さて、ところ変わって、日曜早朝の部室です。この二日の間に、どんなルートを用いたのか、そこまでは教えてくれませんでしたが、とりあえず万全の準備をすることはできたようでした。細かく聞いてみると、今の動画共有サービスみたいな感じで、白黒のあれとか、赤白のあれみたいなもののようです。
「準備は整った。あとは、通知をするだけなんだが、これでいいか?」
教頭先生に見せられた文章をまじまじと眺めつつ、奨太郎さんは「助かります」と微笑みました。とりあえずほっとした教頭先生だったが、ひとつ疑問に残ることがあった。
「それで、秘策って言うのはなんなんだ?」
教頭先生の質問に、奨太郎さんは得意げな表情を見せます。ん? と首を倒す教頭先生を前にして、奨太郎さんは、くるりと体を回転させ、「教えてあげてください、西連寺さん」とすべてを投げます。「なんで私っ?!」と当然のごとく焦応すると、「大丈夫だって、君なら思いつけるから」と奨太郎さんは催促しますが、西連寺さんは「んなこと言われたって、知らないわよ!」と間髪入れずに返します。
「大丈夫、落ち着いてよく考えてみて」
そのにやりとした表情に、これ以上の抵抗は無意味だと感じた西連寺さんは、「ラーメンおごりだからね?」と条件を示しつつ、「……わかったわよ」と許諾することにした。
西連寺さんの説得に成功した奨太郎さんに、教頭先生は「……え、これから考えるの?」と思わず尋ねてしまいますが、西連寺さんが「前もそうだったんで」と呆応することで、「……そうか」と納得します。納得するなよ、と思いましたけど、奨太郎さんの飄々ぶりを目の当たりにすると、確かにその気持ちは分からないことはないですね。
「それで、どういう秘策なわけ?」
睨みを利かせる西連寺さんに、洋画ばりの大きなボディランゲージできょうふをあらわしつつ、奨太郎さんは「僕たちの目的は何だっけ?」と尋ねます。
「……命を守ること?」とあまり納得していない様子で、とりあえず答えを出すと、「それもそうだけど、対処療法的に今命を守っても、次が来るかもしれないよね?」とあっさり返します。こういう弁が立つというか、口が回るところにムカッとした西連寺さんは、「それじゃあ、彼を逮捕すること、それが目的よ」と答えを導き出します。
「そうそう。だから?」
「……だから?」
奨太郎さんは、嘆息を漏らしつつ、「警察官の方に逮捕してもらうためには、どうしたらいいと思う?」と丁寧に言葉を添えました。西連寺さんは「そりゃ、実行しているところを取り押さえてもらえれば越したことはないわよね?」と腕を組み、鼻を鳴らして返します。
「でも、実行現場なんてどうやって?」
「そりゃあ、毒を仕込んでるところとか、じゃないの?」
「毒を仕込んでる、なんてどうやって証明できる?」
「……じゃあ、毒を違法に保管しているところ……を、捕えれば」
よしっ、と奨太郎さんはこぶしを握り、「教頭先生、秘策というのは簡単な話です」と声色を変えます。まるで、社会人のような振る舞いに、教頭先生は少し身構えます。
「さすがに、この土日で完璧に準備できたとしても、いきなり全授業がオンラインで成立するわけがありません。し、そんな風に指示書を書いた覚えもありません」
「……確かに、パソコン室を利用している時点で、学校に来るんじゃないのか? って思っていたところだ」
「ええ、ですから来てもらいます。学生も、先生も」
「……それじゃあ、オンラインの意味が」
「化学先生だけ、学校に来させなければいいのです。それが、本来の目的です」
奨太郎さんはさらに微笑み、そして西連寺さんに「では、パソコン室の目的は?」と尋ねます。西連寺さんも、完全に理解しているわけではありませんが、「……サクラ、とか?」と返します。「ご名答」と今度は時代劇ばりの声の張り方を見せます。
「作戦はいたって単純。この一週間の間、先生を学校に来させないようにし、その間に警察の方を連れてきて、捜査してもらう。どうせあの部屋の中なんて違法物だらけだろうから、しょっぴいてもらって万事解決」
どうよ、とどや顔を西連寺さんに見せますが、西連寺さんは「はいはいすごいすごい」といった感じで、まともに取り合いません。「そんなうまくいくか?」と教頭先生は疑問を抱きましたが、「ああいや、どうせ無理だと思います。その時は、こいつが暴力でどうにかしますんで」と冗談めかしました。……冗談めかしたんですよね?
教頭先生は西連寺さんを一瞥して、それから「……それならまあ、いっか」とこぼしました。その言葉に、西連寺さんは膝から崩れ落ちるしかありませんでした。
「教頭先生までそんなこと言うんですか。私のこと、何だと思ってるんですか」
「い、いやそういうことじゃなくてだな。君も、妖怪退治の専門家で、しかも武闘派だっただろう? それなら、問題ないと思って」
「……何のフォローにもなってないですよぉ」
落ち込み続ける西連寺さんをよそに、奨太郎さんは「……何か、心当たりがあるんですか?」と真剣なまなざしを、教頭先生に向けます。
「……はにゃ?」
個々の描写だけ、教頭先生が『奨太郎がめちゃくちゃ強調してきた』って言ってたそうです。それ以外は変な描写しても構わないが、ここだけはなんとか丁寧にお願いしたい、って言ってたそうです。よければ今度、本物見せてください。
ごめんなさい調子に乗りました。
そして、そんな西連寺さんの反応をよそに、「いやな、元々彼はそんなタイプの人間ではなかったんだよ」と、ちょっとありきたりな言葉を並べます。
「いやでも、ただ隠していたとか、じゃないんですか?」
「そうかもしれんが、でも明らかに変わった瞬間ってのがあって」
すると、教頭先生は二人を引き寄せ、耳を傾けさせます。
「あの先生、実は結婚してるんだ。ここの英語の先生でな、身ごもっていたそうだ」
語尾の違和感に目を向けたのは、西連寺さんでした。
「……身ごもっていた、ってどういうことですか?」
教頭先生は言葉に詰まり、そしてごまかすように「流れてしまったんだよ。担任をしていたクラスの不良によってな」とこぼしました。
「……どうして最初に言ってくれなかったんですか」
奨太郎さんは、そうこぼします。
「そ、そりゃあこんなプライベートな話」教頭先生の言葉をよそに、「奥様は、今どちらへ?」と奨太郎さんは迫ります。「……いや、最近の話は聞いていないが、体調不良で入院したはずだ」と返します。
「……わかりました」
奨太郎さんは、西連寺さんの手をつかみます。
「ちょいちょい、何すんの」
西連寺さんの疑問に、「奥さんを味方につけるんだよ」と勢いよく返します。
「病院まで、送ってもらえませんか?」
「……わかったよ」
こうなったら手に負えない、と教頭先生もわかったようで、「ねえさすがにそれは」という西連寺さんの言葉を無視して、三人で車へ向かいました。
「ねえ、さすがに奥さん可哀想だよ。ただでさえ、精神的な問題で」
乗せられた西連寺さんが奨太郎さんにそう告げると、「なあ、西連寺」と視線をぎゅっと合わせます。その勢いに押され、少し鼓動が高鳴りました。
「自分の子供が死んでしまう悲しみを誰よりも理解している奥さんが、旦那さんを野放しにしたいと思うか? いずれ分かる、取り返しのつかない災厄に、耐えられると思うか?」
西連寺さんは、言葉を詰まらせます。
「僕は、奥さんの愛する人を、もう失わせたくない」
奨太郎さん史上、最大級の真剣を、西連寺さんはしかと受け止めるしかないのでした。
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