「そりゃ売ったも同然だ! 思いっきり派手にやってくれよ!」
「新品を使うのは忍びない。せっかくならこいつで」
グエンは手渡されたダガーを右手で受け取り、左手は刀の柄に添える。
彼は武器屋の主には目もくれず、露店に向かって歩いて行く。
自慢の口髭を撫でて、店主は眉をひそめる。
「兄さん、助走つけて土台の丸太を割るのかい?」
見物客から笑い声があがる。
騒めく見物客を尻目に、グエンは露店の横まで行く。歩に合わせて揺れる彼の赤い髪が、熱を帯びてふわりと揺れるが誰も気が付かない。
露店横の道路沿いには、古ぼけた鋼鉄製の消火栓が地面から生えていた。
大の男の太ももほどもある消火栓を見て、髭を撫でる店主の手が止まる。
「もしかして、兄さん……あ」
右手でダガーを振り上げると、グエンは一歩踏み出し「ふっ」と吐いた息に合わせ、鋼鉄の消火栓に刃を振るう。
息を吐いた瞬間、グエンの頭の先からつま先、そしてダガーの先端までが熾火のごとく輝いた。
弧を描いて振り下ろされたダガーの軌道に赤い残光が走る。
赤い刃が火花を散らし、消火栓をVの字に切り裂いた。
裂けた消火栓から水が景気よく噴き出すと、即座に水のかからない位置まで飛びのくグエン。
事態を予期していた店主は慌てて消火栓へ走る。
「待った待った! 目立っちまうとまずい!」
次いで野次馬達の大きな歓声。
「おおおお!」
「やりやがった!」
「なんか今、あの兄ちゃんの腕とダガー、光ってなかったか?」
「わっかんねえけどすげえ!」
店主、大慌てで消火栓脇の地面の蓋を開け、レバーを回して水を止める。
「派手つったって限度があるよ! こんなに水浸しにしちまって……治安部が騒ぎをかけつけて来たらドヤされちまう!」
ターバンごとずぶ濡れになった店主は店に戻ると、が恨みがましい目でグエンを見つめる。
グエンはバツが悪そうに頭を掻くと、ダガーに太陽光を当てて眺める。
「悪い悪い。けど、あれで刃こぼれしないとは流石だ。それに、ほら」
グエン、野次馬を親指で指差す。露店前に立つ店主、客の方へ振り向く。
「え? お、おいおいおいおい!」
興奮気味の客達が群れをなして店主へ詰め寄ってきた。
「おやじ―! 俺にも一本くれ!」
「こっちが先だ! こっちは二本買うぞ!」
「ローン! ローンはやってないかー!」
店主、客に揉みくしゃにされながらにんまりと笑う。
「はいはい! 在庫は店に並んでいるので全部だ! 本日限りの限定品! ローンはまた今度! 特別製につき、現金のみ一括払いだよ!」
喧騒から離れた公園。
グエンがいる露店の道をまっすぐ行った先、放射線状の歩道が交わる場所までオライオンは来ていた。
公園の中央に立つ大きな赤レンガ作りの時計台。流れる霧を突き抜けた先、屋根の上では1羽の鳩が羽繕いしていた。
オライオンが赤レンガの外壁を器用に爪で駆け上がって行く。三〇mはある高さを難なくのぼりきると屋根の上に飛び乗る。
驚いて飛び立つ鳩。去っていく鳩を見上げるオライオンは、咥えていた蒸し肉を屋根に置くと、喉を鳴らしながら食事にありつく。
「オウン?」
ご機嫌のオライオン、ぴたりと止まり、眼下に溢れる群衆の中から若い黒髪の女性に姿に釘付けになった。
彼女はグエンとは反対方向から時計台に向っている。後ろから迫る黒い軍服姿の軍人たち。
彼らを目で追いながら、オライオンは再び蒸し肉にかぶりついた。
人だかりができていた露店の武器屋、店主とグエンの二人だけが残った。
店に並ぶダガーは一本残らず完売。あとはグエンの持つ一本のみだ。
店主は満面の笑みを浮かべ大きなザルに放り込んだ金を眺めた。
「いやー、八0本、あっと言う間の完売だ! 盛況! 好評! 大繁盛!」
グエンはダガーを持ち、店主のもとへ歩いて行く。
「で、俺はこのスペシャルな一本を買ってもいいのかな?」
値切りの交渉をしないと懐具合がな、と口から出そうになった言葉を飲み込むグエン。懐の潤った店主はグエンの思惑を知らず手を叩いて笑う。
「スペシャルね。鑑定眼……いや慧眼っつーんだろうね。いつから気づいてた?」
グエン、肩をすくめて笑う。
「さあ? この店のダガーは全て重銀製だったよ。……立派な値段だったが」
上機嫌の店主は手を叩き涙目になって笑う。
「あっはっはっは! いいよいいよ! こういう商売をやってるとね、見る目のある客に会えると嬉しくなるんだ」
店主は小躍りしながらカウンターの裏側へ行くと、奥から鞘とベルトを取り出してきた。彼はグエンの手からダガーを取り、鞘に納め、ベルトと一緒に差し出す。
「皆さんお求めの品は、安物だが紛れもなく重銀製。そんじょそこらの鋼鉄やチタンなんか目じゃない。が、こいつだけはそこらの重銀製とは一味も二味も違う超一級品だ」
グエン、ダガーを受けとり、ベルトでダガーを腰に固定する。
「ベルトを含めていくらだい? ちょっと負けてくれると嬉しいんだが」
口髭をつまみながら、店主は指を一本立てて見せる。
「これくらいは貰うかな。桁は違うけども」
苦笑するグエンの表情を見た店主、嬉しそうに笑う。
「が、一瞬でその十倍以上は稼がせて貰った。特別価格、一万ギンでいいよ」
口を開けて驚くグエン。うんうんと頷く店主の満ち足りた表情を見て、ここで値を再確認するのは野暮だと感じた。
グエンはジャケットの内ポケットから金を取り出して店主へ渡す。
「良い買い物ができたよ」
「俺も気分がいいよ! 今度は正式に売り子でも頼むかな! はははは!」
「次は消火栓以外の物で盛り上げるよ」
笑顔で拳を突き出す店主に、グエンも笑顔で拳を当てる。
手を振り去っていくグエンを見送ると店主は店内に戻った。大量の売上金をカウンターの裏側で数え始め、彼は手を止めて髭を撫でる。
「そういや、さっき赤く光って見えたのはなんだろうなあ?」
口髭を撫で、つまみ、首を傾げるが答えは見つからず。それよりも手中に収めた大金だと、手早く売り上げの勘定へ戻った。
武器屋を後にしたグエンは大勢の通行人の中を歩いていた。
立ち並ぶ露店を眺めながら、腰右側に固定したダガーに触れる。
「まさか一万でこんな業物を買えるとは、幸先が良い。たぶん、百万ギンはしたんだろうな、これ……」
思わず小さく微笑むグエンの足元に、戻ってきたオライオンがすり寄る。
「おっと、おかえり、オライオン。散歩の調子はどうだ?」
オライオン、グエンの顔を見上げてひと吠え。
「ウォン! ウォン!」
じっと目を見つめてくる相棒の声に、グエンは首を傾げた。
「ん、なんかあったか?」
「ウォン!」
更にひと吠えし、オライオンはくるりと向きを変えて歩き出す。
「ついて来いって所か」
彼の向かった食材市場の方向へ歩き出すグエン。先を行くオラオインはグエンに振り返りながら進んでいく。
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