霧が晴れた快晴の下、時計台広場は騒然としていた。
時計台の足元を中心に大勢の野次馬が集まっていた。彼らの視線が集まる先で、黒髪の若い女性が、二〇人ほどのエンブラ兵に包囲されている。包囲しているエンブラ兵のほとんどがサーベルを携えた黒い軍服姿だが、うち六人だけは異質な出で立ちだった。
彼ら六人は白い派手な甲冑と大楯を装備していた。黒軍服のエンブラ兵はサーベルしか装備していないが、白鎧の兵だけが、剣に加えて甲冑の肩部分にライフル銃を装備している。
白鎧の一団、白鯨隊を率いるのは金色のマントを纏った青年将校レオン。白鯨隊ではレオンだけが兜を着用せず素顔を露わにしている。真っ白な肌に錦糸の如き金髪とサファイアの瞳、端正な顔立ちが鎧姿と相まって絵画に描かれた英雄のようだった。彼を含めた全兵士の胸に、金のエンブレムが見て取れる。
金色のマントを翻して歩み出る青年将校レオンは、耳にかかる柔らかな金髪をかき上げ、威風堂々たる出で立ちで言った。
「奇遇にも旅先のこんな僻地でお会いできたと言うのに、なぜお逃げになるのか。本来ならば包囲などしたくありません。さきほど市場で申し上げた通り、本国は貴方の価値を認めたんですよ」
包囲されている女性エリエラは、白いブラウスに色彩豊かなスカート姿。紅色と白、紺色や青に山吹色などが折り重なり生命力に溢れた印象を受ける。ルビーやサファイアといった宝石が数珠つなぎにあしらわれた豪奢な髪飾りが、黒メノウのような深い黒髪を飾っていた。髪飾りは動揺した彼女の心境を表すように、包囲を見渡す度に揺れシャラシャラと音を立てた。
「私はもう貴方がたとは関係ありません。放っておいてください。私は放逐された身、今は自由な旅人として生きているのです。それに、私に価値があるなど……今さらどうして信じられましょうか」
柔らかな彼女の声は震えていた。
エリエラは二〇人からなる兵士に包囲された重圧に耐えながら、レオンの目を精一杯にらみ返す。
レオンは苦笑し、見事な黄金の装飾に彩られた腰のサーベルに左手を添える。宝石細工のようなサファイアの瞳が冷ややかにエリエラを捉えていた。
「勘違いをされているようですね。いわば御身は王家の所有物。信じる信じないなど問われていないんですよ。偶然お見かけしたので、回収してさしあげようと思ったまで」
レオンが右手を上げる。取り囲んでいた黒軍服のエンブラ兵が包囲網を縮める。
追い詰められ時計台に背を付けるエリエラ。迫り来る男たちの包囲に隙間がないか何度も目を配らせるが、完全に包囲され逃げ道など見当たらない。包囲網の後方にたくさんの野次馬がいるが、誰一人近寄ろうとはしていなかった。
「どうして……私が何をしたと言うんですか。なぜ一人で生きることも許されないのですか! 私はそっとしておいて欲しいだけです!」
「この私のように王家の遠縁でも、武勲を立て続ければいずれ女王陛下に上奏することも叶うかもしれませんね。力なき言葉では、陛下に異を唱えることはかないませんよ」
自らの訴えを一顧だにしないレオン。一点の曇りもない彼の表情に、エリエラは肩の力を落とした。悲しみが涙となり目から溢れ、顔を隠すように目を伏せる。
彼女は胸の前で両手を組み祈った。
エリエラの姿を見たレオンは不機嫌な声を上げる。
「礎の女神様にお祈りですか? 我らが主神ダナートニア様もまた、行動の伴わぬ涙などお認めにならないでしょう」
「……お許しを願っています」
「許し? 我らに命乞いなどせずとも、抵抗しなければ何もしません。さきほども申し上げた通り、貴方は王家の所有。我らが大切な宝ですから」
「貴方がたに許しを願ったのではありません。刃を持って争う許可を神に願ったのです」
事態を見守る群衆がざわついた。白い影が群衆から飛び出してエリエラのもとへ一直線に駆け寄る。
エンブラ兵達は小さな乱入者を脅威とみなさずに見送った。
緊迫した状況可を平然と駆け抜けたオライオンは、舌を出して呼吸を整えながらエリエラのブーツにすり寄った。
「あなたは……? ここは危ないですよ。逃げてください」
震えるながらも彼女は柔らかな口調でオライオンの身を案じた。
レオンは口元に指をあて、エリエラとオライオンの姿を交互に見る。
「その小さなナイトでは力不足でしょう。潔く諦めてはいかがか。貴方には本国が求めるだけの価値があるようです。我が白鯨隊が責任を持ってリーナス陛下の下へお連れいたしますよ」
エリエラは目を開き、腰のダガーを抜くとレオンを睨む。震える切っ先が金髪の青年将校に向けられた。
「私の価値は私が決めます! 生きる意味も自分で探します! たとえ、ここで命尽きたとしても!」
がむしゃらにダガーを振り回すエリエラ。
「おっと、危ない」
彼女の肩に触れようとしていた黒軍服のエンブラ兵がからかうような口調で数歩下がる。
レオンは耳にかかった金髪を掻き上げ、ため息交じりの号令を発する。
「ご婦人に手荒な真似はしたくありませんが仕方ありません。全兵に告ぐ! 抜剣を許可! 速やかに対象を拘束せよ!」
エンブラ兵達が応ずるよりも早く、レオンの背後に立ったグエンが低い声で答えた。
「大勢で包囲したあげくに剣を抜けだと? さすがエンブラ人、情けないセリフを偉そうに言う」
一斉に剣を抜くエンブラ兵達の中、慌てて背後を振り向くレオン。
「暴言を! 何者だ!」
振り向いたレオンは燃えるような赤い瞳と目が合った。瞬間、彼の顔面を体重を乗せたグエンの拳が打ち抜く。
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