教頭先生は、当時、この高校で情報の先生をしていたそうです。担任を持つことで、より生徒との距離感が縮まり、いろんな話を聞くことができたんだとか。学校の先生になる理由の一つだったようで、それはそれは大変楽しそうに話していました。
……まーじで、長かったけど。当時の恋愛沙汰とか言われてもわからんし。
まあとにかく、そんな風にして生徒と交流を取っていると、ひとつの噂にたどり着いたそうです。噂というか、都市伝説のようなものだったそうです。
「せんせー、『赤髪少女の噂』って知ってます?」
「……赤髪少女?」
「ですです。別名で嫉妬の少女って言うんですけど。んで、その子に会うと、『才能を信じるかい?』と訊かれるんだとか。それで、『いいえ』って答えちゃうと、殺されちゃうんですって。やっぱり本当なんですか?」
「あー、聞いたことはあるけど……。実際に見たことないし、わかんないな」
確かにそれは、噂程度だったようです。実際、発動条件も学生にとっては厳しく、『兄弟姉妹がいること』『運動部であること』などの内的要因から、『雨の日』『夜7時以降』など外的要因まで幅広く観測されていたらしいです。
「……てなわけで」
教頭先生は、当時部活の顧問をしていました。顧問と言っても、部活自体がルーズで、フリーなものだったので、そこまで顔を出すことはなかったようですが、それでも地味に活動しているような、そんな部活だったそうです。
名を、『怪異研究会』と言います。
「君たちに、調査をしてほしい」
教頭先生の目的は、都市伝説の風化でした。そりゃあまあ、怪異が出るという噂が決していいものではないからというのもありましたが、なにしろ生徒の勉強の邪魔になっているのではないかという懸念があったからでした。
この学校は、伝統はあるものの、最近は進学実績において劣り始めているようで、教師陣は勉強に関して強い危機感を持っていました。具体例を挙げると、私にもわからないのですが、どうやら県で1番や2番を争っていた地位から、10番以内に入れば上等、みたいなところまで降りてきていたようです。言われてみれば、確かに大した偏差値でもないのに課題多かったり、先生がやる気だったり、模試が多かったりと変な感じはしていたんですよね。
そういうことだったのか。
「……マジっすか、先生」
そして、この怪異研究会に所属していたのは、2人だったようです。そのうちの1人が、紀伊野奨太郎というのですから、驚きです。
「いいじゃん、面白そう。っていうか、西連寺知らなかったわけ?」
そして、もう一人の名前も西連寺寿々香だというのですから、さらに驚きましたよ。
「し、知らなかったわけじゃないけれど。あんた、ほんとにそういうの好きよね」
「じゃなかったら研究会立ち上げてねえしな。とかいう西連寺も、入ってんじゃん」
「そ、それは、あんたが心配だからよ。……ったく、将来が心配だわ」
「それは大丈夫だよ。犯罪を起こさない限り、西連寺は俺を助けようとするから」
「ほんとあんたは。そんなんだから小学校のころから友達私以外出来ないのよ」
「感謝してるぜ、ハニー」
「死ね、ダーリン」
とまあ、そんな感じのお決まりの流れを傍で聞いていた教頭先生は、「それで、引き受けてくれるかな?」と気まずそうに尋ね、なんとか了承を得たそうです。
ここからは、調査報告書という名の日記を読み、そして奨太郎へのインタビューを纏めた教頭先生の『たぶんこんな感じだったのだろう物語』を聞いた私のお話構成になります。
「んで、調査っても何するのよ」
私も入ったことのない社会準備室に二人。太陽の明かりが木造を照らす中、二人の作戦会議が始まります。窓の外から運動部の声が聞こえ、校舎内からは吹奏楽部の音が聞こえる。そんな部屋での作戦会議は、彼らの日常でした。
「そりゃあまあ、とりあえずはフィールドワークでしょ。確か、化学室で遭遇するって言ってたよな? なら、化学室で待ってりゃいずれ来るだろ」
奨太郎さんの提案に、西連寺さんは唖然とします。毎度のことなのでしょうが、やはりどうにも思考回路が理解できない西連寺さんは、「あんた、まさかとは思うけど、いつまでやるつもりなの?」と確認をします。すると、奨太郎さんは、特に考えなしに、西連寺さんが想像しうる最悪のシナリオを提示ました。
「そりゃ出会うまでだろ。1週間もいれば、どっかのタイミングで出会うって」
「殺すわよ。怪異の前に、私が殺すわよ」
奨太郎さんは、その即答に「えぇ……」とため息を落とします。
「それじゃあ、西連寺は効率的に見つけられる方法があるっていうの?」
すると、西連寺さんは少し考え、窓の外を眺めながらゆっくりと考えを述べようとします。ただ、頭の中にあるだけなので、たどたどしくはなりますが。
「見つけられるっていうか、おびき出せるかもしれないっていうのは一個ある」
「……ふーん。じゃあ、それを試してみるか」
全幅の信頼を置く奨太郎さんは、あっけなく賛成したのでしょう。教頭先生の言いぶりからして、そんな感じがします。
「いやいや待ってよ。相手はどんな攻撃をしてくるのか、どんな対処法が正しいのかわからないのよ? いきなりじゃさすがに」
「大丈夫だよ、噂通り、『はい』って言えば、殺されることはないんだから」
「……ま、まあ?」
不安を感じつつも、それでも西連寺さんが彼を見捨てなかったのは、きっと彼のその瞳に、何度も『奇跡』か『安心』を感じてきたからでしょう。
「それじゃあ、さっそく今日から行くか。ただ、今日は1日入っていたいから、学校にお泊りしたいんだけど。どうする? 行く?」
瞬間、教室が少し凍りつきます。あ、これ教頭先生が言っていたことなんですけど、当時は西連寺さん、奨太郎さんのこと好きだったんですってね。
「……が、学校に、あんたと?」
「うん。いやなら別にいいんだけど」
「……い、いやってことはないけれど、でもさすがに高校生になったわけで」
「でも体型は小学生のままじゃん」
ここで一発。殴る蹴るのどっちかをやったことは、現在も変わらない流れなので、なんとなく想像がつきます。
「いったぁっ?! なにすんだよぉ……」
「ほんと、なんでこいつと一緒にいるんだろ」
「そりゃあお前、俺を生かすことができるのは西連寺だけだからだろ。社会貢献だよ」
「……それ、自分で言う?」
結局、西連寺さんは親に連絡をし、許可をもらいました。両親同士も仲良しだそうで、あっさりと快諾されたんだとか。
「おお、じゃあ頼むよ。今日は先生も泊ろう。職員室にいるから、何かあったらすぐに来てくれ。くれぐれも、身の安全を第一に考えるように」
教頭先生にも話をし、二人は化学室にこもることにしました。
「……なんか、やっぱり気味悪いよな」
「どうしてこんなことに。っていうか、なんで布団あるのよ」
「そりゃ眠れないじゃん、寝袋じゃ」
「……あんた、ほんとに余裕よね。どっから来るんだか」
「まあ、ここで命を落としてもいいって思ってるのはあるけど、単に強がってるだけだよ」
「……強がってる?」
この話を教頭先生から聞いたとき、私の胸も少しときめいてしまいました。
そして西連寺さんも、意外と鈍感なんだなぁって思いましたよ。
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