グエンを乗せて走る幌車。治安維持部隊の隊列は、時計台広場から繋がる幹線道路を通り、バナーバル北側に位置するクエスタ本部へ向かっていた。
幌車内、壁側に設置された六人用の長椅子にグエンは座っていた。彼を挟むように両脇をオレンジ色の戦闘服姿の隊員が二人座っている。正面の同じ作りの長椅子には三人の隊員が座り、左端の隊員がグエンの刀とダガーを抱えていた。
幌車の後方は扉がない作りで、外の様子が丸見えだった。グエンは外の流れる景色を眺めている。
神妙な面持ちで外を見つめる彼の目には、二十二年前の惨劇が蘇っていた。
夥しい数の死体が打ち捨てられた白い台地。エンブラ王家の戦姫ヒルドに一方的に虐殺された故郷の仲間達。大切な人。彼らの姿を思い出そうとしても、生きている姿はもう浮かばない。脳裏に蘇るのは地に伏した亡骸だけだ。
護送車の速度が落ち停車した。運転席の方向から会話らしきものが聞こえると、ほどなく幌車後部口からユイナが車内に乗り込んでくる。
オレンジ色の戦闘服が詰める幌車内に、ヒールを鳴らして歩くスーツ姿はいささか場違いだった。だが、グエンは彼女が目の前に立っても反応しない。
「移動中でしたが、失礼いたします」
呆然としていたグエン、彼女の声で我に返る。
「ん……ああ、席は空いているよ」
覇気のないグエンの声。
(……こうして何もしない時間があると、どうしても思い出してしまうな)
グエンは背を伸ばし、幌車の天井を仰ぎ見ると自分の顔を手で拭った。
ユイナはグエンの正面、隊員が三人並ぶ隙間に腰を下ろす。両側の隊員は腰を浮かせて彼女の座るスペースを広げた。
再び発進する車両。ユイナは背筋を伸ばし、凛とした声を発した。
「私はユイナ・ユナイアと申します。クエスタ本部、副本部長の補佐を務めております。本部までは三十分とかかりませんが、その前にお話を伺いたく参りました」
「……俺は連行されている身だ。尋問ならそちらの都合で行えばいい」
「本意ではありませんが、形式上こうせざるを得ませんでした」
自分を連行したことを言っているのかと、グエンは自分の両手に視線を落とし車内を見回す。
「手錠も拘束もせず車内も広い。確かに異例のVIP待遇だ」
「グエン・クロイドさん、あなたが我がクエスタ職員と市民を救出するため、戦闘行為に及んだことは把握しております」
名前を呼ばれて眉をひそめたグエン、一瞬考えてうなずく。
「……ああ、俺の名前はロッドという彼から聞いたのかな。確か救援を呼ぶと言っていた」
「はい。また、入門時の登録情報をもとに、出身地を調べさせていただきました。アウルカ国ゴカ村出身ですね」
ゴカ村という言葉を聞き、ユイナの両脇に座る隊員たちの表情が動いた。彼らの納得した表情にグエンはうなずく。
「エンブラ憎しでケンカをしかけた。と、ご理解いただけたのかな?」
「ゴカ村はエンブラの武力侵攻により甚大な被害を受け壊滅したと伺っております。生き残りの方であれば、あなたの心情は理解できるつもりです」
「……」
「ただ、身元を照合した結果、年齢が四十四歳とあります。ゴカ侵攻は二十二年も前の出来事ですが、あなたはどう見ても二十代半ばです。これは?」
「……さあね。ゴカ村は皆殺しにあってほぼ生存者はいない。わずかにいてもゴカ村自体の自治体ごと消滅したから、まともに管理されていないんだろう」
「あの侵攻を逃れた幼子がいた、というなら納得できますが……もしや、グエン・クロイドという名は偽名ではありませんよね?」
「身分証が偽造かどうかを聞いているのか? 俺がグエン・クロイド本人だ。例えそれが信じられないと言われても、俺はそれをどうこうしようとは思わない。勝手に調べてくれればいいさ」
「……ご気分を害されたなら失礼いたしました。ついこういう言い方をしてしまうのは私の悪い癖です。粗を探すためにお伺いしたのではありません」
「こんなに丁寧親切な尋問はないくらいだ。気にしていないよ。それで、何を話したくてきたと?」
「回りくどくて申し訳ありません。ただ、お礼が言いたかったんです。ロッドは私の弟です。そして、エリエラさんという女性、彼女も傷一つなく保護できました。危険を顧みず二人をエンブラ兵から救っていただき、ありがとうございました。あなたがその身を挺して救出にあたらなければ、最悪の事態もあり得ました。姉として、またクエスタを代表して心より感謝申し上げます」
深々と頭を下げるユイナ。彼女の仕草に車内の隊員達も小さく頷いた。
「……エンブラは斃す。エンブラに害されているなら、守る。それだけだ。怪我がなくて良かったよ」
「……ゴカ村の復讐、でしょうか」
「復讐の対象が国だから、すぐに達成はできないけれどね。どうすれば効果的で近道か、まだ復讐計画の立案段階だよ。バナーバルに来たのもそのためさ」
「本件においてエンブラ兵の死者はありませんでした。グエンさんにも事情がありながらバナーバルの現状を考慮していただき、重ね重ね感謝申し上げます」
「悪いが……次も同じように済ませられるとは言えない。俺は正義の味方という訳じゃない」
ユイナから視線を外し、グエンは膝に肘をつくと外の景色を眺めた。
「エンブラは皆殺しにしておけば良かったと、ちょうど後悔していたところだ」
「……」
返す言葉が浮かばずに押し黙るユイナ。
無意識に、グエンは深いため息をつき言葉を漏らす。
「俺はやつらとは違う。だが、それがやつらを殺さない理由としては、弱かったな……」
「……そうなれば、我々も黙っていられません」
グエン、ユイナの沈痛な表情に苦笑する。
「……いや、エンブラに殺される人がいなくて良かった」
会話が途切れる車内。黙って話を聞いている隊員たち、お互いに目配せしながら、空気が重いなと襟元をひっぱっては小さく首を振る。
咎めるように彼らの目を見渡し、ユイナは咳払いをする。
「クエスタ本部の副本部長がお待ちです。到着後、私がご案内いたします」
「お偉いさんかな。良い話では無さそうだが、会うのを楽しみにしているよ」
ユイナに微笑むと、グエンはうつむき目を閉じた。
会話を終わらせた彼に合わせて、ユイナや他の隊員達も口をつぐんだまま本部到着を待つことにした。
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