怠惰な大家の備忘録

殺戮怪異の赤髪少女
暖暮凜
暖暮凜

現代語り前半戦

後日談①

公開日時: 2022年3月28日(月) 12:00
文字数:2,992

結局、人は幸せだと思い込むことでしか、幸せにはなれないんだと、私は思いました。

どれだけのお金があろうと、どれだけの知名度を誇ろうと、どれだけの才能があろうと、どれだけの権力があろうと、比較できる時点で、それはもう幸せをつかむためのものではなくなってしまうのだと、なんとなく感じました。

これが、これまでに起こった――これから語られる、物語に対する私の結論です。

「素晴らしい回答だと思うよ。思い込み、というと明るく聞こえるけど、要は洗脳だからね。方法が正しい洗脳こそが、一番幸せに近い手法だ」

「……なんでわざわざそんな悪い言い方するんですか」

渋枯の青年は、そんな風に私の感想を茶化します。

「それにしても、奨太郎さんは彼女に会ったことがあるんですよね? どうして、何もしてあげなかったんですか? 奨太郎さんなら、解決まではできなくとも、もっとうまくできたんじゃないですか?」

「うーん」と唸り、そして青年は――奨太郎さんは、そのまま座り込みます。

「君は、どうして彼女が君にだけ心を開いたんだと思う?」

「……それは」

同世代だから、なんてことは確かに当てにならない仮説です。だって、そこには同世代と呼ぶべき人材が、何十年も入れ替わり立ち代わりでやってきていたのですから。となると、何かしらのシンパシーを感じたから、とかですかね。

「同類だと思われた、とかですかね」

「惜しい。というか、そういうところが、見透かされたんだと思うよ」

「……そういうところ?」

彼は、私の疑問に対して少し微笑み、そして「カモ」とだけつぶやいた。

「……カモ?」

「僕らみたいな変人は、信頼できる人、信頼できない人を瞬時に見分けることができる。なぜなら、異質と出会うサンプルは、君たちよりもはるかに多いからね」

「なるほど……で、どうして私がカモなんですか」

ややキレ気味に返すと、彼は「それくらいに、君がお人よしで、とっても優しい心の持ち主だということだよ」とギリギリフォローになっていないようなことを言うのでした。

「……それって、騙しやすいってことですよね」

「というか、言いくるめやすい」

「もっとひどいじゃないですかっ!」

はぁあ、と強めにため息をつくと、「いやいや、でも君みたいな人がいると、僕達のような変人は非常に助かるんだよ」となだめにかかってきました。

「……どういうことですか」

「ほらだって、社会不適合な人間は、君みたいに手を差し伸べてくれる人を待っていないといけないんだから。ここに君が来たこと、それが僕らにとって幸福なんだ」

そして彼は視線をきちんとこちらに向けて、「本当に、ありがとう」と告げてきました。

その純潤な瞳に、思わず心が疼き弾けそうだったけれど、なんとか平静を装い、そして私は彼の本心の端にある事柄に言及します。

「……それで、ちゃんと報酬はもらってきたんでしょうね?」

「……君は、社交辞令って知っているかな」

「社交辞令って、家賃を払うよりも大切なことでしたっけ?」

「ごめんなさい許してください」

もうおじさんの土下座は恐ろしいほどに見飽きました。

「……ったく、本当にお隣の西連寺さんに感謝してくださいよ?」

「やっぱりあのお姉さま、頼りになるなぁ」

変わり身早っ、なんて思いつつ、私は最後に「もしかして、さっきの幸福なんだ、っていう言葉、『そう思い込め』という願いがこもっていました?」と尋ねます。

ここだけは、きっちりしておきたいという想いは、「え、ああ、ええと、まあ、そんな感じかな」という曖昧な答えによって、完膚なきまでに砕け散りました。

「……ほんっと、心から軽蔑します」

「それでも離れないのが、君の良さなんだよ」

「そっち側の人間が言わないでください!」

私は彼の言葉に棘を刺し、そして部屋を出ます。それが、いつもの日常だとなんとなく慣れ始めている自分に、危機感を感じています。

「……大人になったら、こんなアパート出てってやるんだから」

両親が残したアパート。そこに移り住むことになった私――佐々波静那(さざなみ しずな)は、現役高校2年生にして、アパートの大家となりました。大家になったのは春のことで、半年ほど前のことになりますね。この一連の流れに関しては、また後日お話したいと思いますが、まあなんとなく、「ああ、そういうことがあったのね」くらいに考えてくれれば幸いです。あんまり話したくないことってのも、割とあるじゃないですか。

そして、先ほど話していた彼は、紀伊野奨太郎(きいの しょうたろう)と言います。

初めて会ったときは、幽霊かと思ったくらい色白で、そしてか細い体をしています。正直、最近太り始めた私としては、うらやましい限りです。ただ、彼のか細い体は、単に栄養失調から来るものなので、包括的にうらやましいとは思えないのですがね。

「……遺書に書いてあったけど、ほんとに払わないなぁ、あの人」

借金、納税、そして家賃を滞納している彼は、蒐集家という仕事をしているそうです。というのも、怪異譚と呼ばれるジャンルのものを集め、そしてそれを本にしたり、語ることで収入を得るという仕事らしいのですが、彼がまともに仕事をしているところを見たことがありませんでした。今回が、私が目の当たりにした初めての仕事姿でした。

「いやまあ、確かにかっこよくはあったけど」

か細いながらも硬そうな筋肉をお持ちの彼は、学生時代は相当モテていたのだと邪推できます。それくらいにはかっこよかったです。

「まあ、だからってあんなおっさん」

最後に学生をしていたのも、たぶん20年以上前になると思います。白髪交じりのひげ面で、『去年まで20代でした』なんて言われても、信用できないですし。

「……あ、そうだ」

私は、約束事を思い出しました。それは、奨太郎さんの家賃を肩代わりし続けている女性との約束でした。名前は、西連寺寿々香(さいれんじ すずか)と言っていました。そして、奨太郎さんの同級生とも言っていました。

「よいしょっと」

西連寺さんの部屋は私の部屋の間反対にあり、少し面倒に感じることもありますが、今日は解決したという気持ち良さから、彼女のために行動することに、なんのためらいもありませんでした。ただ、ちょっと服はラフなものに代えさせてもらいますけど。

「さすがに、制服じゃあ面倒だし」

一〇一号室の私の部屋から、二〇三号室の西連寺さんの部屋までひとっとびで向かうと、ちょうど彼女も家に到着したところのようで、「おお、君はJK大家じゃあないか」と独特な呼び名で私を呼ぶのでした。

「その呼び方辞めてもらえます? 私にはちゃんと佐々波」

「ああわかったわかった。佐々波静那ちゃん、だろ?」

「わかってるならいいですけど。それで、解決したのでお話をと思ったんですけど」

「おお、ちょうどいいね、それじゃあ部屋に入ってよ。今お菓子買ってきたところだから」

にやり、と笑う彼女が持つビニール袋を一瞥すると、確実に酒と酒のつまみが入っていました。「……私、絶対飲めないですよね?」と確認しますが、「だいじょぶ、バレなきゃ問題ない」と私を招き入れました。彼女、心理学の教授だって聞いたんですけど。結構な権威で、相当な立場だっていう話なんですけど。

「さあさあ、語ってくれや。君が体験した怪異譚を」

「……それじゃあ、始まりから」

こうして私は、酒の残骸から席を作り出し、そして話し始めるのでした。

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