちの演奏が流れる。その映像を有彦さんは真剣な表情で見ていた。

 一通りの演奏が終わると、DVDの再生も終わる。モニターの画面がメニューに切り替わると同時に、有彦さんは僕を見て言った。


「岸くんさ。もしかして、東くん関連で何か迷惑を被ったことがあるんじゃない?」


 胸の中でドキリという音がしたような気になった。それほどまでに、今の有彦さんの言葉は僕が普段感じていることを言い当てていたからだ。


「なんで、そう思ったんですか?」

「今の映像を見て、演奏以前に東くんが周りのメンバーに対して『お前らが俺に合わせろ』って態度を取ってて、まるでバンドがまとまってないって思ったからだよ。多分、彼は普段から周りに合わせるってことを全然しないタイプなんじゃないかな?」

「……そ、その通りです」

「やっぱりそうか。その結果が、美代子に対する『お笑い芸人』発言ってわけね」


 そう呟くと、有彦さんは表情を切り替えて鋭い目つきになった。


「……どんな演奏をしようとそいつの勝手だけど、カワイイいとこを皆の前で笑いものにしたのはちょっと許せないかな」


 小さいけど、確かな怒りが含まれた声を聞いて、身を震わせてしまう。よくよく考えたら、身内を大勢の前でさらし者のように扱われたら、怒るのは当然だ。


「オーケー、わかった。東くんの鼻っ柱をへし折る話、乗ろうじゃないか」

「ありがとうございます、有彦さん。山田先輩に見せつけてやりましょう!」


 盛り上がる牧野さんと有彦さんを見て、僕は少し考えてしまう。

 本当に、これでよかったのだろうか。確かに有彦さんを学園祭に呼ぶと提案したのは僕だし、おそらく東に目に物を見せてやろうと思っていたのも僕だ。だけど、本当にそれでいいのだろうか。

 いや、いいに決まっている。僕は前から東に振り回されてきた。僕だけじゃなく、東は周りのみんなに対して遠慮なく接してきた。ここらで一回、痛い目に遭わせたってバチは当たらないはずだ。

 自分を無理矢理納得させようとしたところで、有彦さんが声をかけてきた。


「あ、そうだ。美代子と岸くんにもう一つ言いたいことがあるんだけど、いいかな?」

「え、あ、はい。なんですか?」

「あのさ、この東くんなんだけど……」



 ※※※



 数分後。


「さて、そろそろ時間だから俺は先生たちとの打ち合わせに行くよ」

「あ、はい。ありがとうございました」

「こちらこそ、岸くんと話せてよかったよ。それじゃ、当日また会おう」


 そう言って、有彦さんは職員室に向かっていった。


「ねえ、牧野さん」

「なんですか?」


「君のいとこ、すごくいい人だね」


 ……さっき、有彦さんが僕たちに言ってくれた言葉。おそらくあれは、本心から言っているんだろう。

 だから彼は、いい人だ。


「そうでしょう? 私がバンドの手伝いをする理由もわかるでしょう?」


 牧野さんは僕の言葉に対して、この前のようないたずらっぽい笑顔で応えた。


 よし、準備は整った。これから僕らは東に恥をかかせる結果になるかもしれない。だけど……


 『僕ら』が東に向き合うために、これは必要なステップだ。




 そして……学園祭当日を迎える。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート