「……へ?」
和気あいあいと遊び散らかしている私たちを見て、海亜ちゃんは驚きを隠せない様子でいました。客観的に見れば確かに不思議な状況ではありますが、私としても不思議なのです。どうしてここまでちゃんと仲良くなれているのか、さっぱりわかりません。
「おお、起きたか。それじゃあ、出口に連れて行ってやろう」
「でぐ、へ?」
海亜ちゃんの誤解を解くべく、私も「おとなしくしたがおう」と小さく囁きました。すると、彼女はやはりどうにも認識できない様子ではいましたが、とりあえず私のことは信用してくれたようで、「……わ、かった?」とベッドから降りてくれました。
「あ、そうだ。君とも将棋、したいかも」
指をさすと、海亜ちゃんは『私?』と自分に指をさした。
「……将棋? いやでも、私ルール分からないし」
なんとか流す方向に舵を切った彼女でしたが、母乃が食い下がってくることは明白でした。そのせいで、私は7,8つの遊びをしたのですから。
「……そっかぁ。それじゃあ、オセロは?」
「……それならなんとか」
そう答えた瞬間、母乃の瞳は陽燦と輝きました。
「よしっ、じゃあやろう! 大家娘は、ちょっと待ってて、いい?」
「もちろん、本読んで待ってます」
「おっけい」
海亜ちゃんは少し状況を理解しようと試みたうえで、「いやいやいやちょっと待てや!」という芸人さんのようなツッコミをかますのでした。
「なんでそんなに仲良くなってるのっ?! 親友の足切ってるんだよっ?! しかも、多くの人を殺してるしっ!」
「……確かに、それはそうなんだけど」
ここで、そんなんだから私は――私たちはその処遇を受けるんだよ、という反論を受けそうな言葉を、口にしてしまうのでした。それが悪いところだってわかってはいるんですけど、しかしどうにも、その本音というか事実に背を向けるのも変な話のように思うのです。ほかの人みたいに、かっこよくかっこつけられたらと思う毎日ではあるんですけど、それでもできないものはできないのです。
「だって、クラスメイトに情とかないし」
「……私もうっすら思ってたけど、ちゃんと口にするんだな、大家ちゃん」
自分たちのことを塵屑と表現したのも、実は私のオリジナルじゃなかったりします。いやまあ、私としては別にいじめだったり、いやがらせだとはカウントしていないのですが、社会常識やら一般知識に即して言うのなら、私たちはそんな風に扱われていたのです。
しかも、実際に言われてましたし。
「『塵屑みたいなやつらが、喋んな』みたいなことも言われましたし、それくらいはなんというか、やり返してもいいような気がします」
「……そんなこと言われてたんだ」
「ええ、海亜ちゃんはすぐに家に帰ってしまうので、あんまり聞いたことはないでしょうけど、一応私は委員長を押し付け、もとい務めていましたから」
だからまあ、こんなことを言ってしまえば、同情してくれる人もいなくなってしまいそうで怖いのですが、クラスメイトがどうなろうと、あんまり知ったこっちゃないのです。
先ほど驚いたのは、普通に人間の死体が文字通り山になっているからであって、別にクラスメイトだから、というわけではありません。遠く離れた国の状態だったとしても、同じようなリアクションはとっていたと思います。
「そんな悲しいことになってたんだな、君たち」
まさか、鬼に同情される日が来ようとは。
「しかも、母乃ちゃんと違って、何も能力を持っていないのに、ですからね」
「私より不憫だ」
そう言うと、彼女はオセロの用意をしながら、「本当は、君たちの要望に応えるという体で、彼らを生き返らせようとも思っていたんだが、どうする?」と尋ねてきました。
「……あんまり乗り気になれねえな」
海亜ちゃんがそうつぶやくので、私は「君がもし消えたら、彼らは元通りになるの?」と代わりに質問をしました。
「あー、どうなんだろ。消えたことがないからわかんないけど、可能性としてはあるかも」
「……それじゃあ、そういうことで」
私がそう結論付けると、「ほんと薄情な」と鬼はつぶやきました。
「まあでも、気持ちはわかる。それじゃあ、気を取り直してオセロを始めようか」
この時にはもう、海亜ちゃんはすっかり慣れてしまっており、「はーい」と明朗胡乱に返すのでした。そして私は、彼女の――海亜ちゃんの竹取物語を読み漁るのでした。
「……うわぁ、あっちに置いとけばよかったぁ」
海亜ちゃんによるそんな言葉がゴング代わりに、二人の戦は幕を閉じたようで、私が二人の姿を見るころには、勝誇する母乃と、敗悔する海亜ちゃんの姿がありました。
「よしっ、私のかちぃ。それじゃあ、帰ろうか」
母乃はそう言うと、私たちの腕をつかみました。一瞬、ビクッと怯えましたが、彼女の優しい微笑みに、私たちの心は解かれていきました。
「……ねえ、本当に帰れるの?」
海亜ちゃんが少し不安そうに告げると、「大丈夫大丈夫、私は約束を守る女だから」と冗談交じりに返すのでした。「約束だけは、才能とか関係ないからね」母乃はそう付け加えて、それから「君たちは、戻ったらどうするの?」と尋ねてきました。
「やっぱり、噂としてみんなに流すのかな?」
笑みを見せてはいるけれど、その奥には寂しさが映っていました。
「君は、話してほしい?」
「……正直、わからない」
そっか、と私は返すことしかできませんでした。すると、海亜ちゃんは「君が嫌だというのなら、別に誰にも話さないよ」とほほ笑みました。
それは、姉のような、あるいはお母さんのような柔惚な瞳でした。
「ただでも、君の願いをかなえるためには、どうにも私たちだけじゃ難しそうだから、専門家の人に依頼することはあるかも」
私がそんな現実的なことを話すと、「……そう、だよね」とぼそりつぶやきました。
「それじゃあ、そういう、専門家の人にだけ、ってことでお願い」
彼女の懇願に、私は「わかった」と返しました。自分で言うのもなんですけれど、ずいぶんと明朗爽快な回答だったと思います。また、海亜ちゃんも同様に「了解」と返しましたが、こちらはびしっと決まった敬礼でした。
左でしているのは、天然なのでしょうか、それとも。
「ありがとうっ」
声色は確かに、小学生のような声でした。真珠のように固く鋭く甲高音ではありつつも、ひびきの良い声なのでした。
「じゃあ、また遊びに来てね」
「うん、その時はお別れの時でもあるけどね」
海亜ちゃんは暗曇とした空気を和ませるように、ブラックジョークを添えました。
「確かに、そうだね」
クスッと彼女は笑い、それから「絶対、私を倒してよねっ」とくぎを刺すのでした。
「わかってるよ」
「じゃあ、その時にね」
私たちは彼女にそう告げ、そして彼女が作った扉に手を掛けました。昇降口の扉のように見えたそれを抜けると、そこには。
「おおっ! 生徒が出てきたぞっ!」
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