オリジン・ベクターの魔術講義

魔術の深淵を覗くこの男は、天才か、怪物か
具体的な幽霊
具体的な幽霊

ワッツ ユア ネーム ?

公開日時: 2020年9月28日(月) 17:03
文字数:1,221

 授業後、誰よりも早く立ち上がった私は、教壇へと速足で近づいた。


「先生の名前は、何て言うんですか?」


 男を見上げ、私は尋ねる。

 私と目を合わせた男は、興味深げな表情で私をまじまじと見た後、口を開いた。


「そういえば、名乗っていなかったな。すっかり忘れていたよ。教壇に立つのは今日が初めてでね、不慣れなのは許してほしい」


 教壇で男が放っていた威圧感からは、初心者らしさなど微塵も感じなかったのだけれど、ここで嘘を吐く理由もないのだから事実なのだろう。


「私の名は、オリジン・ベクターと言う。以前は別の場所で魔術の研究をしていたが、縁あってこの学園で講師をする事になり、今こうして君達の前に立っている。質疑に対する答えは、これでいいかね」


 教壇に立っていた時よりも、柔らかな声音だった。

 

「はい、ありがとうございます。私はリーナ・オランジュって言います。ベクター先生の講義、とってもワクワクしました。次も楽しみにしています」


 ばっと頭を下げて、私は次の講義が行われる教室へと向かった。

 不思議な人だと思われたかもしれないな、と、廊下を歩きながら思った。でも、教室に着いた頃には、名前を知れて良かったという気持ちが強くなっていた。


「何か良いことでもあったの?」


 そう言いながら私の隣に座ったのは、校内唯一の私の友人、ナナ・エレヴェン。

 朝が弱い彼女は、二限目に間に合ったことを褒めてもいいくらいに、午前中の講義を欠席することが多い。

 でも、その分夜に勉強しているらしく、実技も座学も常に好成績を収めている。


「今日の一限の講義がね、結構面白かったんだ。魔術の神秘を科学的に解き明かそうって内容でさ。これまでの魔術の常識がひっくり返るかもしれないとか言われたの」


「それ、今まで覚えてきたことが無駄になるかもしれないって意味でしょう。喜んでる場合なの?」


 そう言うナナの顔はとっても愉快そうだった。彼女の表情は変化しにくいけれど、一年も一緒にいるとなんとなくわかるようになる。


「全ての知識は不完全な人間によって生み出されている以上、健全な知識はすべからく流動的であるべきなんだから、変化は喜んで受け入れるべきでしょ。変化を拒んで錆び付いた知識にしがみついたって、世界の流れに取り残されるだけなんだし」


「その言葉を、数多の魔術師が築き上げた歴史ある魔術こそが至高であるとか考えてる、歳だけ食った連中に聴かせてあげたいわね」


 彼女の言う歳だけ食った連中とは、伝統と血統こそが魔術の価値を決するという考えを持っている、この学園の一部の教師のこと。

 魔術師としての歴史が浅い家の生まれでありながら、優秀な魔術師の卵であるナナは、そういった教師と決定的に馬が合わない。


「来週は、ナナも講義聴きに来なよ。きっと面白いし、あの先生ならナナのこと邪険にしないと思う」


「起きれたらね」


 否定しないということは、来てくれるのだろう。彼女はノーと言える人なのだけれど、簡単にはイエスと言えない難儀な性格なのだ。

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