ベクター先生との再開したのは、思っていたよりも大分早かった。
「実践魔術の講義を担当する、カリイ・レイズです。この講義では主に、魔術師同士での実戦を想定した際の戦い方を学んでもらいます。初回である今回は、魔術師同士の戦闘とはどのようなものなのかを、俺とベクター先生とで実践してみます。では、ベクター先生からも一言お願いします」
魔術師同士の戦闘を想定しているこの講義では、他の魔術発現様式と比べ魔術を発現させるのにかかる時間がかかるという性質上、戦闘に不向きな信仰魔術学部以外の、論理魔術学部と感覚魔術学部の学生が一同に集う。
「オリジン・ベクターだ。普段は論理魔術学部の学生に、魔術の基礎について教えている。今回は、レイズ君の補佐としてこの講義に参加させてもらう」
若くて体格のいいレイズ先生と並ぶと、ベクター先生は枯木みたいに見えた。
昼休みを挟んだ三限目の講義は、学園の中庭で行われている。
魔術の使用には様々な危険が伴うため、魔術師としての資格を持っていない私達学生は、この中庭と地下の練習場以外での魔術の使用を禁止されているのだ。
「では、早速始めます。近くにいると危険なので、離れていてください」
中庭の端に学生が移動したのを確認した後、ベクター先生とレイズ先生は一定の距離を取って向かい合った。
「実際の戦闘において、何らかの合図によって戦闘開始となることはほどんどありません」
そう言い終えるや否や、レイズ先生は右手に持った30cmほどの長さの杖を、ベクター先生に向けて振るう。
杖の先から生じた風の刃が、土煙を巻き起こしながらベクター先生へと襲い掛かる。
「ゆえに、敵がいる可能性のある場所では、魔術師は常に臨戦態勢でなくてはならない」
声が聞こえた方へ顔を向けると、ベクター先生は宙に浮いていた。高くジャンプしたという意味ではなく、空中で静止している。
一見すると飛行魔術の一種のようだけれど、複雑な物理的プロセスが必要な飛行という現象を、論理魔術で生じさせるのは困難である以上、空中に透明な足場を作る魔術か、地面と自分の相対的な位置を固定する魔術だろう。
レイズ先生が再び振りかざした杖から放たれた無数の風の刃が、空中のベクター先生に襲い掛かる。
だが、刃はベクター先生の身体にたどり着く前に霧散した。魔術で防いだのだろうが、どんな魔術かはわからない。
「レイズ君に限らず、戦闘を生業とする魔術師は、身体を動かして魔術を発現させることが多い。身体の動きと魔術の発現を結び付けているのだ。全ての魔術は正しいプロセスを踏むことで発現するが、戦闘時の煩雑した脳内でこのプロセスを完了させるのは非常に難しい」
話をさせる気のないレイズ先生が杖を突き出すと、杖の先から槍のように鋭い風の塊が発現し、凄まじい速度で空中のベクター先生へと迫る。
ガラスが割れるような音が聴こえ、風の槍がベクター先生を直撃したかに見えたけれど、ベクター先生は無傷だった。
だが、今まで空中に浮いていたベクター先生が、地面に落ちていく。
「それゆえ、身体動作によって魔術のプロセスを条件反射となるまで訓練することで、身体を動かすだけで、ほとんど無意識の内に魔術を行使できるようにしているのだ」
地面に落下しながらも解説を続けているベクター先生めがけ、レイズ先生が風の槍を放つ。
空中で身をよじって風の槍を避けたベクター先生は、着地した後、ゆっくりとレイズ先生の方へと歩き出した。
「諸君らの多くはまだ詠唱によって魔術のプロセスを構築しているだろうが、魔術が発現する前にその魔術がもたらす現象が推測できてしまうため、魔術師同士の戦闘で詠唱を行うのは、己が魔術師として劣っていることを示す行為に他ならない」
レイズ先生は連続で杖を振るい、ベクター先生に様々な風の魔術を浴びせかけるが、ベクター先生の歩みは止まらない。先ほどまでは避けていて風の槍も、眼前でかき消している。
「とはいえ、いきなり魔術を無詠唱で発現させるのは難しいので、まずは最低限意味が通る程度に短縮した詠唱で魔術を発現させる訓練をすべきだろう。それができれば、次は魔術の核を成さない部分の言葉を削り、同じように魔術を発現できるように訓練していくのが一般的だが、この先は個人や魔術発現方式により訓練のやり方が異なるので、詳しくは後日の講義で取り扱われるはずだ」
ベクター先生がレイズ先生の振るう杖に触れられそうなほど近付いていくと、突如としてレイズ先生の動きが止まった。
よく見ると、動かせないのは身体ではなく杖のようだった。肩や手首は動いているけれど、杖だけは微動だにしていない。
「魔術師のレベルにもよるが、身体動作により魔術を発現させる魔術師は、その身体動作を魔術で封じらせさえすれば、大幅に弱体化させることができる。無論、詠唱による魔術や、予備動作なしの無詠唱での魔術には気を付けなければならない。そのため、基本的に魔術師同士の戦闘はどちらかが死ぬまで続く」
解説が終わるまで必死に杖を動かそうとしていたレイズ先生は、顔を下に向けて大きく息を吐いた後、「負けました」と言って素直に敗北を認めた。
その後は、復習を兼ねて詠唱による魔術を使う練習をし、今後の講義内容についてレイズ先生から説明を受け、講義は終了した。
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