「でぇとは待ち合わせから始まると聞いています。なので、待ち合わせからやるです」
というミコトの提案で、俺たちは別々に家を出て駅前で合流することになった。
「しかし人多いな……気持ち悪くなりそうだ」
不意に、どうして俺はこんな場所にいるんだろうと嫌な思考が回り出す。
どうしてあんな得体の知れない少女のいうことを聞いているんだろう。
どうしてあいつに気を許し始めているんだろう。
どうして、どうして俺はこの人混みで押しつぶされてないか、なんて彼女のことを心配しているんだろう。
ああ、なんか面倒になってきた。
帰ろうか。でも、帰るのも面倒だ。
つーかなんでこんなに人間は多いんだ。こんなに多いなら、俺一人くらい居なくなっても神さまも困りはしないだろう。
行き先のない乱気流に飲み込まれたかのような思考に再び心を曇らせつつあった、その時だった。
「おまたせっ、ですっ……待ちました、か?」
ほんのり頬を上気させたミコトが、こちらを見上げていた。
今日はあの真っ白なローブではなく、女の子らしい秋物の服に身を包んでいる。少しだけ髪が乱れているのは多分、人混みに揉まれたせいだろう。
可愛い。そう思ってしまった。
いつの間にか、不具合を起こしかけていた精神はすっかり落ち着いたものになっていた。
「いや、そんな待ってないよ。十分くらい」
気の利いた男だったら、ここで馬鹿正直に待っていた時間を答えたりはせず、今来たところだよ、なんて言えたのかもしれない。
けれど俺は気の利いた男なんかじゃない。あくまで今日のデートは彼女のやりたい事を叶えてあげるためのものであり、決して好感度を稼ぐために起こしたイベントではないのだ。
「そうですか。では行きましょうです」
「あぁ……それで、どこ行くんだ?」
意気揚々とどこかへ向かっていこうとするミコトに、行き先を聞いていなかった俺は問いかける。
当然すぐに答えが返ってくるか、もしくはちょっと遊び心を込めて「秘密です」なんて返事がくると思ったのだが、
「……!」
そのどちらでもなかった。
俺に声をかけてられてから数歩歩いたのち、突然硬直して、変化の乏しい表情を最大限に驚かせてミコトが振り向いた。
「考えて、なかった……です……」
ショックの次は、しょんぼりだ。
見た目には大して変わっていないようだが、それでもミコトの表情七変化は少なくとも俺よりは沢山の感情を持っていた。
「はぁ……ならあれはどうだ?」
俺が指をさしたのは、一台のシャトルバス。駅前から定期的に出発している、複合レジャー施設行きのものだ。
そこならカラオケでもボウリングでも何でも大抵の遊びは出来るから、目的地のないデートをするには丁度いいだろう。
ミコトは説明してもいまいち分かっていないようだったが、取り敢えずということで、バスに乗り込むことに決まった。
「アイザワさん、アイザワさん、あれはなんですか?」
「あぁ、あれはバッティングコーナーだな。機械が投げるボールを、あのバットで打ち返すんだ」
「ばっていんぐ……じゃあ、あっちはなんですか?」
レジャー施設につくとミコトはその目を輝かせて、興味津々にあっちこっちを見て回り始めた。
実際にプレイすることなく、あれは何かこれは何かと俺に聞いてくる様子は、なんとも微笑ましく可愛らしい。
俺なんかより、ずっと人間らしい神様だと思った。
しかし、どうにも気になることがある。
「なあ、さっきから見てばっかだが、遊ばないのか?」
「……?」
「いや首を傾げられても……」
「みことは遊んでる、ですよ」
よく分からなかった。
何を当たり前のことを、みたいな顔をして彼女は言っているが、この場所で遊ぶ、といったら実際にゲームをプレイすることを指すのが普通だ。
だが、ミコトはただ見てるだけ。なにかのトンチだろうか。
「アイザワさんと一緒に歩いて、色々なものを見て、人間界の色々なことを教えてもらう。みことにとっては、これ以上ない遊びです」
「はぁ……でも普通は実際にやってみるだろ」
数メートル先で立ち止まったミコトは、姿勢を正して改めてこちらを向いた。
真っ直ぐな目で射抜かれ、俺はそれ以上近づけなくなってしまった。
「アイザワさん、普通ってなんですか」
「普通はそりゃ、あれだよ。みんながやってるようにやるっつうか。誰が見ても、まあそうだよなってなること」
「そうですか。アイザワさんは、普通がいいですか?」
「そりゃ……」
当たり前だろ、と言おうとして、何故か言葉が出てこなかった。
普通がいい。
本当にそうだろうか? 俺は、本当に普通を求めているんだろうか?
「みことは、みことが楽しければそれはもう十分遊びなんだ、って教えてもらいました。それができれば、人は十分生きていけるんだって、教わりました」
「……誰に?」
どこか懐かしむようにミコトは言った。
思わず、聞き返してしまう。
「……規則違反なのです」
きっぱりと言いながらも、ミコトはどこか陰のある表情をしていた。
ああ、きっとこれが彼女の過去なのだ。時間という概念の希薄な彼女にすらある、後悔の色。
一体どうして、こんな顔で俺に生きる道を説くっていうんだ。
「そう、か」
「そうなのです。それよりも、はやくでぇとの続きをしましょう」
いつの間にか、ミコトの曖昧な表情は希薄な笑顔に戻っていた。
だから俺もそれに応じるように、ぶっきらぼうになるしかなかった。
「そうだな」
結局、日が暮れるまで遊びらしい遊びもせず、しかしミコトに振り回されて遊び倒した。
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