怠惰な大家の備忘録

殺戮怪異の赤髪少女
暖暮凜
暖暮凜

001 私は、食出母乃という。

公開日時: 2022年3月29日(火) 12:00
文字数:2,708

「やっほー、大家ちゃん」

本題に入る前に、一人の登場人物を紹介しておこうと思います。がっちりと絡んでくるわけではないのですが、説明を省くと少しややこしい人物なので、念のためです。

「おはよー、海亜ちゃん」

元気にあいさつをしてくれたのは、是塚海亜(これづか みあ)さんです。私の肩くらいの身長で、生まれつきの綺麗な茶髪を、二つにまとめています。短いので、ぴょこんとツインテールのようになっていますが、それがさらに幼さを際立たせており、思わずハグしたくなってしまう魅力を持っています。

「ぐわああ! 抱き着くなぁ!」

そんな彼女は、私と同様に一人暮らしをしています。そう、変人が集まる私のアパートのお隣さんというわけです。ちなみに、現在6部屋すべてが埋まっていますが、他の2人に関しては、またタイミングがあるときにお話したいと思います。

「ったく、いっつも私を抱き枕みたいに使いやがって」

案外口が悪いのも、チャームポイントです。

「学校、行くぞー」

「ちょっとまってぇ」

寝ぼけ眼をこすりながら、私は時計を確認します。彼女はいつも8時きっかりに私の部屋の扉を開けてくれ、そして私がちゃんと目を覚ますころには、すべての準備をしてくれているのです。そして、毎朝のように「いつもありがとね」と告げると、「いいや、早く学校に行きたいだけだ」と照れ隠しするのでした。

「時に海亜ちゃん。今日なんかテストあったっけ?」

「テストはない、というか、授業すらもあんまりない」

「……え?」

風の冷たさが秋を知らせてくるようになった10月初旬。徒歩10分ほどの短い距離を、めんどくさいなんて言いながら、とぼとぼと歩いている途中で行われた会話は、そんな風に衝撃的な言葉を渡されてしまったことによって、中断されました。

「授業あんまりないってどういうこと?」

「いやほら、文化祭じゃん」

「……ぶんか、さい?」

「なんで忘れてるのよ。大家ちゃん、本当に自分のことになると頭ポンコツになるよね」

「ぐっ」

ぐうの音も出ないとはこのことで、彼女はため息をつきながら、「先々週くらいに、劇やるってクラスで決めたじゃん」と正解につながるヒントを出してくれました。

「ああ、そういえば。たしか、竹取物語だっけ」

「そうそう。で、私は小さい頃のかぐや、そしてあんたが等身大のかぐや」

「……ああ、そうだっけ」

「なんで忘れてんのよ。全員一致で他薦されてたじゃないの」

そう言われて思い出されたクラスの風景は、確かに私も他薦されていましたが、同時に小さい頃のかぐや姫も、海亜ちゃんが全員一致で他薦されていました。

「あれ、でも確か、脚本も海亜ちゃんだよね?」

「そうだが? なんか文句あるか?」

「怒んないでよ。別にそういうんじゃなくて、大変じゃないのって」

「だって、私が脚本書けば、私の台詞なんてどうにでもなるじゃん」

ああ、確かに。私はそう思いつつ、「ああ、確かに」と返しました。

思考と話した言葉が一致するのって、意外と少ないような気がします。

「まさか、ほんとにやらされるとは思っていなかったけど、でも、たまに演者もやる脚本家さんもいらっしゃるし、いい経験にはなると思う」

「夢に向かってまっしぐらだねぇ。さすがだよ、海亜ちゃん」

「なんかバカにしてる?」

「してないしてない。私が今眠すぎてバカになってるだけ」

「そうか、ならよかった」

否定してよ! とツッコみたくなりましたが、取り立てて間違っているというわけでもなかったので、スルーすることにしました。

ちなみに、海亜ちゃんは脚本家を目指していると言っていました。目標はドラマもアニメもなんでもできる脚本家なんだそうで、毎月数本書いては、『師匠』と呼んでいる人に読んでもらっているそうです。

「そういえば、先月のはどうだったの?」

「うーん、全直し」

「やっぱりいばらの道なんだねぇ」

「ただ、良くはなってるみたい。師匠の目がなんとなく変わった気がする」

「おお。それじゃあ、一歩ずつ近づいているのかもね」

「まあでも、今月はお休みかなぁ」

「なんで、って、ああ文化祭」

「そうそう。演出から何からもしなきゃだし、私も演者なわけだし」

確かに、などと考えつつ、私も演者であることを思い出します。

「あ、あの私の台詞、多かったりしないよね?」

「それは状況による」

「そんなぁ」

ありふれた日常が過ぎ去っていくような音を、風が奏でていると、私の視界の隅に、不思議な存在があるのを感じました。「……ん?」と目を凝らしてみますが、しかし目を凝らすとどうにも形をとどめてはくれませんでした。

「……どうかしたか?」

「ああ、いやなんでもないよ」

隅の模糊は、次第に消えていき、そして何事もなかったように、その景色は元の姿へと戻っていきました。「……なんだったんだろう」と嘆くと、「奨太郎さんの影響を受け始めてるんじゃないのか?」とにやり笑みを浮かべながら、海亜ちゃんは私をからかいます。

「もう、やめてよ海亜ちゃん。ただでさえ、霊感とかある方なんだから」

私には、霊感があります。ただ、霊感があるというだけで、つまり見えるというだけで、それ以上のことは何もできないのが現状で、しかもあちら側の皆様も、私のことをあんまり好んでいないのか、驚かせたり、近づいたりしてはくれないのです。

「まさか、大家ちゃん幽霊に嫌われてるなんて」

可哀想に、などと彼女は私の背中をぽん、と叩きます。まさか、幽霊に嫌われていることで、励まされる日が来ようとは。

「まあ、おかげで変なことに巻き込まれることはないし。あったとしても、奨太郎さん関連だから、だいたいは奨太郎さんのせいにできるし」

「なんだろう、そのクズポジティブ。うらやましー」

棒読みで彼女は思いを告げ、そして「台本、ある程度出来上がったから、あとで見せるね」と話を逸らしました。悲しい気持ちにはなりつつも、「わかった」と返し、私たちはようやく、学校に到着するのでした。

「……あ、そうだ。今日先生に用があるんだった。それじゃあ、先行ってて」

海亜ちゃんはそう言うと、その小さな四肢を存分に振って、職員室まで駆け抜けていきました。「……行っちゃった」と途方に暮れた私ですが、同じクラスなので、お別れということではありません。気を取り直して、私は2階にある教室へと足を向けました。

その瞬間でした。もしもホラー映画なら、ヒロインが倒れているようなシーンでしょう。

しかし、私には霊感があります。唯一にして、最大の利点です。

「こんにちは、幽霊さん」

「いや、私は幽霊じゃないんだけど」

その少女は、そんな風に明るく、そしてあっけらかんと答えるのでした。

「私は食出母乃(はみで もの)と言う。よろしく」

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