怠惰な大家の備忘録

殺戮怪異の赤髪少女
暖暮凜
暖暮凜

016「……ほんと、小学生とは思えない」

公開日時: 2022年4月24日(日) 12:00
文字数:3,034

「大丈夫だよ、私たちがそばにいるから」

奨太郎さんが言っていた、怪異に成る理由は『多数派が知らない』ということで、それは言ってしまえば、『孤独感』です。つまり、そこを突けば、彼女は怪異ではなくなる。そう考えてみたのです。私たちらしからぬ、『きれいごと』に頼った結果です。

「……ほんとに、ほんとなの?」

「ああ、もちろん。一緒にオセロをした仲じゃないか」

私は、なんとかして彼女の心を解こうとします。長年苦しめられているので、そりゃあ上手くはいかないだろうと思っていましたが、それ以上に彼女は子供でした。

人を信じやすい、純粋無垢で純朴可憐な乙女でした。

「しずなっ、みあっ!」

彼女はその小さな体躯を、その全身を使って、その屍山からこちらに駆け寄ってきます。

長すぎるほどに長かった髪の毛が、ちょうど肩くらいの長さとなり、深紅に煌めく瞳も、だんだんと茶色に、そして黒く戻っていきます。

ひとしずく落とす宝石に、怪異たりうるすべてを詰め込んだように。

「ごふっ!」さすがの子供でも、運動神経がよく、力もあるのは確かで、私は思わず声を漏らしてしまいました。そしてそれは海亜ちゃんも同様で、というか、海亜ちゃんの方がひどく、「……ぐふぅ」と意識を飛ばしかけました。

「ああ、ごめんっ!」

母乃の心配にも、私たちは目を遠くしながら「大丈夫」「へいきへいき」と返してあげました。マジで飛ぶかと思ったのは、伝えないでおきました。

「それじゃあ、それもいらないね」

私は彼女の背中に入っていた、片方をひょいっ、と奪い、そして元の本と並べました。もちろん、綴じたわけではないので、彼女が戻ることはありません。

「……どうするの? だって、私はまだ」

「何言ってるの? もう普通の人間だよ?」

海亜ちゃんはそう言うと、ポケットに入っていたライターに火をつけ、そして本に落としました。「……なぜライターを持っているの?」という母乃の疑問に、海亜ちゃんは「とある部屋から拝借してきた」と笑ってごまかしました。

バレたらどうするの、と小声で尋ねると、大丈夫、どうせバレるから、と不思議な回答が返ってきました。ん? と疑問に思っていると、海亜ちゃんが話を切り上げるように「さっ! ここから出ようじゃないか」と俳優ばりのハイテンションさを見せてきました。

「……まさか、こいつ」

焼かれた本の中心を見ると、確かにそれはライターではありませんでした。

もっと特殊な形をした、まるで巨大装置の最初につける着火装置のようなものでした。

「ほんと、無茶するんだから」

海亜ちゃんは、先ほどの室内徘徊で、爆破装置の最初の部分を、かすめ取っていたのでした。ただまあ、それはきっとフェイクでしょうし、実際フェイクでした。

だって、私たち素人が簡単に盗めるようなそれが、実際のものなわけないじゃないですか。ただまあ、とりあえず私たちはレッテルを張られずに済んだわけです。

一人の少女を救い出し、そして自爆用爆破装置から、着火部分を抜き取ったけれど、しかし彼は別の着火装置を持っていて、それで爆発して死を遂げてしまった。

こんなストーリーラインが形成されたことで、少なくとも私たちがセーラーマフィアであることは、なくなったわけです。

そして、もう一つの問題が。

「……この大所帯、どうすんだ」

母乃の人間心が奇跡的に生き残っていたおかげで、ぬいぐるみのように形成していた屍山の人間も、母乃が怪異ではなくなったことで、人間に戻ります。

『ああ、あれなんて言うんだっけ』

ステージと運動場を繋ぐところに席を用意していたのは、さすがと言ったところでしょうか。もしも、本当に山にしていたら、下の方の人間は圧死していたわけで。

そう考えると、山というのも適当な表現ではなかったかもしれませんね。ただ、そんな風に見えた、っていうことですよ、それくらいわかってくださいな。

「ヤバい、私たちには扇動技術も先導技術もないよ」

高校生二人が、恥ずかしげもなく弱音を吐いていると、目の前の小さな少女が、その小さな声から繰り出される大きな声で、彼らの注目を集めました。

「皆のもの、聞き給えっ!!」

かっけぇ。さすがにほぼ全校生徒そして先生たちがこちらを向くと、恐怖を感じますが。

「このままでは、命が危ないっ! 皆、方々にある扉から、一斉に脱出せよ!」

ただ、私には少し不安がありました。張り巡らせた導線があるんだとしたら、一斉に脱出したりなんかすれば、それらが引っかかる可能性があるんじゃないかと。もしくは、センサーなどが用意されていれば、それだけで爆発してしまうんじゃないかと。

「いや、それはないと思うよ。だって、もしもセンサー式なんだとしたら、私の活動中に作動してしまうかもしれないもん」

まあ、確かに。と考えていると、「それに」と母乃は付け足しました。

「そんな面倒なこと、しないと思いますし」

面倒なこと、か。私がそうつぶやくと、「今、緊急事態だと言ってしまえば、みんなは曲がりなりにも命令に従う。そういう国民性だから」と母乃は繋ぎ、そして「でも、ここまで破壊するつもりは、たぶんないと思う」と結論付けました。

私よりなんとか先導することができる海亜ちゃんが、クラスメイトを見つけるや否や、『このルートで逃げてほしい』と伝えて回りました。私はただの人見知りですけど、彼女はストレス回避が理由で、かかわりを持っていなかったのでしょうね。

「つまり、化学先生は、化学先生が活動するあの部屋以外に、爆発物を仕掛けていないと、母乃はそう踏んでいるわけだ」

「復活したとき、言ったんだ。僕を殺してくれって」

皆まとめて、ではなく、僕を殺してくれ。

その真意は、たとえ母乃でなくともはっきりと理解した。

「でもさぁ、あの人才能を持つ人間には、無条件で愛を持っていたんだよ。きっと、奥さんがそうだったんだと思う。どんな才能だったかは知らないけれど、とにかく大きな才能が、あったんだと思う。それで、一向に死ねず。まあ、元々彼自身、一般人に恨みを持っていたから、私は物語通りのことをしなければならなかったんだけど」

教頭先生から聴いた話でしか分かりませんが、たぶん奥様は、とんでもない才能を持っていたんだと思います。人心掌握と言いますか、愛されキャラと言いますか。

周りを和ませ、幸せな気持ちにする能力は、大いにあったんだと思います。

「死にたい、でも、死ねない。生きていれば、いつかは必ず幸せが訪れるというけれど、しかしそれは、そこまでの不幸を度外視するわけで、プラマイゼロに持っていけるほどの大きな幸せなんて、もらえるのは一握りなんだろう、って思う」

瞬間。先ほどまでいた屋根裏教室から、爆発の轟音が鳴り響きました。体育館から逃げ出す人々の悲鳴をBGMに、私は母乃に尋ねました。

「……彼の復讐劇は、成功したのかな」

「いやあ、私みたいなビビり怪異と、君たちみたいなお節介によって、失敗に終わったよ」

悲しいけどね、と母乃はこぼしました。取り戻した彼女の饒舌さに、ちょっと戸惑いを覚えながらも、私はふと思ったことを告げました。

「じゃあ、彼は不幸だったのかな」

「……うーん、どうなんだろうな」

母乃は腕を組み、さんざん悩み、そして私の眼を見つめました。

「惨殺、的なことはできたし、恨みは晴れたんじゃないか?」

母乃は、「幸せかどうかは、今総括してるんだと思うよ」と付け加えました。

「……ほんと、小学生とは思えない」

私は思わず、噴き出すように笑ってしまいました。


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