世界樹の巡り人

1章 邂逅のバナーバル
くらんど
くらんど

十一話 時計台の戦い④

公開日時: 2022年2月19日(土) 21:00
文字数:3,876

 時計台広場に面した道路へ八台の軍事用車両が到着した。先頭に装甲車が一台、続く七台は兵搬送用の幌車だ。

 停車した車両からオレンジ色の戦闘服姿に身を包んだクエスタ治安維持部隊員が続々と降りる。彼らは淀みない動きで広場へ進入すると素早く整列していく。

 車両から遅れて一台のモービルが到着した。治安維持部隊員が運転するモービルの後部席には、一人場違いなスーツ姿の女性が乗っている。

 歩道の段差を乗り越えて広場へ進入するモービル。

 停車すると彼女はヘルメットを外す。栗色のポニーテールを揺らし、ユイナはジャケットのポケットからモバイルを取り出して耳に当てると凛とした声で指示を出した。


「時計台周辺に市民が集まっています。直ちに避難を促してください」


 ほどなく装甲車に設置されたスピーカーから、時計台へ向け大音量の警告が発せられる。


『クエスタ治安維持部隊だ! 道を開けろ! 直ちに暴徒を制圧する!』


 警告の直後、整列した部隊は三〇〇mほど先の時計台を目指して一斉に移動を開始。

 突然背後からの大音量にあわてた野次馬たち、蜘蛛の子を散らすように治安維持部隊を避けて時計台への道を開く。

 人の群れが作る一本道をオレンジの部隊が一斉に駆け抜けた。

 ユイナを乗せたモービルも発進すると、部隊の横を颯爽と駆け抜けていった。



 時計台に到着したユイナは、時計台の足元で繰り広げられる光景に目を疑った。


「な、何が起こっているんですか」


 十数人のエンブラ兵が怪我を負い地面に倒れ、エンブラ帝国の特使であるレオン率いる白鯨隊が赤髪の青年と戦っていた。

 レオン達と対峙するグエンは、溶鉱炉で解けた鉄のように輝く刀を操り、白鯨隊の大楯を切り裂き、彼ら精鋭兵が振るう青みがかった白銀のサーベルを断ち切っていく。

 サーベルを両断された白鯨隊員は驚愕し後退する。


「重銀製のサーベルを断つだと!」


 軽く息を切らせたグエンは、白鯨隊の後ろに立つレオンに吠えた。


「エンブラ王家に似せたその金の装飾は文字通り飾りか! 怯えて戦えないと言うなら、子守り役の部下ごと焼き尽くすぞ!」


 グエンは刀身を垂直に下ろすと石畳に切っ先を当てる。彼が全身に力を漲らせると、紅蓮に煌めく刀身が輝きを増し橙色へ変化していった。

 刀身から炎の雫がボタボタと滴り、石畳に触れ小さな火柱を上げる。

 苦々しい表情でグエンを睨むレオンは、ベルトにつけたホルダーから半透明なシリンダーを一本抜き取った。彼の手を白鯨隊の一人が止める。


「レオン様お待ちを! 今それを使うのは得策ではありません!」

「何を言う! あれだけの侮辱を受けて黙っていろと言うのか!」

「クエスタの部隊が来ています! あれらの前でこれ以上は!」


 白い小手が指さす方向を見て初めてレオンはクエスタ治安維持部隊の到着に気が付いた。野次馬が開けた道から、数十人からなる部隊が迫っている。


「我が兵をやられても尚、黙っていろと言うのか!」

「……バナーバルでの戦闘は今日が初めてではありません。これ以上、ことを荒立てては任務に支障をきたすかと」

「……くっ。わかった。だが、あの者がどう出るか」


 グエンに視線を戻すと、火柱と化していた彼はすでに鎮まっていた。炎を纏わずクエスタの部隊を横目で見ている。

 対峙する敵の視線を辿るレオン。一台のモービルが加速し、クエスタ部隊から離れこちらへ向かってきていた。

 オレンジ色の戦闘服を着た隊員が運転するモービルの後部席には、スーツ姿のユイナが同乗している。

 モービルはグエンとレオン達の間にまっすぐ走行し止まった。後部席に乗ったままユイナが叫ぶ。


「お待ちください! 市内での抜剣・発砲及び戦闘行為は禁じられているはずです! ただちに戦闘行為を中止してください!」


 彼女の静止に続き、クエスタの部隊が時計台前になだれ込んだ。

 ユイナを中心に展開し、エンブラ兵とグエン達を包囲しライフルを向ける。

 レオンは右手を掲げて一拍置いてから下ろした。彼の仕草に白鯨隊はサーベルを鞘に納め、レオンの周囲へと集結する。

 クエスタ部隊の介入を受けて、グエンも刀を鞘に納める。

 モービルから降りるユイナ。オレンジ色の戦闘服の隊員を4人伴いレオンに歩み寄る。


「一つ聞きたい。……その赤髪の男、クエスタの人間か?」


 グエンを指差すレオン。ユイナはちらりと背後を振り向き首を振る。


「いいえ、我々とは無関係の方です。何が起きたのかはこれから調査いたしますので、改めてご連絡さしあげます」

「クエスタの人間でなければ問題ないな。その男、このままこちらに引き渡して貰おう」

「それはできません。バナーバル内で起きたことです。バナーバルの法に従いクエスタが対応いたします」

「我が兵には甚大な被害が出ている。このまま黙っていろと?」

「こちらも、度重なるエンブラ兵士による暴動の被害で死者が出ております。……レオン様一行は話し合いの為の使者と伺っております。どうか冷静なご判断を願います」


 レオンの目を正面からまっすぐに見据えるユイナ。レオンは息を吐く。


「ふう……ご婦人には敵いませんね。白鯨隊、動けぬものを運んでやれ。応援を呼べ、撤収する」

「は、ただちに。……あちらはどういたしますか」


 声を潜め兜の隙間から目配せする白鯨隊員。治安維持部隊に保護されているエリエラを横目で見ると、レオンは耳にかかる金髪を掻き上げた。


「……手は打ってある」


 レオンの言葉に白鯨隊員は無言で頭を垂れさがった。

 治安維持部隊員がグエンを取り囲む。

 不服そうなため息を一つ残してレオンは白鯨隊と共に時計台広場から撤収を開始した。

 彼らの後ろ姿を見届け、ユイナは治安維持部隊員を引き連れてグエンのもとへ赴く。抵抗する様子のないグエンに彼女は毅然とした態度で接した。


「とんでもないことをしてくれました。あなたをクエスタ本部へ連行いたします。詳しくは本部で取り調べを行いますので、ご理解願います」


 全方向から銃を突き付けられているグエンは肩をすくめる。


「エンブラ以外に危害を加えるつもりはないよ。クエスタ本部へは行くつもりだった。送迎して貰えるならラッキーだ」


 軽口を叩く彼にユイナと治安維持部隊員たちは目を見合わせた。一人でエンブラ兵達を相手に戦闘行為をしかける人間が、大人しく話し合いに応じるとは思っていなかったのだ。

 肩透かしをくらったユイナと治安維持部隊員たち。銃を構えた隊員が戸惑った声で指示を出す。


「武器を渡してもらう。いいな」


 この要求も素直に聞き入れ、グエンは腰の刀とダガーを外して隊員に手渡す。

 武器を回収した隊員が下がり、三人の隊員がグエンを囲んだ。彼らの誘導でグエンは時計台広場をあとにする。

 連行しながら隊員の一人がグエンに尋ねる。


「一人でエンブラ隊にケンカを売るなんてよ。……あんた何者だ?」

「通りすがりの、ただのエンブラ嫌いだよ」


 緊張感無く笑うグエンに、隊員たちは肩をすくめた。



 時計台広場に面する道路まで歩くと、グエンは幌車へ乗せられた。

 少し遅れ、モービルの後部席に乗ったユイナが先頭の装甲車側へ到着する。装甲車に乗り込もうとする彼女に、ロッドが息を切らせて駆け寄ってきた。

 彼の右頬は晴れ上がり、ガーゼの上からでも怪我の具合がわかる。


「ね、姉さん!」


 足音に気が付いていたユイナは、彼の腫れた顔を見て表情を曇らせる。


「外では名前で呼びなさい。……酷い怪我。走って大丈夫なの?」

「口の中がすごく切れて痛いけどなんとか。危なかったけど、グエンさんが助けてくれたから。それより姉さん、そっちの車にグエンさんが連れていかれたように見えたけど……」

「ええ、彼は本部へ連行します。あの場で無罪放免とはいかないわ」

「そんな! グエンさんが来たのは俺がお願いしたからっ!……いってえ」


 思わず声を荒げて抗議したロッドだが、折れた歯で切れた口内が痛み絶句した。片目を瞑って痛みに耐える弟にユイナは優しく語りかけた。


「あなたの報告は聞いているわ。彼が、あなたと、あちらの女性を助けようとしてくれたことはきちんと考慮します」


 ユイナが道路に並ぶ車両へ視線を移す。ロッドがつられて車両を見ると、隊員に保護されたエリエラがグエンの後ろの車両に乗り込んでいった。

 肩で大きく息を吐いて安堵するロッド。彼の姿にユイナも安堵のため息をつくと。袖を少しまくり腕時計の盤面を見る。


「さあ、あなたは病院に行って精密検査を受けてきなさい。まだ十一時半くらいだから、午前の診察に間に合うでしょ。それだって応急処置でしょう」


 姉の言葉にうなずきロッドは時計台を見る。


「すぐ近くの露店の人が手当てしてくれたんだ。あれ、時計台は十一時だ。故障かな。……あれ、俺のモバイルは電源落ちてる……? 同じタイミングで壊れるなんて、偶然だなあ」


 モバイルの液晶画面を見つめる彼を見て、パンッと手を叩くユイナ。


「さあ! 私は本部へ戻ります。あなたは病院へ。それと、職務中は俺じゃなくて私でしょう! わかりましたね!」

「は! はい! お、わ、私も病院へ行ってきます!」


 慌てて背筋を伸ばすと、ロッドは体を反転させて走り出した。


「精密検査に行く人間が走るなんて……まったく」


 ユイナは元気よく去って行く弟の背を見届け、先頭の車両へ乗り込んだ。

 彼女を乗せると間もなく車両は発進し、先頭車両に続いて後続車両も順々に発進していく。



 時計台広場を小さな白い影が颯爽と駆け抜ける。

 影は走り出したばかりの車両群へ追いつくと、グエンの乗った幌車に狙いを定めて加速し、ふわりと屋根に飛び乗った。

 オライオンは屋根の上にちょこんと座ると、走行風を全身に浴びて気持ちよさそうに目を細めるのだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート