とまあ、こんな感じで教頭先生からお話を受けたわけなんですけど、概ね合ってますかね? そのあと、海亜ちゃんと話して再構成したんですけど……。あ、そうですか、だいたい合ってるんですか、よかったです。別にぃ、そんな照れなくてもいいのにぃ。
ともあれ、私としては、この話を聞けたことはとても財産というか。だって、住人の過去を知るというのは、大家としてのお仕事の一つだと思うんです。なんだこいつ、って思っていても、憎めないなぁと思えたりするじゃないですか。意外と人間って、どっちかに偏ることはできませんし、良いところもあれば悪いところもあるんですから、人間は。
ただ、一つだけ疑問がありました。
「なあ、大家ちゃん」
それは、海亜ちゃんから持ち掛けられた疑問でもありました。
「教頭先生は、なんでこの話をしたんだ?」
「……言われてみれば、確かに」
意気揚々と、西連寺さんと奨太郎さんのドキドキキラキラ青春物語を持って帰ってきたは良いものの、その真意について、私は全く以て考えていませんでした。
「閉じ込めたはずの母乃がどうしてまた現れたのか。ここに、先生が過去の話をした理由があるんだろうけど、でも話を聞いている限り、あんまりピンと来ないんだけど」
「確かに、なんかヒントが隠されているような気もしない」
すると、海亜ちゃんは持論への疑いを多分に載せたまま、「事故とか?」とにやけながら答えました。「……事故って?」と私がばかみたいに訊くと、「いやほら、本に書くことで閉じ込めるタイプの専門家ってわけじゃん? 奨太郎さんって」とつなぎ、それから辺りを見渡して、私の耳にこっそりとその持論をささやきました。
「最後の方のページを誤って破ってしまったりとかすると、空いちゃうんじゃないの? 禁断の扉というか、あちらとこちらの扉が」
「……いやいや、さすがにそんなポンコツな話じゃないでしょうに。それに、それだとしても、母乃さんが前みたいに動く理由にはならないんじゃ」
すると、海亜ちゃんは「逆だよ」と私の眉間に指を乗せました。
「……逆?」と今度はアホみたいに尋ねると、海亜ちゃんは「本のキャラクターってさ」と脚本家の片鱗を存分に発揮し始めました。
「従来の人間よりも、行動範囲狭いんだよね」
「……どういうこと?」
「いやほら、役割設定っていうのが決まってるから、それ以上のことはできないんだよ」
できるかもしれないけど、その前に脚本家とか創作家の頭がパンクする。
海亜ちゃんはそんな言葉を添えました。「……それって」と私の頭の思考回路に落とし込んで、再考してみます。するとどうだ、答えが浮かび上がってきたじゃありませんか。
「つまり、『無才能殺しの赤髪少女』という設定を組み込まれた今、彼女はその使命を全うすることしかできなくなっている、と」
「推測だけどね? いや事故でそうなったのかもわかんないし、別に理由があるのかもしれないけれど、今回の発生原因はそれで間違いないんじゃない?」
海亜ちゃんは、そう断言したのでした。
「……え、でもなんでそんなの断言できるの?」
私は、割と妥当な質問をしたつもりでしたが、しかし海亜ちゃんは「え、いや大家ちゃんが読んでたんじゃん」と返されてしまいました。
「薄っぺらい、物語集ともいえないような本を、『あんまり書いてないなぁ』みたいな目で見てたじゃん。忘れちゃったの?」
ここでようやく、私はそのことを思い出しました。なんていうんでしょう、鳥肌が立つ感覚と言いますか、怯怖の毛布が襲い掛かってくるような、そんな感覚でした。
「……そうだ。もしかして、それが」
「そして、それをちゃんと取り戻せば、彼女はまた元に戻れる」
大量殺戮をしない、彼女に戻れる。
「……それを探しに行こう、っつったって、あの中か」
海亜ちゃんとの視線の間にあったのは、学校でした。
「まあ、戻ることに関しては別にいいんだけど」
学校周辺には、事件が解決していないというのもあって、まだマスコミや野次馬が残っています。そこに戻る方が、面倒でした。
「……深夜か」海亜ちゃんの苦肉の策に、私は「また怒られるんじゃない? 奨太郎さんに」とくぎを刺しました。「大丈夫だよ、そんなに怒んないって」と海亜ちゃんは自信たっぷりに胸を張ります。海亜ちゃんのこういう時は、大抵あてになりません。
「だってさ、これからヒーローになるんだよ? あ、女の子だからヒロインか。ともかく、救い人になるってのに、止める人がいる?」
「けっこうあなたも夢見がちな乙女というか少年みたいなところあるよね」
まあ、そういう私も、止める理由なんて持ち合わせていないんですけどね。
そう言えば、最初は二人とも助けるのに消極的だったのに、今では『ヒーローになってやる』みたいな積極的姿勢に手のひらを返していました。それはひとえに、母乃のおかげだと言ってもいいかもしれません。彼女を救いたいってだけで気持ちが180度変わっているわけですから、それほどまでに彼女に魅力を感じていたのでしょう。
いいえ、違いますね。これは、さっき奨太郎さんにも言われたことなんですが。
私たちと一緒だったのでしょう。心というか、精神というか。
「……そういえば、奨太郎さんは今いずこへ?」
私がそんな風に尋ねると、海亜ちゃんは扉の方を指しながら「奨太郎さんならさっき出かけてったよ。なんか、オオカミの居場所を見つけたとかなんとかで」と教えてくれました。
「……ってことは、今がビッグチャンスというわけか」
深夜、という話だったのですが、こうなれば話は変わります。
「マスコミをかいくぐりつつ、学校にたどり着く方法」
二人でおでこを擦らせながら思いついたアイデアは、やはりどれも考えすぎなものが多く、結局私たちは正面突破することにしました。
「ヒーローになるんだ、ちょっとくらいちやほやされてもいいはずだ」
二人はそういう結論にたどり着いたのでした。
「それじゃあ、行こう」
「よしっ」
おそろいのサングラスに、タバコ状のお菓子を咥え、私たちは学校に乗り込もうとします。
どうせマスコミはこれを録りに来る。そして、私たちは生徒を開放して、英雄となる。
そんなプランを立てていました。
立てていたんです。まさか、こんな辱めを受けるとは思っていませんでしたけど。
「……おい、取材班一人だけかよ」
うっきうきの私たちの眼前にいたのは、ひとりのお姉さんでした。
「ああ、ああの、この学校の、生徒さんですか?」
しかも、新人さんでした。
「……あの、みなさんどちらへ?」
こんな質問も変な話でしたが、その新人記者さんは「なんか、ま、街の方で、オオカミが、で、出たとかなんとかって、言ってました」とたどたどしくも、教えてくれました。
「……くそぉ、奨太郎さんに持ってかれたぁ」
失意の中、私たちは校門を上ります。新人記者さんが、「あ、あのいいんですか」と尋ねてくれたので、「詳しい話は、また今度。あなたのために、取材に応じます」と返しました。
それが、さっきのおでかけの理由です。取材終わりの、奨太郎さんへの報告終わりの、西連寺さんへの報告会として、今がありますから。
「それじゃあ、しゃ、写真だけでも」
私たちは不謹慎なのか何なのかわかりませんが、とりあえず写真を撮らせてくれと言われたので、ピースサインと微笑みをプレゼントしました。
平和的解決を祈りつつ。
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