怠惰な大家の備忘録

殺戮怪異の赤髪少女
暖暮凜
暖暮凜

其の八「やあ、よくぞここがわかったね」

公開日時: 2022年4月16日(土) 12:00
文字数:2,733

「それじゃあ、始めるよ」

「……よ、よろしくお願いします」

窓の隙間からふわりと吹く夜風が、二人を包み込みます。すっかり眠ってしまった西連寺さんをよそに、奨太郎さんと母乃は儀式を始めました。

まずは、自己紹介から。そして、目的と能力。さらに、それを手に入れた経緯。物語調にするという割には、少し堅苦しいものですが、彼なりの信念があってのことなのでしょう。それに母乃は、たぶん嬉しかったんだと思います。

こんなに自分の話を真剣に聞いてくれる人なんて、お兄さん以来でしょうから。

「……待って。それじゃあ、性分に合わなかったってだけで、もしかしたら音楽とか絵画もできたかもしれないってこと?」

「た、たぶん? やったことないからわかんないけど」

「はぁー、すげえな。いやあ、ますます君みたいな子が生きていられなかったなんて、つまらない世界に産み落とされたもんだね」

「……そう、なのかな」

「そうだよ。だって君は、能力ももちろんだけど、なにしろ嫌味なところがない。それに、ちゃんと頑張ってここまで来たことが、めっちゃ伝わってくるし」

「……ほんとうに? 本当に、そう思ってる?」

「もちろんだよ。僕はハッタリやブラフはかますけど、嘘はつかないから」

「……なにそれ、ふふっ」

母乃の心からの笑顔を、初めて見たと言っていましたね。

「奨太郎、って言ったっけ」

母乃はそんな風に、話を切り出します。必死こいて自分の物語を書いてくれている少年に向かって、それはそれは嬉しそうに。

「……ん?」

腑抜けた返しをすると、母乃は「奨太郎はさ、本当にモテそうだよね」と笑いかけます。

まるで大人の女性のような立ち振る舞いに、奨太郎さんは少し心が温かくなり、「そんなことないよ。僕みたいなもの好き、西連寺くらいしか好きにならないし」と自虐気味に笑うのでした。すると、それまで視線を一切こちらに向けなかった奨太郎さんの頬を両手でつかみ、母乃は無理やり視線を合わせたそうです。

「かっこよくて、優しい。人の話をちゃんと聞けるし、否定しない。こんな人、お兄ちゃん以外で初めて見た。人間にも、良い人がいるんだって思えたの」

「そ、そうなんだ。それならまあ、よかったよ。人間代表として、なんとかメンツは保てたってことで」と苦笑いながらもなんとか逃げ切ろうと試みますが、母乃という少女を甘く見てはいけません。そのままの態勢で、唇を近づけ、そして契りを交わします。

「もう少し早くあなたに会えていたら、私は人間でいられたかもしれないね」

まあ、ただの努力不足かもしれないけれど。母乃はそう言葉をつなぐと、今度は奨太郎さんが、「もし僕がそこまでのいいやつなんだとしたら」と仮定し、それから言葉を紡ぎます。

「頑張ってきた君への、ご褒美なんじゃないかな」

まあ、僕がそこまでの人間とは思えないけれど。奨太郎さんもまた、そんな風に言葉をつないで、恥ずかしさを紛らわせるのでした。

「……ほんと、あなたって人は」

人に抱き着くほど甘くない。母乃は、強い。

「ありがとう、ございます」

すうっと頭を下げ、赤髪がさらりと降りていき、そして奨太郎さんは物語を綴じました。

「……ふう。初めてのこと過ぎて、なんかやりづらかったなぁ」

奨太郎さんは、窓の外の星に思いをはせながら、西連寺さんの眠る布団へ身を寄せます。

「……タイミングって、ほんと怖いよなぁ」

奨太郎さんは隣に眠る西連寺さんを見つめながら、「……ありがとな、ちゃんと僕の前に現れてくれて」とつぶやき、そして眠りについたのでした。

……え、そこ聞いていたんですか。聞きながら寝てたんですか。だとしたら、相当ヤバいですよ。あ、やっぱり胸の高鳴りはそんなことに。

ま、まあともかく、ともかくです。

話はここから。

「おーい、西連寺」

ここからは、奨太郎さんの管轄ではない分野ですが、しかしそれでもやらねばならないという使命のもとで動いていました。

「……なに、ってあれ? 赤髪少女は?」

「ああ、あの子ならもう閉じ込めた」

「……そっか。最後にちょっと、挨拶しときたかったわ」

朝日が照らす学校も、しかし授業が始まるまではやはり静寂に包まれており、布団をたたみ終わって、職員室にたどり着くまで、誰ともすれ違うことはありませんでした。

「なあ、西連寺」

「なに、改まって」

職員室を出た西連寺さんの足を止める形で、奨太郎さんは声を掛けます。

「あのさ、西連寺って、人間相手でも戦えるのか?」

「まあ、それなりの相手だったら」

「それじゃあ、ここの教師だったら?」

「……体育教師じゃなければ、ってなんで戦わなきゃいけないのよ」

すると、いつもの奨太郎さんとは思えない形相で、「母乃を利用したやつがいる」とぼそり、つぶやいたのでした。

「……母乃って、赤髪少女? どうして?」

「理由は分からない。ただ、彼女を利用して、大量殺戮を考えている人間が、この学校にいたんだ。もしかすると、そいつは」

「母乃がいなくなったことに気づいて、やむを得ず自力で遂行しようとする、ってこと? まさか、そんなことがあるわけ」

「……それを確認するためにも、一緒に来てほしい」

結局奨太郎さんに押される形で、西連寺さんも化学室に戻り、そして化学準備室の扉を開きました。何の迷いもないその動きに驚く西連寺さんでしたが、目の前に広がる光景に、奨太郎さんがどうしてそこまで自信を持っていたのか、その理由を見出すのでした。

「……なに、これ」

まるでSF映画に出てくるような、名も知らぬ器具の数々。

「ってことは、たぶんだけど」

すると、奨太郎さんは電気のスイッチをぽちっ、と押します。すると、それらの器具は一斉に動き出し、そして新たな扉を開くのでした。

「……おいおい、面倒なつくりにしすぎだろ」

ニヒルに笑う奨太郎さんに、驚いてばかりの西連寺さん。

そして、目の前に現れたのは。

「なあ、確か西連寺って化学取ってたよな? 先生を確認してくれないか?」

「……た、確かにこの人は、私の化学の先生だわ」

対面した瞬間、化学の先生はにやりと笑いました。

「やあ、よくぞここがわかったね」

「それで、あなた名前は」と奨太郎さんが尋ねようとすると、「私からもお願いするわ」と西連寺さんも付け加えます。「……いや、君は私の授業を聞いているだろう」とツッコまれると、西連寺さんは全く思い出せぬ様子で「さっぱりわからないわ」と返しました。

西連寺さんって、成績優秀じゃなかったでしたっけ。

「……まあいい。それじゃあ、私の名前を教えてやろう」

すると、奨太郎さんは「いや別にいいんだけど」と返しました。「え、でもあんたが訊いたんじゃ」と西連寺さんが返すと、「なんかウザいし」と思春期な返答がなされました。

西連寺さんも、「確かに」としか言えませんでした。

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