二人は死ぬほど後悔しました。適当に漁っているときは、別に特に何も起きないだろうと、そんな小説的あるいはドラマ的お決まりに、勝手に囚われていたことを、死ぬほど後悔しました。だって、こんなこと、あるとは思わないじゃないですか。そんな言い訳をしたくなるような、つまりは目をそむけたくなるような現実を、私たちは突きつけられました。
考えてみれば、なくはない話です。だって、誘拐とはいえども『どこか』には必ずいるはずで、もしも外に彼らを置いたのだとしたら、さすがに人間にばれてしまいます。もし仮に、彼女が元人間なのだとしたら、あるいは現人間であるのだとすれば、彼女の目的が無事遂行されるまで、バレないように小細工をするはずなのです。だから、誘拐された彼らのことを、内側のどこかに置いていくはずなのです。
「……うそでしょ」
「……最悪だ」
死ぬほど後悔していることは、もう一つあります。それは、『ミステリ』だと思っていたことです。どういうことかといえば、話は簡単で、要は「謎を解けば、それで解決する」と思っていたのです。そうすることで、私たちはこの空白の監獄から逃れられると、そう信じていたのです。だからこそ、こんなのうのうと、そして興味本位で歩けたのです。
私たちは、謎解きの鍵なんかではなく、人殺しの剣を持つべきだったのです。
「やあ、おひさだね」
母乃は、その屍山の頂上に、屍椅子を作り上げ、その上に堂々たる振る舞いで座っていました。まるで、王様のような――女王様のような雰囲気に、完全に怖気づきます。
「どうだい? これは、君たちの可能性だよ」
ふふっ、と笑うと、母乃はその足元にあった『人だった何か』を蹴り上げ、そして私たちの前に蹴り飛ばしました。海亜ちゃんが吐き出すのも、無理はありませんでした。
「……可能性ってどういうこと?」
私は、なんとか海亜ちゃんを介抱しながら、疑問点を投げます。すると、「いやあ、簡単な話さ。君たちが、好きだとは言わなかった可能性、ということだよ」とさらに笑いました。
「……どうして、こんなことを」
訊いても無駄だということはわかっていましたし、なんなら訊いた時点で殺されるような気もしましたが、人間、この状況になるとそう言うしかないようです。
「どうして、って言われてもなぁ。私は、君たちのせいで殺されたわけだし」
「……わたしたち?」
すると、彼女はその屍山をゆっくりと、ねちゃりねちゃりと音を立てながら降りてきました。足には、想像したくないほどの穢汚が集まっていました。
「私は、殺されたんだ。自分たちにはないからと言って。自分たちではありえないからと言って。そんな適当で乱雑で大雑把な理由で。だから私も殺した。それだけだよ」
しゅるりと伸びる腕は、明らかに人間の常知を超えていました。そして、その腕は細くなり、ひゅるりと私の首をからめとり、そして舌なめずりをしました。
「……彼らを、戻す方法は」
私は必死に尋ねますが、彼女は悠長に答えます。
「錬金術でも覚えれば、どうにかなるんじゃないかな?」
ふひひっ、と彼女は笑います。そして、「君たちで、最後かな」と告げました。
「……私たちは、生きて帰れる?」
「さあ、それはわからない。ただまあ、しいて言うならそうだね」
母乃はさらにその腕を私の首に巻き付け、そしてゆっくりと締め付けていきます。
「……隣のその子が、私にナイフを突きつけるのをやめたら、もしかしたら生きて帰れるかもしれないねぇ」
隣のその子? それって。
「……海亜ちゃんっ?!」
「大家ちゃんから離れろ! この化け物っ!」
叫びをあげたものの、母乃には一向に響かず、というかむしろ「久々に聞いたなぁ、そんな言葉」とこぼし、そして「死んでもらおうか」と言葉を置いた。
目にもとまらぬスピードで伸びたもう片方の腕は、かすかに彼女の両足をかすめ、そして綺麗にアキレス腱から下だけを切り落としました。
「……う、うぁわあああああああ!」
私が駆け寄ろうとすると、母乃はさらに力を強めました。苦しみの中で、私は意識が遠のいていくのを感じます。限界まで行きそうになったその時、「……いったぁ」という声が聞こえました。それは、確実に海亜ちゃんの声でした。
「……うみ、あ、ちゃん?」
視線だけを彼女に向けると、そこには、膝で歩く彼女の姿がありました。
「……おお、そこまで抵抗するか」
母乃はそう言うと、私から腕を抜き取り、膝を下ろし「面白い、こんな一般人もいるのか」と笑いながら、海亜ちゃんを抱き寄せました。
「……よーしよし、がんばった、がんばった」
海亜ちゃんは、全力を挙げて彼女に傷をつけようとしますが、一向に傷つく気配はありません。というか、刺さっても、切っても、怪我などどこにもできませんでした。
「そんなに頑張っても、傷はつかないよ。私の体は、柔らかすぎるほどに柔らかいからねぇ」そう言うと、腕をぎゅるりと太くし、そして海亜ちゃんの背中をさすりました。「ちなみに言うとね、私は治癒能力を人に使うこともできるんだ」そう言うと、指先を海亜ちゃんの傷口につけました。「海亜ちゃんっ!」と私は思わず叫んでしまいましたが、海亜ちゃんの足がするすると元に戻っていくのを見て、何が何だかわかりませんでした。
「……治った?」
「うん、これでよし。どう、すごいでしょ」
胸を張り、そして手を腰につける彼女に、私は何という感情をもたらせばいいのか、わかりませんでした。こいつは敵なのか、あるいは味方なのか。いやまあ、少なくとも味方ではないのだけれど、でも私の親友の怪我を治して、いやでも怪我をさせたのは彼女だし、とぐるぐる頭を回したのち、「……すごいね」と返すしかありませんでした。
そして海亜ちゃんは、「……なんなんだよ、お前」と言って、力尽きました。先ほど吐いただったので、相当体力がなくなっていたのでしょう。
「安心しろ。私は君たちのことを殺さない。元の世界にも戻してやる」
「……あなたは、何がしたいんですか」
「私は、わからせたいだけだ」
わからせたい? と疑問符を返すと、「私という存在を。一から十まで、そのすべてを」と告げました。その声色は、見た目通り子供っぽいものでした。
「そしてまあ、遊びたいだけだ」
笑顔を見せてくれましたが、しかしそれをまともに受容することはできませんでした。
「……そ、そうなんだ」
すると、母乃はその笑顔そのままに、「まずは作家娘を保健室に連れて行こう」と提案してきました。もう、彼女のテンションがよくわかりません。助けてください。
「そ、そうだね」
私が適当に返すと、「ねえねえ」と今度は小さな子のふるまいを見せてきました。
「な、なにかな」怯えながら返すと、「作家娘を保健室に連れて行ったらさ、一緒に遊ぼう?」と提案してきたのでした。
「……いいけど、それが終わったら、私たちをもとの場所に返してくれる?」
正気の搾りかすで尋ねると、「もちろんっ」と胸を張りました。
「食出母乃の才能に賭けて」
「……そりゃ、結構な賭け方を」
とりあえず彼女のことを信じることにしました。
でなければ、殺されそうな気がしたから、という理由ではありますが。
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