「……なんなんだよ、大家ちゃん」
怯える瞳はかすかに潤んでいました。なんとか声に出そうとしますが、「……なに、聴こえない、聴こえないよ!」と海亜ちゃんが叫ぶだけでした。
「さあ、質問に答えてくれるかな」
すると、海亜ちゃんはとっさに私の瞳を見つめました。その怯えた瞳でも、確かにそこに信念はありました。「……これ、大家ちゃんじゃない、よね?」彼女はそうつぶやくと、私に同意を求めました。口を大きく開いて、なんとかアピールします。すると、海亜ちゃんはゆっくりと正気を取り戻し、「……わかった」と、とうとう頷いてくれました。
「……質問、なんだったっけ?」
海亜ちゃんは静かに声尾を落としました。母乃は、にやりと笑みを浮かべ、再度「才能を持つ人間は、嫌いかい?」と尋ねました。私はもう、海亜ちゃんを信じるしかありませんでした。ただじっと待っていると、海亜ちゃんはゆっくりと笑いました。
その笑みこそが、彼女が核心を取り戻した証拠でした。
「好きだよ、才能あるやつ。だって、自分が大好きだから」
海亜ちゃんはそう言い切ると、母乃は「……ほほう」と笑いました。その凄惨さから、海亜ちゃんは少し怖気づきましたが、「やるなあ、作家娘」という言葉を機に、心を緩めました。しかし、次の瞬間、「どうして私が作家志望だって知ってるんだ?」と海亜ちゃんは勘づき、そして尋ねました。しかし、母乃はまともに答える気もありそうにありませんでした。
「私は、世界そのものだから」
母乃はそう言うと、文字通り霧散しました。
ええ、文字通り、まるで創造物であるかのように、霧散しました。
ええ、文字通り、まるで元の体が蒸気でできているかのように、鮮やかに霧散しました。
「……なんなんだ、さっきの」
「……ほんとに」
その瞬間、私と海亜ちゃんは目を合わせました。「声が出てる」「声が聞こえる」そうつぶやくと、私たちは底知れぬ安心感に包まれ、自然と抱き合っていました。
「こわかったよぉ」
「そんな風には全然見えなかったけどぉ?」
泣きながら、二人で抱き合っていました。しかし、そもそもの解決には至っていないことに気づいたのは、もう少し後でした。
「くっそぉ、何を見ても答えにつながんねぇ」
海亜ちゃんがうなだれながら、嘆きます。
「ほんとに、なんなんだよぉ、この現象」
ついでに私も、うなだれながら嘆きました。
「……ったく」
先ほど見つけた本も、確かに食出母乃の記述はあったのですが、特に対処法も、そして原因も書かれていなかったのです。新種の怪異、みたいなことは書いてありましたが、ことがことですし、なんと結論付けていいものか、わかりませんでした。
「……ただなぁ、これある程度結論付けないと、ここから出られないんだよなぁ」
海亜ちゃんはそう言うと、すっと私の方を向きました。何かひらめいたのか、と期待を込めて視線を返しましたが、彼女が発した言葉は、まったく別の意味のものでした。
「なあ、大家ちゃん」
「ん?」
「大家ちゃんは、才能あるやつのこと、好きなのか?」
「……あぁ」
気になったのでしょう。私がここにいるという時点で、大方答えの予想はついているのでしょうが、それでも気になったのでしょう。
「好き、って答えたよ」
私がそう言うと、海亜ちゃんは少しうれしそうに、あるいは恥ずかしそうに視線を動かし、「ありがとう」と返してきました。ちょっとその言葉の意味は分かりませんが、とりあえず彼女が幸せそうだったので、私も満足です。
「そういえば、海亜ちゃんには姿は見えていたの?」
「……ううん? どんな姿なの?」
「赤長髪の幼女」
「その説明で一発変換できる私の脳が、ちょっと怖い」
海亜ちゃんはそう言うと、「……赤髪、かぁ」とつぶやきました。「なんか思い当たる節とかあるの?」と尋ねましたが、「……いいやまったく」と返されてしまいました。
「……なーんだ」
私が少し悪態をつくと、「でも、一個だけ道筋は見つけられたような気がする」と強がりました。かわいい、なんて考えられるほどには、心に余裕が生まれていたことを、その時私は感じていました。
「二人とも共通して、『才能ある人が好きかどうか』という問いをされたわけだよな」
「……そうね。才能に固執している印象はあった」
「そして、生き残る方法としては、『好き』と答えることが正解だったりする」
「……確かに。意味合いは二人でちょっと違うけど」
「え? あ、自分が才能あるかどうかって話か。びっくりした」
「そんなことでびっくりしないで。続けて?」
「つまり、ここまでで導き出されることとしては、『彼女本人は、才能を持っている』ということだ。彼女は、共感を求めているように聞こえたからな」
「……共感、ね。確かに、言われてみればそうかも」
「さて、ここからさっきの本につながる話だ。彼女は新種の怪異という紹介のされ方をしていたが、その正体は全くつかめていない。ただ、怪異であることに間違いはなさそうなので、母乃イコール怪異プラス天才という式が成り立つ」
「確かに、自分でも鬼才とか言ってた」
「私は、これまでの事実から、次の仮説を立ててみることにした」
「……ほうほう」
「彼女は、元人間で、あるいは現人間だ」
「……ほー、ん?」
「元人間で、現在は怪異となっている、つまり現在は死んでいるということかとも思ったんだが、もうひとつ、死んでいないパターンもあり得るんじゃないかと思えて」
「……つまり?」
「能力の超拡大による、不老不死」
「……いやいや、まさかそんな話」
「じゃあ、賭けをしようよ。ここまで来て、何かしらの楽しみがなくっちゃ、疲れるだけなんだし。ね、いいだろ?」
「いいよ。わかった。じゃあ、私――佐々波静那はもうすでに死んでいる、つまり幽霊やら妖怪の類であるという方に、3食賭ける」
「わかった。じゃあ、私――是塚海亜は、能力超拡大の不老不死に、3食賭ける」
二人は互いに挙手をしあい、そして負ければ1日相手のシェフをするという賭けに出ました。それくらいのエンタメがなければ、こんな異常世界ではやっていけなかったということの表れでもありました。
「……それじゃあ、頑張りますか」
海亜ちゃんが立ち上がるので、私は彼女の腕をキュッとつかみました。
「なら、ちょっといいかな」
驚きで声も出ないような彼女は、表情だけで「……?」と伝えてきました。
ちょっとかわいいな、いやだいぶかわいいな、おい。
「ちょっと、行ってみたいところがあるんだ」
私が提案したのは、学校の中で一番大きな室内、つまり。
「体育館、行ってみない?」
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