そのお荷物、承ります。

時間を超えて、人外の方でも、どうぞお気軽に。
麦野 夕陽
麦野 夕陽

第二章

ダンゴムシ

公開日時: 2020年11月25日(水) 11:47
文字数:1,608

 こちら『よろず宅配便営業所』

 日が出ているときは、通常の宅配便承ります。

 しかし日が沈んでからは、人外の方、時間を超えた宅配便等々の特殊なものを承ります。

 言葉を喋ることができない、人間には見ることができない等のお悩みなんのその。

『よろず宅配便営業所』玄関ゲートは特殊な構造となっております。

 声をもたない方も、流暢な言葉を発することができるようになります。

 透明な方も、しっかりと姿を認識することができるようになります。

 代金は、送り主様の状況により変化致します。ご相談ください。


   ✽   ✽   ✽


「ありがとうございました〜」

 今日も通常配送の最後の受付をし、お客様の後ろ姿を見送って、椅子に腰掛ける。

 もう、日没だ。男はパソコンで事務作業をする。この男、いつもニコニコしている。もちろん、パソコン作業をしているときもだ。

 日が沈んでしばらくたち、営業所の窓は室内の照明が反射して外が見えなくなった頃、入り口の自動ドアが開く音がした。

 男はドアを振り返る。挨拶しようとして言葉が途切れる。誰もいない。ドアは開いているが、誰もいない。

 この営業所のドアは少し特殊で誤作動もしたことがない。

 ふむ、まあこんなこともあるかとあまり気にも留めない様子で男はパソコンに向き直り、作業を続ける。

 キーボードを打つ音と、時折車の通る音だけが営業所に響く。

「もし」

 かなり小さい声だったが、ずっと同じ音を聞いていたせいか、その声は確実に男の耳に届いたようだ。

 男はあたりを見回す。誰もいない。この営業所には幽霊がくることもあるが、目に見えない者も入り口の特殊な自動ドアを通れば見えるようになるはずなのだ。例外なく。

 男が認識していないとわかり、声の主はもう一度声をかける。

「もし、ここですよ。」

 男は今度は確実に声のする方向がわかったようで、そちらに目を向け納得したように微笑む。

「これは失礼しました。」

 声の主は机の上にいた。世間ではダンゴムシと呼ばれ、特に子どもに親しまれている生き物だ。

「ほほう、ここは本当に人の言葉が話せるようになるのですね。」 

 男は肯定するようににこりと微笑む。

「風の噂で聞いたのです。ここは、人以外の者からの宅配便も受け付けている、と。」

「はい。承っておりますよ。」

 ダンゴムシは、小ささゆえに表情はわからないものの、宅配便屋の男ををじっと見つめている様子で言った。

「私の……恋人に、送ってほしいのです。」

 ぽつりぽつりと話し始めた。

「我々ダンゴムシの住処は、ご存知の通り岩の影の湿気のある暗い場所ですね。私と彼女もそのような場所で暮らしておりました。ひっそりと、しかしとても幸せでした。

 ある日突然、住処が明るくなったのです。眩しいほどでした。私は、とっさに身を丸めました。丸くなったためにころころ転がって偶然葉の影に隠れるかたちになりました。

 しばらく経ち、もとの体勢に戻ると恋人の姿が消えていました。どこを探しても見つからないのです。あの状況から考えて、何者かに連れ去られたとしか考えられませんでした。」

 宅配便屋の男は話の続きを促すように黙って聞いていた。

「恋人がどこに連れて行かれたのか。何か情報がないか、仲間のダンゴムシ達やその他の虫達にも聞いて回りました。そして、わかったのです。

 連れ去ったのは、近くの赤い屋根の家の子どもでした。ダンゴムシは度々、人の子どもに連れて行かれることがあります。運が良ければ帰ってくるダンゴムシもいます。しかし、その家に連れて行かれたダンゴムシで帰ってきた奴はいない、と仲間が教えてくれました。」

 息を詰まらせながら話し続けた。

「我々ダンゴムシは乾燥に弱いですし、食事もちゃんと与えられているかわかりません。もし、もう会えないとしても、どうか生きていてほしいのです。だから」

 ダンゴムシは真っ直ぐに男を見据えて言った。

「恋人に、生き延びるための物資を届けてほしいのです。」

 宅配便屋の男は微笑んだ。

「はい。喜んで承りますよ。」


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