「っつっても、ノーヒントすぎんか? 私、駆け回るの得意じゃないんだけど」
海亜ちゃんは校舎に入ってからずっと、文句を垂れていました。正直に言って、うるさかったんですけど、まあ手当たり次第に探すしかないという状況に文句を言いたくなる、というのは納得です。
「うーん、でもさ、別にタイムリミットがあるわけでもないんだし、ゆっくり探そうよ」
私がなんとかなだめようとすると、「……そういえば、全然考えてなかったんだけど、これタイムリミットとかないのか」と海亜ちゃんは途端にやる気を失いました。
難しいな、人をおだてるのって。
「……やべえ、ほんとにやる気を失い始めた」
「あんまり大きな声で言うもんじゃありません」
「だってぇ、みんなが望んでるわけじゃないんだしぃ。あの子だって、死にたい、って言ってたじゃん。だったらさ、放置しても問題ないんじゃないの?」
海亜ちゃんがこうなってしまうと、なかなか止まりません。私はそれを知っているので、「まあでもタイムリミットっていう話なら、1個だけ」と、後ろをとぼとぼ歩く彼女の足を止めます。「……なんだよ」ふてくされる海亜ちゃんに、私は告げました。
「早く解決しないと、警察の眼が私らに向く」
「なんでそんなことに」
「だって、大量失踪した現場が学校で、学校内に入れるのは私らだけで、私らだけが生存してるんだよ? そりゃあ、私らが拉致監禁で疑われたって文句言えないじゃん?」
「……あぁ、ってことは、世間的には、学校でうまくいってない二人が力を合わせて、一矢を報いた、ってことになるのか。さながら女性版トレンチコートマフィアってわけだ」
「まあ、私たちセーラー服だし、セーラーマフィアってところだけどね」
「って、そうじゃなくて。私たち、そんな凶悪犯に間違えられたら大変じゃんっ!」
「そうそう、だから解決しなきゃいけないの」
結局、自分が可愛いのは誰もがそうで、海亜ちゃんも例外ではありませんでした。説得の仕方がどうとか、もやもやするところは私にもありますが、それでもやる気になってくれたことには変わりないですし、よしとしましょう。
「てかさ」
海亜ちゃんは、この会話の中であらゆる不思議に気づきますが、そのうちのひとつである『誰も校門を超えられない』という点に、特に疑問を抱いたようです。
「本当にそうなん? さっきの記者さんで試してみようや」
「それで彼女に何らかの健康被害があったらどうすんのよ」
「……それもそうか」
はぁ、と海亜ちゃんはため息をつき、「こんなんだったら学校休めばよかったぁ」とこぼしました。「……休めばよかった」私は、彼女のそんな言葉が妙に引っかかりました。
「そういえば、あの日休んだ人って、どうなってるんだろ」
「……ああ、言われてみれば」
どんな日であろうと、さすがに1人くらいは休みが出ます。それは、決して悪いことではなく、自然の摂理ともいえるでしょう。
「ってことは、意外と全校生徒ってわけじゃないんじゃ?」
私たちは、そこに活路を見出そうとします。しかし、活路を見出そうとして、あえなく失敗するのは、実は自然の摂理だったかもしれません。
「……友達いねえ」「……友達いないや」
変なことで口が揃うのは、なんだかいい気分ではありませんでした。
「まあともあれ、結局は回らなきゃいけないんだよ」
たくさんの手抜きと効率化を考えた結果、私たちはそれっぽい候補の3つにたどり着きました。ひとつは図書館、ひとつは体育館、そしてもうひとつが。
「まだ残ってるかなぁ」
昇降口から一番遠い選択肢である、怪異研究会の部室でした。ですが、今は怪異研究会というものは無くなっていますから、旧部室と言ってもいいのかもしれません。
「いやあ、でも倉庫になってたような気がするんだよねぇ」
教頭先生の話を頼りに、私たちはとことこ、と部室まで歩いていきます。
「ああ、確かに。そうなってそうなくらい人通らないもんな」
私たちが選んだ理由としては、遠いところから回れば一発で回れる、というものと、あともうひとつ、『体育館には母乃がいるだろう』という推測があったからでした。
「確か、ここだよな」
海亜ちゃんの方が一歩は約たどり着くと、しかし彼女は不審そうにこちらを見つめました。「多分そうだと思うけど?」と言いつつ私も追いつくと、しかしそこには何もありませんでした。何もないというのは、空間すらもないということです。
「……教室ごと無いって、そんなことあるか?」
「い、いやでもだいぶ前の事象だとすれば、工事かなんかで潰れることもあるんじゃ」
その瞬間でした。思いついたのは、私ではなく海亜ちゃんでしたけど。
「そういえば、化学室って移転したんだったよな?」
教頭先生のお話は、次のように締めくくられていました。
『化学先生は最終的に逮捕され、そして化学室と化学準備室は、警察と検察の了承を得て、封鎖および移転した』と。
それはつまり、イメージ払拭などの目的があったのでしょうが、何よりも『何かが起きてはならない』という感情のもとで動いた結果だったのでしょう。
「もし化学室がこの辺にあったのだとしたら、近くにあった部室も封鎖されていておかしくないんじゃないか?」
海亜ちゃんの指摘は確かに鋭かったですが、しかしそれだと判断するには、いささか早計のような気がしました。それは単なる勘でしたが、しかし私の勘は意外と当たるのです。
「だとしたら、奨太郎さんが教えてくれるんじゃないかな? だって、部室を使ってた張本人なんだし。赤髪少女の話をしたときに、教えてくれるかと思うんだけど」
そっかぁ、とため息をつき、それから海亜ちゃんは床に座り込んでしまいました。
「ほら、そこ汚いよ?」
「大丈夫だよ、どうせ使われてないんだから、砂埃はないわけで」
「使われていないんだからこそ、埃が溜まっているんでしょうが」
ついた手のひらを見せつけ、ほらほら、何の問題もない、と彼女が言いかけた瞬間でした。ちょうど残っていた左手が、ブロック的に敷かれているうちのひとつを、がしゃんっと押し込んだのでした。
「……へ?」
刹那。私と彼女の立つ床が、全面上に押し上げられました。もう終わった、天井に潰されて死ぬんだ、とあっけなく死期を悟ったのですが、しかしどれだけ待っても天井はやってきませんでした。そして、広がる風景は。
「……なんだこりゃ」
「なんじゃこりゃっ!」
教頭先生の話からなんとなく見えていたイメージ図の、その何千倍ものハイテクノロジーな情景が、そこには広がっていました。
「……えぇ」
怖すぎて引きました。
「なんだこれなんだこれなんだこれっ!」
逆にはしゃいでいましたね、海亜ちゃんは。
「おやおや、迷い羊が、こんなところに2匹も」
私らからすれば、ハイテクネズミが一匹、って感じだったんですけど。
「もしかして、あんたがこれ作ったのかっ!?」
興奮しっぱなしの海亜ちゃんをよそに、私は教頭先生がなぜあの話をしたのか、という真意に気づいてしまったのでした。
「あなたが、十数年前の事件首謀者、化学先生ですね?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!