空っぽの海に死神は踊らない

少女と過ごす、無かったはずの三日間
にしだやと。
にしだやと。

四日目

公開日時: 2020年9月1日(火) 11:00
文字数:1,311

「そろそろ時間ですね」

「ん……そうか」


 ざあざあと波の音が響いている。

 少し欠け始めた月が明るく照らす中、俺たちはあの砂浜に訪れていた。


「決まりましたか」


 立ったままのミコトが問いかける。

 俺はコンクリートの段差に腰かけたまま、その言葉が波音にさらわれて消えていってくれるのを待っていた。


「よく分からなかったよ」


 結局、ミコトに預けた三日間で何かを見つけられたかと聞かれれば、俺は首を振らざるを得なかった。

 ただアニメを見て、話をして、デートごっこをして。劇的な何かが起こったわけではなく、ちょっとした日常を演じただけ。それだけだ。


「それでもさ」

「はい」

「それでも、もう少しだけこの景色を見ていてもいいのかなって思ったよ」


 この景色が綺麗だと、別に思い直したわけじゃない。嫌なものはたくさん見えるし、海はいつでも俺が還ってくるのを待っているように思えた。

 けれど、それでいい。

 この場所は間違いなく、俺だけの場所だった。俺だけが見る、俺だけの景色。別に綺麗じゃなくても、俺にはそれでいいんだと思えた。


「結局、生きるってなんなんだろうな」


 神様に聞いてみたくて、つぶやきをそよ風に乗せる。

 けれど、いつまで経っても返事はこない。きっと、自分で考えろということなのだろう。

 何故だか分からないが、自然と笑いがこぼれた。随分久しぶりに笑ったような気がした。


「月、綺麗だな」


 中途半端に欠けたあの光を見たって、きっと皆はなんとも思わないだろう。

 だけど俺には、あの欠けた月こそが満月なのだと、そう感じられた。


 ……。

 …………。

 ………………。


 いつの間にか俺は一人、明るい砂浜に寝そべっていた。背中からひんやりとした感覚が伝わってくる。

 どうやらもう、朝になるらしい。


「どうして俺は……」


 寝起きだからか、頭がうまく働かない。思い出そうとしても、もやがかかったように記憶が浮かんでこない。

 何かしに来て……そのまま寝てしまったんだろうか。


「んんー……」


 立ち上がって、体をほぐすように伸びをする。全身から伝わってくるバキバキという感覚が、妙に心地よかった。

 目が覚めてきても、やはりどうしても昨晩のことが思い出せなかった。長い夢を見ていたような、短い旅に出ていたような……。


「ま、いいか……」


 思い出せないのなら、それほど大したことではないのだ。

 それよりも、せっかく朝の海岸に来ているのだから、散歩をしてみようという気持ちになってきた。


「結構歩きにくいな」


 ゆっくりと一歩一歩踏みしめるように歩いていると、向こうから近隣住人らしき老人が近づいてくるのが見えた。なんとなく気恥ずかしくなって、目をそらすように海へ目を向ける。陽光を反射させながら、静かに揺らいでいた。

 老人とすれ違ってから、ふと気になって後ろを振り向いてみた。彼は俺と同じように、ゆっくりじっくり楽しむように、歩き続けていた。街中を埋め尽くすアスファルトでは味わえない何かを、彼はその足で噛み締めているように見えた。


「帰る、か」


 気づけば俺は、そう呟いていた。ここには居ない誰かに、そっと届けるように。

 潮風がその言葉をさらって、どこかへと吹き抜けていく。

 砂浜に落ちていた真新しい紙切れが、満足気に飛んでいくのが見えた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート