「そろそろ時間ですね」
「ん……そうか」
ざあざあと波の音が響いている。
少し欠け始めた月が明るく照らす中、俺たちはあの砂浜に訪れていた。
「決まりましたか」
立ったままのミコトが問いかける。
俺はコンクリートの段差に腰かけたまま、その言葉が波音にさらわれて消えていってくれるのを待っていた。
「よく分からなかったよ」
結局、ミコトに預けた三日間で何かを見つけられたかと聞かれれば、俺は首を振らざるを得なかった。
ただアニメを見て、話をして、デートごっこをして。劇的な何かが起こったわけではなく、ちょっとした日常を演じただけ。それだけだ。
「それでもさ」
「はい」
「それでも、もう少しだけこの景色を見ていてもいいのかなって思ったよ」
この景色が綺麗だと、別に思い直したわけじゃない。嫌なものはたくさん見えるし、海はいつでも俺が還ってくるのを待っているように思えた。
けれど、それでいい。
この場所は間違いなく、俺だけの場所だった。俺だけが見る、俺だけの景色。別に綺麗じゃなくても、俺にはそれでいいんだと思えた。
「結局、生きるってなんなんだろうな」
神様に聞いてみたくて、つぶやきをそよ風に乗せる。
けれど、いつまで経っても返事はこない。きっと、自分で考えろということなのだろう。
何故だか分からないが、自然と笑いがこぼれた。随分久しぶりに笑ったような気がした。
「月、綺麗だな」
中途半端に欠けたあの光を見たって、きっと皆はなんとも思わないだろう。
だけど俺には、あの欠けた月こそが満月なのだと、そう感じられた。
……。
…………。
………………。
いつの間にか俺は一人、明るい砂浜に寝そべっていた。背中からひんやりとした感覚が伝わってくる。
どうやらもう、朝になるらしい。
「どうして俺は……」
寝起きだからか、頭がうまく働かない。思い出そうとしても、もやがかかったように記憶が浮かんでこない。
何かしに来て……そのまま寝てしまったんだろうか。
「んんー……」
立ち上がって、体をほぐすように伸びをする。全身から伝わってくるバキバキという感覚が、妙に心地よかった。
目が覚めてきても、やはりどうしても昨晩のことが思い出せなかった。長い夢を見ていたような、短い旅に出ていたような……。
「ま、いいか……」
思い出せないのなら、それほど大したことではないのだ。
それよりも、せっかく朝の海岸に来ているのだから、散歩をしてみようという気持ちになってきた。
「結構歩きにくいな」
ゆっくりと一歩一歩踏みしめるように歩いていると、向こうから近隣住人らしき老人が近づいてくるのが見えた。なんとなく気恥ずかしくなって、目をそらすように海へ目を向ける。陽光を反射させながら、静かに揺らいでいた。
老人とすれ違ってから、ふと気になって後ろを振り向いてみた。彼は俺と同じように、ゆっくりじっくり楽しむように、歩き続けていた。街中を埋め尽くすアスファルトでは味わえない何かを、彼はその足で噛み締めているように見えた。
「帰る、か」
気づけば俺は、そう呟いていた。ここには居ない誰かに、そっと届けるように。
潮風がその言葉をさらって、どこかへと吹き抜けていく。
砂浜に落ちていた真新しい紙切れが、満足気に飛んでいくのが見えた。
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