怠惰な大家の備忘録

殺戮怪異の赤髪少女
暖暮凜
暖暮凜

003「君は、才能を持つ人間は嫌いかな?」

公開日時: 2022年3月31日(木) 12:00
文字数:2,695

いざこんなことになると、意外と頭と体は動かないもので、「待ってればなんとかなるだろう」という楽観的な思考が脳内を駆け巡ってしまいます。加えて私は、ここまでのスケールではないにしろ、ある程度の超常現象経験を持っていて、もし必要であれば履歴書に書けるレベルなので、「今回も大丈夫だろう」という感覚は根強く残ってしまいました。

しかし、そんなときに、もう一人いてくれてよかったなと思うわけです。

「図書館、図書館に行こう」

海亜ちゃんはそう言うと、すくっと立ち上がり、私に手を差し伸べました。

「図書館で何するの?」

「とりあえず、文献がないか、探してみようと思って」

「そんなの、携帯で調べれば」

すると、彼女は私の意見をさえぎるように告げました。

「つながらないんだよ、さっきもやってみたんだけど」

「……つながらない?」

そう言われて、私も確認してみます。確かに電話もつながりませんし、メッセージも送れません。ついでに、インターネットもぐるぐると回るだけで、ページ更新もされません。

「……ほんとだ」

「だから、とりあえず図書館に行こう」

「で、でももしかしたら変な奴に見つかるかも」

一瞬彼女の勢いが止まりましたが、すぐに持ち直し、「……んなこと言ってたって、ここももうバレる。だとしたら、あがいた方がいい」と私に言ってくれました。

その頼もしさに、私は『本当にこの子とでよかった』と思えました。

「わかった、そうしよう」

私たちは、とりあえず私が護衛をする形で、上の階にある図書室へと向かいました。道中にもヒントがあるかもしれないと、目を凝らして見てみたのですが、やはりすべてが失われており、正解にたどり着くような鍵はどこにもありませんでした。

「あ、あれ、待って」

「え、なにどした!」

怯えまくる海亜ちゃんの隣で、私はあまり気づきたくない事実に気づいてしまいます。

「……図書室の本とかもないんじゃない?」

「……あ、考えてなかった」

絶望感を前身に受け止めようとしたその時、「あ、でも職員室には荷物はあったよ」と海亜ちゃんは大切な情報を伝えてくれました。

私が見た教室と、彼女が見た職員室の最大の違いはその大きさです。大きな部屋は、さすがに誘拐できないのではないか、という仮説を立てることができるのです。

「よし、着いたよ」

「……うん」

恐る恐る二人で同時に扉を開けると、そこにはいつもの光景が広がっていました。

あまり図書室に行かない私でも、そこに異常は感じられないほどでした。

「……やったぁ!」

飛び跳ねて喜ぶと、海亜ちゃんはそのまま本棚に抱き着き、ほっぺを擦り付け、そして本の香りを片っ端から嗅ぎ始めました。正直もう壊れてしまったのかと思ってしまいましたが、「よし、これで精神が保たれる」という彼女の安堵の声に、私も心を落ち着かせることができました。本が精神安定剤なんて、とても文化的です。

「ええと、伝承伝承」

海亜ちゃんは、ぶつくさとつぶやきながら、本棚の本をじいっとにらみつけます。とりあえずここは私の領分ではないなと感じたので、私は椅子に腰かけ、近くにあった本を手にします。偉人伝シリーズと記されたマンガ本は、よほど人気のある作品なのでしょう、とても古びたものとなっていました。

「……ええと、これ誰なんだろ」

表紙に書いてある絵を見ても、歴史に疎い私はピンと来ませんでした。まあ、歴史に疎いというか、勉強に疎いんですけど。

「食出……?」あれ、この名前確か。そう思った矢先でした。

「やっほー、大家娘」

「うわぁっ!?」

耳元で囁かれた、誰にも言われたことのない呼び名に驚き、私は思わず声を荒げてしまいました。その声に誘爆される形で「ぎゃあっ!?」と声を荒げ振り返る海亜ちゃんと目が合うと、「なに、なんかあったの?」と尋ねられてしまいました。

「なにって、ほらここに」

指した方向には、確かに少女がいました。しかし、海亜ちゃんは「……なに?」と言って、その少女を認識していない様子でした。

「……え?」と私はその対象物に目を合わせます。すると、その少女はにやりと笑みを浮かべ、「どう、私の能力、すごいと思った?」と告げてきました。

「……確かにすごいなとは思ったけど」

私は適当にそう返します。すると、彼女は「そっかそっか、ならいいや」と満足げに鼻を鳴らしました。「なに、なんかいるの?」と怯狂する彼女に、私は「ああ、ええとなんでもないや、ごめん虫がいて」と適当に返しました。

「な、ならいいんだけど」

海亜ちゃんが本に意識を戻した後、その少女は再び私の目の前に現れ、そして「なあ、大家娘」と話しかけてきました。

「なんで私が大家だって知ってるのよ」

小声で尋ねると、「私は世界そのものだから」という不可解かつ中二病的発言でごまかされてしまいました。「……そっか」というしかありません。

「それより大家娘。お前と行動を共にしている少女は、友人か?」

「うん、そんな感じ」

「私としたことが、見落としてしまったか」

化け物少女はそう言うと、「ひとつ取引をしないか?」と提案してきました。

「取引?」と私が尋ねると、「そうだとも」といい、私の目の前を右往左往し始めました。さながら、プレゼンターの様子です。

「今から私は、君にしたような質問を彼女にする。もしも、君と同じ回答をすれば、君たちをここから脱出させてあげよう」

「もし失敗したら?」

「君の友人の頭は吹き飛ぶ」

化け物少女は、凄惨なことを、あっけらかんと告げてきました。

「……そんなの、応じられるわけないでしょ」

「そうか、だったら君たちは永遠にここに閉じ込められたままだ」

彼女はそう言うと、「ああ、ちなみに君の言葉は聞こえないようになるからな」と告げてきた。「なおさら、」と言い返そうとしましたが、「別にいいじゃないか、君に被害はないんだ」とさらに言葉を乗せてきました。

「たかが友人だ。あとで、適当に弔えばいい」

「……お前、何者だ」

私は尋ねました。たぶん、相当な剣幕だったと思います。強く鋭くにらみつけた私に対して、しかし彼女はその余裕そうな態度を変えませんでした。

「前にも言ったが、私の名前は食出母乃だ。稀代の鬼才にして、国民に殺された鬼だ」

ハハッ、と空々しい笑い声を響かせ、そして彼女は一歩ずつ私に近づきました。

「ああ、取引に応じなかったらやらない、とは言ってないからな」

そう言うと、彼女は私の喉を握りしめ、「これで、彼女には聞こえない」と笑いました。

「なあ、そこの少女」私をぞんざいに扱い、そして母乃は海亜ちゃんに声を掛けました。

その声は明るく、爽やかで、そして綺麗でした。

「君は、才能を持つ人間は嫌いかな?」

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