「とまあ、こんな感じで、無事解決と相成りました」
どれから結末を述べればいいかわかりませんが、とりあえず化学先生を除き、全員が無事でした。ただ、それよりちょっと前に捕まえた奨太郎さんの怪異オオカミ事件の方が取り沙汰されてしまい、私たちの激闘録は、わずか1社の取材のみでした。
せっかく助けたのになぁ。
「なんか、ずっと他人事だよね、君は」
「……そうですね。なんか、ここまで話がでかいと、他人事のように話しちゃった方が伝わるかなぁ、なんて思いますけど」
「確かに、それは言えてる」
そして、大事な部分の1つである母乃の動向ですが、これの相談もかねて、彼女の家に来ていたわけです。私らだって、無策というわけではありませんし、ましてや高校生の分際で、一人の少女を育てることなんぞできないと、自覚してます。
「それで、ここからはご相談なのですが、食出母乃、いや指出母乃を引き取ってもら」
「嫌だね」
速いよ。速すぎるよ。もうちょっと悩んでよ、即答しないでよ。
「い、いや気持ちは分かりますし、この部屋の惨状を見れば、私だってちょっとは躊躇しますけど、でも彼女には身寄りもなくて」
「だったら、教頭先生でいいじゃん」
正論です。まごうことなき正論です。
「……い、いやまあそうですけど。なんか、ほら、教頭先生には申し訳ないじゃないですか、それに彼女もできる限り私らと一緒にいた方がいいと思うんですよ」
「要は、情で犯罪者に研究部屋を提供するような輩に母乃を渡すと、母乃をどう扱われるかわかったもんじゃないから、できるだけ目の届く範囲でってことなんでしょ?」
さすが教授をやってるだけあって、頭回りますねぇ。
「だったら」
「それでも嫌よ。嫌というか、無理ね。私は人を育てられないもの。面倒を見るのは、奨太郎だけで十分よ。本当は、あいつのも嫌なくらいだけど」
むすぅ。ケチ、っていうのも変な感じですし、なんと言ったらいいのか。
私がそんなことを考えていると、「じゃあ、奨太郎に預けるのは?」と西連寺さんはとんでもないことを提案してきました。
「……いやいやいや、あの人こそ信用ないですよ」
「そうか? あいつああ見えて年上好きだし、甘えたがりなくせして、かっこつけしいだから、普通に小学生をポンとおいても、何も起きないと思うんだが」
「……確かに」
ですが、いやでも、うーん。
「それに、君が定期的に遊びに行くんだし。母乃に家のことをやらせておけば、彼女もやりがい感じるし、ウィンウィン、ってやつじゃない?」
私は考えます。悩みます。想像して、構想して、妄想して。
「……その方向で行ってみますか」
結局私は納得せざるを得ませんでした。実際、彼は一度母乃と顔を合わせているわけで、そして彼女の残忍さを知っているわけで、確かに変なことをするリスクの方が高いと判断できるでしょう、そんな判断を、私はせざるを得ませんでした。
「それじゃあ、それで決定、ということで。貴重な話、ありがとね」
「いえいえ、こちらこそ」
「よしっ、報酬として、はいこれ」
渡されたものは、いわゆるコンニャクなんていう隠語があるような代物でした。
しかし、内容物はいつもより少し多かったです。
「家賃、値上げしてませんよ?」
「いやいや、報酬だって言ったでしょ? これでお寿司でも食べなさいな」
あざっす。いやマジであざっす。
私は気づけば、彼女に精いっぱいの座礼をしていました。
「……もしも、結構お金に困っているんだとしたら、ちゃんと言ってね? 家主が破産とか言ったら、住んでる私たちが申し訳なくなるから」
「いえいえ、幸いにも滞納者は奨太郎さんだけなんで、そこだけは変人だらけでも、みんな常識あるんだなって、常々思っています」
「すごいな、家賃払うだけでここまで褒めてくれるなんて」
彼女はそう言うと、「あと海亜ちゃんにもよろしくー」と告げて、眠りについてしまいました。教授も、いろいろ大変なのでしょう。
「……つーか、酒辞めればいいだけなんじゃ」
私はそんなことをこぼして、酒だらけの花道を通り抜け、部屋を出ました。
そして向かった先は、再び奨太郎さんでした。
「……いやあの、何度来られても家賃は払えないんだけど」
「払えるのが普通なんで、そこんとこだけでもお願いします。あと、お金なら西連寺さんからきっちりといただきました」
助かるっ、と上機嫌に言うので、「ああそれと、相談なんですけど」とその隙をつかんで離しませんでした。
「なんだい? 僕ができることであれば、何でも言ってくれたまえ?」
「言いましたね? ならよかったです。ほんと助かりました」
すると、彼は一度動きを止め、そして「ハハッ、さすがに何かは訊きたいかな」と苦笑いを浮かべました。ただまあ、言質はとったので、「母乃を引き取ってほしいという話です。やってくれますよね?」と強気に出ました。
「……僕でいいの? 西連寺の方がよくない?」
「私もそう思ったのですが、断られました」
「教頭先生は?」
「教頭先生は、情に弱いので、あんまり信用できません」
はっきり言っちゃった、と口をふさぎましたが、「確かになぁ」と奨太郎さんも納得してくれた様子で、なんだかほっとしました。
「……じゃあ、僕しかいないかぁ」
「まあ、彼女自身すごくしっかりしてるので、問題はないと思いますけど」
「……って、ちょっと待って?」
奨太郎さんがまたも眉間にしわを寄せたので、私はきょとんとしながら、「どうかしました?」と尋ねました。そのしわは戻ることなく、怪訝な瞳で彼は私に訊きます。
「なんで母乃が復活してるの? っていうか、なんで人間に戻ってるの?」
「ああ、それなら。彼女を人間に戻したのち、あの本を燃やして捨てましたし」
凍り付いた彼は、そのまま壁にもたれかかり、「君はあれかい、旦那のコレクションを勝手に捨てるタイプかい?」とため息を漏らしました。
「んなことするわけないじゃないですか。彼女がもう本に留まることがないように、ってことですよ。合理的判断で、必要不可欠な判断でした」
「……ほんと? ほかにやりようあったんじゃないの?」
「あなたがワンちゃんなんて追わずにこっちに意識向けてれば、そんなことにはならなかったかもしれませんね」
「お前、ワンちゃんっつってもめっちゃでかいんだからな?! もらってれば、8桁の謝礼金だったんだからなっ!?」
「じゃあもらってくださいよっ! それで、滞納分はほぼ払えるでしょうが!」
「……身もふたもないこと言わないでよぉ」
「身もふたもなくなるようなことしないでくださいよ」
というわけで。彼から強引に許諾を得ること、痛い話をごまかすことに成功しました。
「彼女を連れてきますから、よろしくお願いしますね」
私の笑顔はどう映ったでしょうか。少なくとも彼は、笑顔がひきつっていました。
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