私があの聡明にして残酷で、冷酷無比な皇女に初めて出会ったのは、8歳になりたての頃だった。
当時の帝国では身分の高い貴族や皇族の女性は、結婚するか進学するまでは修道院に預ける風習があった。そこでは数十人の女性が同じ宿舎で2人から4人ずつの部屋で寝泊まりするのが通例となっていた。
私は修道院の宿舎で彼女と同室になった。
国家が滅亡してしまった今となってはもはや意味はないが、私の生まれであるアルドラゴ家もそれなりに身分が高く、当時の修道院で皇族である彼女の身分と釣り合いがとれるのが、私だけだったために、同室を押しつけられたという事情がある。
皇族と同室だなんていったいどんな罰ゲーム? と当時は思ったものだ。
気位が高くて、自分の着替えすらできないお人形のようなお姫様だったらいったいどうしようかと。「スプーンが重くて持てないからご飯を食べさせてちょうだいな」なんて言われた日には、思わず手が出るかもしれない。
皇族への暴力は死罪だ。
お父さんお母さん、ごめんなさい。
そんな心配は完全に杞憂だった。彼女――帝国第三皇女メアリ・ヴァン・スチュアトリカは、私の想像するお嬢様とはかけ離れた、良い意味での皇族らしい人物だった。
彼女は活発で明るく、自分でできることはなんだって自分でやった。着替えだって自分でやったし、荷物も自分で運んだ。普通、身分の高い子は同室の身分の低い子にそういった雑用を押しつけるものだというのに。彼女は対等の友人として私を扱ってくれた。
私が噂話や遊びを持ちかけると喜んで乗ってくれた。それは他の子にも同じだった。メアリを慕う人も多かったように思う。
そして、いつもどこかうらやましそうに空を見ていた。まるで、篭で飼われている鳥が、外の世界に憧れているように。
あの夜もそうだ。
彼女が初めて脱走という禁を犯したあの日も、彼女は私がした外の世界の話を、目を輝かせながら聞いていたものだ。
あのとき、彼女にどんな心境の変化があったのかは想像もつかない。
想像もしたくない。
皇族という約束された幸福を手放し、あろうことか人類の大敵である銀翼竜についていくことを選んだ彼女の思考など。
でも、たしかにあのとき、あの瞬間までは私と彼女は良き友人であったし、そして今でも思うのだ。
あのとき、私が彼女の手を掴んでさえいたのなら――
世界は、彼女によって滅ぼされることはなかったのではないか、と。
帝国が滅亡し、彼女が処刑された今となっては、もはや何もかもが遅いのだけれど。
いや、だからこそ知りたいと思った。
私は色々と手を回し、彼女の足跡をたどり、色々なことを知った。
そして、綴っておきたいと思った。
私が知り得た、彼女の物語を。
又聞きも多いし、私自身が理解できないことも多い。
想像になる部分もかなりあるが、それで良ければ聞いて欲しい。
醜悪と罵られ、
残忍と誹られ、
冷酷無比と恐れられ、
死んで当然と評され、そして――
『魔銀のメアリ』と呼ばれた、彼女の物語を。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!