この学校では、全校集会が週に一回、木曜日の朝に開かれる。
集会と言っても、別に堅苦しいものじゃない。校長先生が三分間ほど話をして終わる、どこの学校でもあるようなものだ。
ただ、この全校集会では、生徒が壇上に上がって話をすることもある。委員会や部活動の勧誘、校外活動への呼びかけ、とりあえず全校生徒に伝えたい話があるときは、この集会で話をするシステムになっていた。
とは言っても、わざわざ全校生徒の前に立ってまで話したいことがあるなんて生徒は滅多にいないので、基本的にはこの集会で話をするのは校長先生は生活指導の先生くらいだった。
だけど今回の集会では、わざわざ壇上に上がって話をしたいという物好きがいた。
「えー、以上をもちまして、私の話は終わりです」
校長先生の話が終わって、生徒たちの間に少し緩んだ空気が流れる。しかしその後、進行役の先生が皆に注意をした。
「みなさん。まだ集会は終わっていません。私語は慎むように」
皆が不思議な顔で壇上に目を向ける中、先生が告げる。
「それでは次に、二年生の山田東くんから、みなさんに伝えたいことがあるそうです」
東の名前が発せられた直後、体育館の中をどよめきが走る。今や東は、この学校において人気者じゃない。それどころか、忌避される存在だ。
そんな東が壇上に立つということが、どれほどの勇気がいることなのか。皆はそれをどこかで理解していたのかもしれない。
先生の言葉の後、東が壇上に立ち、マイクの高さを合わせる。
「おはようございます。二年生の、山田東です」
東の顔は、いつものような無邪気なものではなく、緊張感をもった真剣な顔だった。
この状況でヘラヘラしているべきじゃないと、彼の中での思いがあるのかもしれない。
「今日は、みなさんに伝えたいことがあって、この場を借りさせていただきました」
そして、東は皆を見て言った。
「本当に、申し訳ありませんでした!」
これで見るのは二度目となる、東の謝罪だった。
皆に深々と頭を下げて、しばらくその場に静止していた。
以前の東を知る者にとっては、ありえない光景だろう。それほどまでに、東は他人への気遣いというものを知らなかった。
だけど――
「なんだよ、どうせパフォーマンスで謝ってるんだろ?」
誰かが東にも聞こえるようにそう言った。それでいて、誰が言ったのかはわからないくらいの声だった。
しかしその声をきっかけにして、皆の不満は一気に噴出した。
「ていうかさ、皆の前で謝れば帳消しになるとでも思ってるの?」
「本当に申し訳ないと思ってるのなら、一人一人に対して謝れよ」
「全然反省してねえなあいつ」
「そんなんで自分の人気が回復するとでも思ってるのかな」
東の精一杯の謝罪に対して、あざ笑うかのような声を上げる生徒たち。その一つ一つの言葉が、東を傷つけているのは明らかだった。
正直言って、僕はこうなることを予期していた。だから僕には、東が『皆に謝りたい』と言った後に決意していたことがある。
「みなさん、静かに! それでは続いて、二年生の岸甲介くんから伝えたいことがあるそうです」
進行役の先生が今度は僕の名前を呼び、それに従い壇上に立つ。
壇上から見る全校生徒の姿は、とても小さく見えた。いや、たぶんこれが東が今まで見ていた景色なのかもしれない。誰も東に寄り添うことはせず、誰も東を理解しようとしなかった。だから東は、誰のことも気遣えなかった。
「おはようございます、二年生の岸甲介です。初めに言っておくことがあります」
今なら、僕も言えると思う。あの言葉を。
「お前ら、全然大したことないよ」
自分でも驚く程に、緊張することも、恐れることもなく、まるで日常会話のように言葉が出た。
「さっき、東に文句言ってた人たち、その言葉を壇上に上がって東の目の前に立って言ってみてくださいよ。東に文句があるんでしょ? 一人一人に謝ってほしいんでしょ? だったらこの場所に立って、東に文句を言ってくださいよ」
先ほどとは打って変わって、誰も言葉を発さなかった。気まずそうに俯いている生徒も見える。だけど僕は、容赦しない。
「みなさん、恥ずかしくないんですか? 今まで東を持て囃しておきながら、彼が大したことないってわかった途端に文句を言い始めるなんて。文句があるなら初めから言えばよかったんですよ。それが出来ないのなら、東より僕たち周りの人間が大したことないんですよ」
……今まで、僕も、皆も。
東は天才だから、無神経な言動も許されているんだと思っていた。
でも、そうじゃないんだ。
「天才だから、無神経でも許された? そうじゃないでしょう。東は一度だって、『俺の行いを許してくれ』なんて言ってない。僕たちが勝手に彼を天才だって持て囃して、勝手に彼を許してたんですよ。誰も東のことを注意せずに、それでいいって言ってたのは僕たちの方じゃないんですか?」
僕たちが東を注意するなり、文句を言う機会はいくらでもあったはずだ。でも、僕たちはそうしなかった。東が天才だからという認識を勝手に共有して、勝手に言いづらくなっていた。だから東も、気づくことができなかった。
「今まで僕たちは東に対して不満を言わなかったのに、天才じゃなくなったのを確認したら、安心して不満を言えるようになった。そんなだから、僕たちはいつまで経っても東から気遣われないんじゃないんですか? 東に文句を言う前に、自分たちの行いを見直すべきなんじゃないんですか?」
そもそも、東が皆を気遣わなければいけない理由なんてない。気遣われたいのであれば、皆が東に歩み寄るべきだったんだ。
「もう一度、考えてみてください。さっき、東は皆に向けて謝りました。自分の今までの行いが、無神経であると認めました。それでも許せないのであれば、それも自由です。でも、文句を言いたいのであれば……」
そして僕は、皆を見渡して言う。
「東と同じ、この壇上に立ってから言えよ」
これで、言いたいことは全部言った。その後、どうなるかは知らない。
僕も皆からつまはじきにされるかもしれない。でも、それでいい。
もう、他人に言いたいことを我慢して生きるのはまっぴらだ。
「……東くん、ごめんなさい!」
その時、誰かが叫んだ。誰の声かはわからないけど、確かに謝罪の声だった。
見ると、一人の女子がこちらに駆け寄って東にむかって叫んでいる。この前、東にギターの練習のことで注意されて泣いていた女子だ。
「東くん! 私、ギターの練習頑張るから! この前、勝手に泣き出してごめんなさい!」
謝罪を受けて、東が驚いている。だけど、この謝罪がきっかけだった。
「俺も……俺もごめん! 東! いくらなんでも都合のいいこと言いすぎた!」
「ごめんなさい、東くん!」
あちこちから、謝罪の声が上がってくる。戸惑う東に対して、僕がやることは決まっていた。
「東、言うことがあるんじゃないの?」
彼の背中を押して、マイクの前に立たせる。その時、東が久しぶりに笑顔を浮かべた。
「みんな! 俺、もう一度ギターの練習、頑張るよ! 皆に迷惑かけた分、絶対にもっと上手くなるから! だから、もしよかったら、また聞いて欲しいな!」
東の宣言に対して、皆が歓声を持って迎えてくれた。もう、大丈夫だ。これで、皆も東に対してちゃんと向き合えるはずだ。
そう思っていると、東は僕に対して向き直った。
「甲介……すごい、すごいよ! 甲介じゃなかったら、こんなことできなかったよ!」
興奮した様子で語りかける東だったけど、僕は大したことをしたとは思ってない。
「ねえ、東。僕さ、もう一度、小説書いてみようと思うんだ」
今だったら、僕ももう一度、小説を書いてみる気になれると思った。わざわざその宣言を東にしたのは、彼の返答が欲しかったからだ。
そして東は、僕が欲しかった答えをくれた。
「……書き上がったら、持ってきてよ!」
お前、全然大したことないよ 完
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